case04 : 暗闇の証拠と証言

【――第一現場付近――】

 最後に訪れたのは、真新しさの残る一軒家。

 一人目の被害者も、ここの玄関の前で倒れているところを発見されたらしい。これまでと違い、玄関は道路に面しているため、発見自体は容易だったはずだ。


「魔力反応は……変わらずなし。ここは事件当時からかなり時間が立っているから、警察も調べ尽くした後だろう」

「……そう……ですね」

「周辺を歩こうか。聞き込みもしたい」


 仮説はいくらでも立てられる。

 だが、判明している情報だけでは、どれも絶対的な正しさは得られない。


 もう少し確かな証拠があれば……。

 歩きつつ頭の中で考えをまとめていた、そんな時。


 それが視界を通り過ぎ、俺の意識は一瞬で現実へと引き戻される。


「一之瀬くん、止まれ」


 俺が足を止めたのは、裏路地に入る一本道。

 最初に向かった現場とは違い、ここには家と家の間に狭く暗い道が伸びている。道はすぐに行き止まりになり、この辺りの住宅の裏庭から通路へ出るために作られているようだ。


「りょ、亮さん……?何か……、えっ?!」


 その路地裏を覗き込んだ一之瀬くんは、地面に付着した数滴のそれを見つけ、思わず悲鳴を上げる。


「これ……人の血、ですか……?」

「そうだろう。乾き具合から見て、相当前に着いたもののはずだ」


 人気のない路地裏に残る血痕。

 これが意味する真実を、俺たちは既に持ち合わせている。


「最初に発見された被害者には、抵抗の痕があったらしい」

「えっと……この血は被害者の……?」

「可能性は充分にある」


 既に乾ききっているため、今すぐ判断することは俺達には出来ない。


 しかし、ここが本来の現場だったとすれば、聞き込みの重要性が高まる。それだけでも、この証拠には価値がある。


「この場所の情報を持っていそうなのは……塀の向こうの家か」


 路地裏を出てすぐ左。

 証言が得られれば大きいと、その一軒家を訪ねた。


「あの事件のあった週ですか?気になったことは特に」


 その家に住んでいたのは、70代くらいのおばあさん。

 どうやら事件の当日の夜は、自宅にいたという。


「何か物音を聞いたりとか、些細なことでも構いません」


 どんな情報が役に立つか分からない。少しの疑問が思わぬ結果に繋がる場合も多い。


 とはいえ、かなり前の出来事だ。

 覚えていなくても仕方ないが。


「そういえば……その日の夜に、低い声の二人が言い争っていたのを聞きましたねぇ。内容までは聞き取れませんでしたけど、二階の窓から覗いた時、一人が逃げて行くのを見た……ような?すみません、よく覚えていなくて」


 顎に手を当て首を傾げるおばあさん。

 一生懸命思い出そうとしてくれているようだが、既に一つの重要な情報が隠れていた。


「一人?」

「えぇ、恐ろしくてそれ以上は見ていませんでしたけど、静かになってから外に出ましたが、何もありませんでした。確か、事件現場はもう少し先ですよね?何か関係はありそうですか」

「どんな情報も役立てるのが探偵と言うものです。とても参考になりました。ありがとうございました」


 お礼を言ってその場から立ち去る。

 予想以上、むしろ予想外の情報まで手に入った。


 逃走した男の姿を見られていた事実は、犯人にとっても予想外の情報のはずだ。


「その……どういうことでしょう?」


 先程の話を聞いて、一ノ瀬君は疑問が持つ。


「一之瀬くんは、今の話を聞いてどう考える?」

「あまり、関係ある情報には……思えませんでした」

「無論関係ない線もある。しかし、関係ないと切り捨てるのは、関係ないことが証明できてからだ」


 推理や推測というのは、情報から読み取った可能性の話で、あくまで仮説に過ぎない。仮説に過ぎないならば、最も簡単な答えは後回しにしても良い。


「まずは、関係があるという条件の元で推理するんだ。今の話が今回の事件と関係があるとした場合、何を考える」

「関係がある場合……ですか。えと、容疑者が複数人いる……?あとは、初めの被害者と容疑者……でしょうか。その場合は、この言い争いが事件のきっかけだった可能性も、ありそうです」

