case05 : ケースソート
「さて、ここまでの情報を一度整理する」
カフェでコーヒーを片手に一息ついた俺は、ポケットから手帳を取り出す。開いたページには、大量のメモが書きなぐられた読む者に優しくない世界が広がっている。
「今回の事件で重要なポイントは、犯行現場と発見現場、さらに犯行時刻と発見時刻が大きく異なること。そして、その違いに、俺たちが事件に関わるきっかけになった前郷菊雄が関係していること。この2点だな」
一見それ一つだけでは奇妙な事実も、他の事実と重ね合わせると新たな一面が見えてくることがある。
「容疑者について、複数か単数か。これについては」
「単数、でしょうか」
「だろうな。あくまで可能性が高い……という話だが」
せめて、あの路地での言い争いの内容が分かれば、もう少し進展がありそうなのだが……、こればかりは嘆いていても仕方あるまい。
「後は被害者について……ですね」
「現在、この連続殺人に該当する事件は三件。初めの被害者には抵抗した痕が残っていたものの、他の被害者には目立った外傷が無かった。また、死因が窒息死であることも踏まえると、風属性の魔術による殺害が最も有力な可能性だ」
無論、被害者を無力化したあとなら他の選択肢はいくらでも生まれる。そんなことは――もう聞き飽きたか。
「第一発見者、前郷菊雄の証言では、死体の場所が気になったと話している。脳が無意識に判断する多くは記憶、またはそれに付随する五感が関係している。視覚、触覚、味覚、聴覚、――嗅覚」
「夜の……暗い道だと聞いていますから、視覚と触覚はあまり関係なさそうです。味覚も、想像出来……ません」
「残るは聴覚と嗅覚だが、被害者は3日前に死んでいる。音を出せたとは考えにくい。さらに、死体になって考えうる臭いと言えば――腐乱臭、いわゆる死臭と呼ばれる強烈な臭いだ。殺されてから3日もあれば、臭いが発生するのに充分な腐敗が進んでいるだろう」
聞きなれない言葉が出てきて、一之瀬君が首を傾げる。
「死臭……ですか?」
「あぁ、死臭とは、遺体の腐敗とともに放出されるガスのことで、消臭剤などはまるで意味をなさない強烈な臭いだ。知らなくても無理は無い」
と言うより、出来れば経験せずに育って欲しいものだ。
放置された死体に出会うなどと、世の中にはしなくても良い経験もある。
中学生相手に何を危惧しているのかと思うが、既に高校生が死体に出会っている現実がある。前郷君には申し訳ないが、一之瀬君にそのような体験はして欲しくない。
俺と関わっている以上、それが希望的観測であることは否定しないが。
「まぁ……つまり、だ。それだけ強烈な臭いが発生していれば、彼が近くを通り掛かった際に気になってしまうのにも説明が着く。ただ、あまりに強烈故、普通の人は避けようとするはずなのだが」
彼はその臭いを頼りに近づいた。当然、本人も臭いと感じてはいたはず。それでも近づいたのは、人間の本能に近いものだろう。
死体があると理解できる我々ならば違和感もない。しかし、その臭いが死体だと分からない彼は、……もし、仮に、分からないが
無意識下で臭いの元に釣られてしまうのだから。
「……犯人が、犯行時刻と発見時刻をズラした理由は、分かったな」
「やっぱり……、依頼者さんに、わざと見つけさせる……ため、でした」
「そうなると、容疑者は彼の知り合いで確定してしまうな。彼がバイトをしていて、普段より遅いあの時間に普段とは違う帰路を使うことを知っている人物が犯人でないと、この推理は成り立たない」
「そう……です、ね」
悲しそうに俯く彼女に、俺はただ何もしてやることは出来なかった。既に事件が起きてしまった後だ。
知り合いが己を犯人に仕立てあげようとしていたなら、それは当人にとって、相当に辛いこと。
それを憂いて悲しんでやれる優しさを、彼女は持っている。……俺がどこかへ置いてきてしまった、そんな
「と言っても、彼の周りに聞き回る必要は無い。既に最も怪しい人物を確認済み」
「先程の先生、ですね」
「あぁ。とりあえずは如月の情報待ちだがな」
メモにいくつかの情報を書き足し、俺は傍らのコーヒーに手を伸ばす。徒に頭の中で交錯する情報を、コーヒーの爽やかな香りが駆け抜けた。
言葉の詰まった脳みそには良い気分転換だ。
――ピピピピ
ペンを置き、音のなったスマートフォンを手に取る。
やはりどこかから覗かれているのでは思う。通話相手は案の定如月であった。
「お前の空気の読め方には毎度驚かされる」
『あら?ちょうどいいタイミングだったかしら。いただいた資料にはざっと目を通したわ。もちろん、人物調査も完了しているわ。結論から言って、これは
「それは結構。調査結果をこちらの端末に共有しておいてくれ」
『了解よ。神谷はこの後どうするの?』
「どうもこうもない。
『そ。貴方が解決するのは構わないけど、せめて榊原には連絡しておいてちょうだい』
「団体組織は大変だな」
『えぇそうよ。誰かさんと違って、人の命を守るのにも許可と報告が必要なの。じゃ、あとは任せたわね』
最後に彼女には珍しい皮肉めいた愚痴をこぼし、通話が切れた。数秒しないうちに、俺の携帯端末に調査結果の資料が送られてくる。
忙しそうにしていたにも関わらず、とても綺麗にまとめられた資料。最後に"頼んだわよ"の文字も添えられている。普段は雑に見えて、こういった場面ではとても真面目で優秀なのだ。
まぁ、如月が愚痴をこぼす時は、大抵忙しいかつ、思い通りにならないことがある。要は怒っている。
こうして頼らせて貰ったのだ。何かお礼でも考えておこう。
「亮さん、これは……?」
「如月に頼んでおいた、奴に関する情報だ。これに目を通したら、直ぐに出発する」
時は夕方、タイムリミットまでは残り少しである。
【――調査資料――】
《――恵那森和哉、海老原高校教員。担当は生物学。
魔術は闇属性を得意している。
高位適性は闇、風、土の3種。
過去に研究者として働いていた実績あり。また、研究者を辞めたという報告は上がっておらず、現在も研究を継続されている模様。
研究内容は死体を操る力、
内容が人体実験に抵触するため、数十年前に実験そのものは法的に中止させられている。しかし、研究そのものは数年前まで秘密裏に行われていた。数年前、研究者の一人が同僚を手にかけて実験を行い、また、さらに数年後に同じような事件が発生したために、秘密裏に継続されていた研究にも法的処置がなされた。この時の犯人は不明、いまだ発見には至っていない。
被害者は――前郷晴美、前郷貴明》
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