case03 : 優しさの制限

【――第二現場付近――】

 二人目の被害者が発見された現場は、先程の住宅街から20分ほど歩いた場所にある、これまた普通の一軒家。

 すぐ横の通路を挟み小さな公園がある。


 先程話を聞いた女性が、怪しい女を見たと言う公園。その場から逃げて行ったのだとすれば、犯人では無いのか。公園自体に意味があるのかすら今はまだ検討が付かない。


「ここの事件は既に2週間以上前の出来事。さすがに痕跡には期待できないだろう」


 魔力探知で調べては見るものの、やはり反応は出ない。 

 まぁ、魔力に関しては、どんな結果になろうと信憑性が薄い。反応が無いのも、時間が経っているからで説明ができてしまう。


 しかし、ここで確認すべきはもう一つあった。


「彼の帰宅路は……こっちの通りだな」


 死体のあった場所と、彼が通ったであろう道。

 通路際の生垣によって、玄関前を余程のぞき込まなければ、倒れている死体は見つけられない。


「何故、依頼人さんはここの死体に気がつくことが出来たのでしょう……」

「恐らくそれが、この事件を解決する鍵だろう。発見された場所に共通点があればいいのだが。彼の言葉で言うならば、共通する"気になった"点だな」


 こればかりは本人に詳しく聞く以外に方法がない。

 物事の"気になる"感受性は、人によって大きく異なるのだ。過去の出来事や記憶、本人の性格、好みや日頃の生活。その全てに影響を受ける。


「聞き込みをしたいが……死体が腐敗した後に運び込まれたとすれば、必然的に人の少ない夜間に計画を行ったはずだ。前の女性のように普段とは異なる事情がなければ、情報を持っている可能性は低い」


 発見されたのが夜である以上、今出歩いている人に尋ねても欲しい回答は持っていない。歯がゆい事実を突きつけられるが、足を止めるのはまだ早い。


「残りの一箇所も確認しに行こう」


 幸いにも、最初の現場はここからかなり近いため、俺たちは住宅街の道を大通りに向かって歩き出した。


 事務所を出たのが昼過ぎ。

 まだ空は明るい。


 大通りに近づくにつれて、自動車の走る音が大きく聞こえてくる。通路を出てすぐ角にコンビニが見えた。


 気分転換に何か買って行こうかと考えたその時。


「あれ?探偵さんこんにちは!捜査は進んでますか?」


 コンビニの影から依頼人の前郷君が飛び出してきた。

「君こそ……ってそうか。ここは君の帰宅路だったな」

「そうですよ。丁度、今日の授業が終わってこれからバイトに向かうところです」


 出会う理由も納得がいく。

 軽く会話を繋げたところで、背後からもう一人、知らない人物が顔を出した。


「あっ、こちら紹介します。高校の恵那森えなもり先生です。先生は昔からお世話になっていて、学校でもよく相談に乗ってくれたりするんです」

「どうも、恵那森和哉かずやと申します。探偵さんの話は彼から聞いてます。彼をどうぞよろしくお願いしますね」


 きっちりしたスーツに身を纏う見た目は、まさに教員の鏡とも言える、整った服装。

 話し方も丁寧かつ、言葉の節々にその知識の片々が見て取れる。


「これは丁寧にどうも。探偵の神谷亮だ」


 こちらも軽く挨拶を返し、視線を前郷君に向ける。


「まだ確証の持てるような事実は分かっていない。最後の現場を見た後、資料を見て判断する。が……」


 これは伝えておくべきだろう。

 俺は彼に少しだけ近づき、彼にだけ聞こえるようにそっと告げる。


「君の周辺の人物……もしかすると知り合いが犯人の可能性がある。全ての真実を知る時は、それなりの覚悟は持っておけ」

「……わ、わかりました」


 一瞬口ごもったものの、表情はあまり変わらない。

 余計なお世話だったか。


「どうかなされましたか?」

「いいや、なんでもない」


 小声でやり取りする俺たちに、不思議そうな目でこちらを伺う恵那森教員。


 センシティブな内容だけに、本人以外に伝えることはできない。


「そうですか。このような昼間から、捜査も大変なのでしょう。発見現場からは凶器も見つかっていないようですし、このような場所まで出てくるとは、犯行現場が異なると移動も大変ですね。しかし、これ以上彼が疑われている状況が続くのは私としてもあまりに忍びありません。協力できることがあれば、是非ともお声がけ下さい」

「あ、ああ。用があれば訪ねるとしよう」

「じゃあ探偵さん。僕バイトがあるので、また後で」


 前郷君は、その先生を引き連れて、たった今俺たちが歩いてきた道に入っていった。


 俺はしばらくの間、彼らの背中を眺める。

「……亮さん……あの人、今」

「あぁ、随分堂々と、…………口走ったな」


 一之瀬君が小さく尋ねたそれは、同じく違和感を抱いていた。――犯行現場が異なる。


 それは先程、俺たちが推測として立てたばかりの、不確定な可能性の話でしか無かった。


 なぜ、彼がそのことに勘づいているのか。


「つけてみますか?」

「いや、辞めておこう。前郷君はこの後バイトだと言っていた。バイト先に現れなければ、それこそ怪しまれる原因になる。何せ、直前に二人が一緒にいる所を、我々が見ているのだから」

「……ですね」

「だが、俺たちが自由に捜査できるタイムリミットは、彼のバイトが終わるまでになる。急ごう」


 予期せぬ時間制限ができたが、おかげで事件の重大な手がかりを手に入れた。


 何故高校の教員がこれからバイトへ向かう前郷君と共にいたのかについても、念の為聞いておくべきだった。

 平然とこちらに話しかけてくる彼に圧倒されてしまったようだ。……どうにも、ああ言った何を考えているか分からないタイプの相手は苦手だ。


 いいや、俺の周囲が正直すぎるのかも知れない。


「……?亮さん、どうしましたか」

「なんでもない。行こう」


 俺たちは足早に、最後の現場へと向かった。

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