case07 : 研究と決意

「さあ!!これが死霊術です!!――死儡群生ネクロマンス


 暗闇に浮かび上がる、無数の魔法陣。

 そこから這い上がってくる大量の死体ゾンビたち。人だけではなく、熊や鳥、ネコなども混ざっている。


「発動範囲は広く!!そして肉体の強度も速度も能力も!生きた生物よりも遥かに向上し!!その魔力尽きるまで!止めることはできませんよ!!」


 多勢に無勢、一度世に放たれた死体共は、術者の意志を反映し独断で動くようだ。これは術者を殺したとて、こいつらが止まるかは未知数。


 こんな住宅街で、とんでもないことをしでかしてくれる。


「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」

「菊雄君。君にはまだ、役割があります。手始めに……両親に殺されて見てはいかがでしょう」


 発動範囲は

 魔法陣の展開は俺の前方に留まらず、手当を終えて隠れていた前郷少年と一之瀬君の近くにも出現する。


 無惨な姿で現れた彼の両親を見て、彼は悲鳴を上げた。


「おっと、少しばかり記憶を消したままでしたね。すみません、1度消した記憶を戻す魔術は知らないもので」


 どこまでもクズである。

 いっそ、ここまでクズになれることに感動を覚える。


「良いのですか?このままでは探偵さんのお子さんまで死体となってしまいますよ。あぁ、もしかして……何か期待していますか」

「……まぁ、期待と言えば期待だな」

「はははははは!!期待、わかりますよ。もしかしたら、死体となった両親が、まだ彼のことを覚えているかもしれません。感動の再会に、奇跡が起きるかもしれません。良いですね!実験のしがいが――」