「ふむ、……咄嗟にしては上出来だ。補足するならば、後者の可能性が高い」


 事件前に、発見現場付近での言い争い。

 ろくでもない内容だったことだけは容易に想像できる。


「もう少し深堀してみようか。初めに、言い争った後、おばあさんが見たのは一人だった。それも、立ち去るではなく、"逃げた"と表現した」

「……逃げたように見えた?」

「そうだ。ここで大事なのは、立ち去ると逃げるではその後のもう1人の行動の疑問に、大きく差が出ること」


 ただの言葉のあやかもしれない。

 悪い言い方をすれば、揚げ足取りとも呼べる。そんなただの言葉の違い。


 しかし、人の感情や思い込みには、何かしらの原因があるものだ。例えば、立ち去るやどこかへ移動したなどの表現がある中で、無意識に"逃げた"と感じ取ったのは、逃げるにふさわしい行動があったからだろう。


 立ち去るの場合、喧嘩でもして、そのまま別れたでも納得が行く。

 ただし、逃げるの場合、もう一人はなぜ


「おばあさんは一人の逃げる場面しか見ていない。つまり、もう1人は直ぐに追わなかったということ。いや、、またはいなかった」

「追えな……?まさか!」


 悩んでいた一之瀬君が、ハッとして顔を上げる。


「犯人が連れ去った?」

「あくまで可能性の一つだが。事実だと仮定すれば、この事件の始まりはなものだったのかも知れないな」


 仮定の上に成り立った仮説だが、納得に足る充分な情報が揃っている。

 時間が無い以上、ある程度の自己判断は必要だろう。


「これだけの情報が揃えば事件の概要を推理することはできそうだが……、死体を移動させた上に数日隠してから発見させた理由がはっきりしていない。彼に発見させるにしても、3日も隠す意味は無いはずだ」

「隠していた理由…、依頼主さんに発見させるための……準備、とかでしょうか?」

「そうだな。最終的な目的としてはそこにたどり着くのだろう。しかし、そう都合よく彼にだけ見つけられるような仕組みがあるのか……?」


 結局、巡りに巡った疑問が原点にもどる。

 まだ何か……ピースが足りない。


 状況が進展しないまま、俺たちは頭を悩ませていた。


 そんな時。


――ピー、ピー、ピー


 ポケットの端末に着信が入る。

 相手は如月だった。

「どうした?何か伝え忘れていたか?」

『まぁ……そうね。今さっき届いた連絡なのだけど』

「なんだ」

『神谷が今調べてる件ね、警察こちらでの捜査担当が榊原に移ったみたい』

「あいつが?」


 そういえば、この間、近くの事件の応援に呼ばれていたな。奴は面倒事に好かれる体質のようだ。


「それで、俺が今分かっている情報を提供しろということか」

『正解』


 全く、警察も随分都合のいい……いや、こちらも都合がいいか。


「ちょうどこっちも、追加で調べて欲しい事が増えた」

『あら、何かしら?』

「具体的な説明は省くが、第一の被害者は犯人と繋がりのある人物の可能性が高い。あとの事件の被害者との関係は気にせず調べて欲しい。それと……今から資料を送る。その人物についての情報とアリバイも頼む」

『資料?これは……了解よ。それと、これについて榊原に報告するのは大丈夫かしら』

「問題ない。情報の共有は当然だ」

『はーい、また少し時間をちょうだいね』


 さて、こうなると現場にいる俺たちは暇だ。

 このまま立っていても意味が無い。


「どこかで休むか」

「はい」


 幸い近くに駅がある。

 駅前の通りであれば、カフェの一つや二つあるだろう。


 考えに詰まった時は美味いコーヒーが飲みたくなる。材料も何も無い場所で、一之瀬君に頼む訳にもいかない。


 俺の知り合いに美味いコーヒーを入れる、静かなカフェを経営する者がいる。久しぶりに飲みたくなるが、ここからではあまりに遠い。


 俺は事件についてぼんやりと考えながら、一之瀬くんを連れて駅へと向かった。

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