「黙れ。俺が信じているのは、お前のような未知の可能性では無い。もっと確実で素晴らしい、信頼仲間だ」


 笑う恵那森を、俺は真っ向から否定する。


「お母さん、お父さん……お、俺っ」

「うおぉぉぉぉぉぉぉ――身体強化!!!ドッッセイッ」

「――え?」


 まさに今、そんな奇跡を願った彼を、予想外の出来事が破壊した。豪快な音と共に、目の前のゾンビが吹き飛ばされて消えた。


 父親の方は頭が破裂して崩れ去った。


「随分遅かったな」

「いやぁ、に思ったより時間がかかってよ!!というか、神谷こそ危なかったじゃないか!!あんな突然に連絡して来るなんてよ!ん?この子が例の保護対象か?」


 ゾンビの声や狂った狂人研究者の笑い声をも吹き飛ばす、豪快でやかましい大声が俺の頭を貫通する。


「さ、榊原……さん?」

「あれ、結衣ちゃんもいたのか!!こんな場所に着いてきちゃ危ないだろ!」

「えっと……その、すみません」

「神谷もだぞ!こんな夜遅くに中学生を連れ出すなって!」


 派手な登場をかましたのは、他でもない榊原だ。

 いちいち論点がズレているのは気にしない。いつものことである。やかましい榊原の訴えを無視し、適当な指示を出す。


「その辺の妙な生き物は全部敵だから、適当になぎ倒して構わん。ただ、一部を破壊した程度では止まらないから、頭部か心臓を……」

「なんだか分からんが、この子達を守って倒す!!それでいいんだろ!」

「あぁ、よく分かっているじゃないか」


 目の前で両親を吹き飛ばされ呆然としている前郷少年。彼には少々悪い事をしたな。……まぁ、榊原は気がついていないし、その辺は解決してからでいいだろう。


「な、なんだアイツは?!いったいどこから」

「まだ気がついていないのか?お前は既に罠にかかったネズミだということに」


 次に笑ったのは、俺の方だった。

 その瞬間、十字路の奥から強い光とたくさんの人影が姿を現す。


「警察だ!!両手を頭の上にあげて、大人しく投降しろ!」


 彼らは警官、中でも榊原が指揮する魔術師隊所属の高位魔術師たちだ。実に30名近い警官が恵那森を取り囲み、包囲網は完璧。なんと住宅の屋根上にも待機している。

 そこまでしろとは言っていない。


「ごめんなさい恵那森先生。実は、初めから全部教えて貰ってました」


 住宅の塀の影から顔を出した前郷少年は、してやったりの顔で口にした。彼には事前に今回の事件の推理とこの作戦を伝えてあった。


 とはいえ、ここまでの彼の行動が全て演技だとすれば、相当な演技力と度胸の持ち主だ。さすがにもう少し子どもらしく、半分は本心であったことを願う。


「ふ、ふざけるな!!!お前たち、まとめて殺せ!!」

「お前ら!一匹も逃すなよ!住宅街に残すことも許さん!全部倒せ!」


「「「了解しました!」」」


 どちらの指示も大変雑で結構。

 無論、ただの操り人形に、連携と信頼の硬い魔術師隊が負けるはずもない。


「くっ、こんなところで……」

「逃がすと思うか?――拘束バインド


 騒ぎに乗じて逃げようとする恵那森を魔法で捕縛し、ふと実験を思いつく。


「……奴らの動力源はお前の魔力だったな?独立して動けるならば、多少は内部の魔力を持っているようだが、お前からの供給が無くなれば、どうなるだろうな」

「お、お前……何を…………」

「何?ただの実験だよ。――魔力遮断」


 動けなくなった恵那森を三次元の立方結界で囲う。

 魔力を通さない特殊な結界だ。障壁とは違い物理的な干渉が出来ない分、魔力に関しては完璧に抑え込める。


「さて、今日の仕事はここまでだ。俺は彼を連れて、ここを脱出するとしよう」

「おい、待て!!ふざけるな!!おい!!くっ、くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」


 必死に叫ぶヤツが感じているのは絶望なのか。

 未知の探求、人生をかけて追い求めた研究が、くだらないとは思わない。その道を進むには犠牲は付き物。全て失うことを恐れていては、研究などやっていられない。


 ……だが。


「少年、立てるか?」

「はい。色々、ありがとうございます」

「感謝であれば、君を手当した一之瀬君に言うがいい」

「えっ?!わ、私は……そんな……」

「あなたも、ありがとうございました。それに、探偵さんも、真実を伝えてくれて嬉しかったです」


 彼の目には、今なお榊原と文字通り死闘を繰り広げる己の母の変わり果てた姿が映る。朽ち果てた父が映る。


 一度乗り越えたはずの壁が、またこうして目の前に現れた時、いったいどのような気持ちなのだろうか。


 絶望し、今度こそ立ち上がれないで落ちていく。

 それとも、もう一度登るのか。


「僕、お母さんとお父さんの事、全然知らなかったみたいです。もちろん、先生の事も。だから、少しだけ、近づいてみようかなって」

「研究者にでもなるのか?」

「研究……、どうでしょう。でも、やってみたいことが出来ました。失った記憶を取り戻す。それから、生きていた頃の両親をもっと知りたい」

「そうか。ならば、しっかり頑張るといい。そして両親の墓に笑顔を持って行けるよう、今は思う存分泣くことをおすすめする」


 ……だが、失う物は選ぶべきだ。

 研究した結果、得たモノが少年の涙1つでは……正しいと認めることは断じて出来ない。


「ううっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 夜空に響いた少年の咆哮は、彼の力強い一歩を後押しするようだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【――神谷探偵事務所――】


 翌日の天気は曇りのち晴れ。

 目覚めた時には既に昼前だったことを考えると、その日差しがやけに強いものだったことにも納得が行く。


「まったく、最近の学生は遠慮という言葉を知らないのか」

「遠慮?礼儀正しい素晴らしい子じゃないか!!」

「貴様は早く礼儀を覚えろ」


 隣には太陽の如き存在感で、俺の鼓膜を破壊せんと叫び散らす巨漢がいる。ただでさえその巨漢が威圧的だと言うのに、こうも近くで叫ばれては敵わん。


「お前は事務所なんかより、動物園の方がお似合いだぞ」

「なんだ?神谷が動物園行きたいなんて珍しいこと言うな!」

「この阿呆が。嫌味も通じんのか」


 会話をしているだけで体力を減らしてくる。

 死んだ者を操る力よりも、生きているこいつを黙らせる魔術が欲しい。そんな研究があるのならば、喜んでこいつを差し出すというものだ。


「お二人は仲良しなんですね!」

「今のどこを見てそう思ったのか、甚だ疑問だ」

「そうだぜ!!何せ、学生時代には二人でよくふざけていたからな!」

「お前は少し黙れ」


 よく分からないやり取りをする俺らに対し、とても素直な感想を口にする前郷少年。


 突然事務所を訪れたので、昨日の今日で何があったのかと思えば、何やら昨日の件を感謝しに来たらしい。


 榊原にお礼を言えなかったことを気にしていたとは、心優しい少年である。

 これが、アポ無しで疲れているところを叩き起された俺の身を案じてくれていると、もう少し感動できたことだろう。


 ボサボサの髪で客の前に姿を見せるほど常識外れでは無い。準備する時間くらいは欲しかったと言う意味だ。


「そういや榊原、あの後恵那森の状況は?」


 俺は小さな声で榊原に尋ねた。

 魔法で拘束しておいたから逃げられることは無いだろうが、自害などされてはたまったものではない。


「無事に捕まえて、今のとこ署の方で動機について取り調べ中だ。正直、"被害者はあの通りの人間で殺しやすそうな人を選んだ"とかって平然とした顔で告げるあいつが恐ろしいぜ。犠牲になった被害者たちには悪いが、これ以上の被害が出なくて良かったよ」

「無差別なんて、世の中に広まる前で良かったな」

「ほんとだな。世の中が混乱するところだった」


 犯罪者に一般常識は通用しないとは良く言ったものだ。

 そもそも人殺しをするような相手を"一般人"呼ぶような世の中はゴメンである。


「少年、今日の学校はどうしたんだ?」

「それが、緊急の会議があるから、休校になりました。理由は何となく分かっていますけど」


 学校内から犯罪者が、それも人殺しに加え生徒にまで手を出した。このような狂人を見抜けなかった学校側に問題があると、親たちが騒ぎ立てる。

 今頃学校関係者は苦労しているだろうな。


 早急性も求められる内容故、休校という形をとった……と言ったところか。これは先が思いやられる。


「せっかくできた嬉しい休みに、わざわざこのような何も無い場所を訪れなくとも、やるべきことなど沢山あるだろう」


 そんな皮肉めいた返答に、申し訳なさそうな表情をする。


「神谷はこういっているが、来てくれて喜んでるんだぜ!俺は神谷の大親友、榊原優希だ!よろしくな」

「はい!よろしくお願いします!昨日は助けていただいてありがとうございました!」

「いい子だなぁー!神谷も見習った方がいいぜ」

「余計なお世話だ」


 その表情を気づいて知らずか、榊原のやかましい声が曇った空気を吹き飛ばす。


「しかし……そうだな。昨日別れた時より、随分と吹っ切れた表情をしている」

「そ、そうでしょうか……。でも、そうですね。実は僕、記憶を取り戻すための魔術の勉強を始めたんです!」


 また、随分と行動の早い少年だ。

 無論、その意気やよし。何事も思ったらすぐ行動である。


「精神や記憶に関係するのは闇の属性だと知りました。僕の魔術の適性は火と土ですけど、でもいいんです。難しい方が面白いですから!何年かけてでも、達成してみせます!」

「あぁ、俺も良い結果を楽しみにしていよう」


 彼の底なしの前向きな姿勢は、もしかすると受け継がれているのかもしれない。失ってしまった、両親の意志を。


 彼にしか分からない記憶、彼に遺されたかけがえのない思い出。記憶を覗かずとも、そこに溢れた彼らの想いは、彼を通して充分に伝わる。


「たまには面倒事も、悪くない……な」


 俺は窓の外に目を向ける。

 雲間から差す眩しい光が、曇った空の道標のようだ。


「――久しぶりに、魔術の研究でもしたい気分だ」

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