case02 : 空けられた数日間
【――第三現場付近――】
最も近い現場はそれほど離れた場所ではなく、最寄りの駅から電車で3駅ほど先に行った住宅街。その古いアパートの一室。
現在は現場保存のため、侵入禁止になっている。
しかし、侵入禁止のテープか張られているだけで、既に警察官があらかた調べ尽くした後のようだ。
現場には見張りがいなかった。
「……普通……ですね」
「ああ、特段気になるような立地ではないな」
住宅街という事もあり、道が入り組んでいて見つけるのは大変だった。黄色いテープで囲われていなければ、もう少し苦労したかもしれない。
そのくらい、至って普通の一軒家。
「すぐ近くには大通りがある。この辺りに用事でもなければ、このような狭い道を通る人は少ないだろう」
単純な感想としてはその程度。
やはり1箇所だけ確認したところで、情報は対して集まりそうにないな。
「……あの……魔術の痕跡、とかは」
「念の為確認しておこうか。――魔力探知」
反応は……ない。
反応がない事がしかし、この場の疑問を増やす結果となった。
「警察は既に調べあげた後……だったな」
俺はポケットから端末を取りだすと、とある相手に電話をかける。あまり気乗りしないが、今の状況では適任者と言えるだろう。
『あら神谷。最近は良く声が聞けて嬉しいわ』
「如月。すまないが、至急調べて欲しいものがある」
『本当に唐突ね。いいわよ、何かしら』
「先程ニュースにもなっていた、例の連続殺人。その被害者の死因と死亡推定時刻だ」
『神谷……あなた、今一体何をして……いいわ。聞かないでおいたげる』
「助かる」
『5分後にかけ直すわ』
「了解」
俺はそこで会話を終える。
「俺たちはこの周辺を調べてみよう」
「はい」
スマホ越しの会話を不思議そうに聞いていた一之瀬君に声をかけ、もうしばらくこの辺りを歩き回ることに。
とはいえ、とても目立つような場所はなく、ありふれたただの住宅街。景色としては事務所の周辺を散策しているのと、さほど変わらない。
強いて比べるならば、この辺りは路地裏のような狭い道がない。
住宅が密集していて、通れる道は車両が通行できる幅の道路のみ。小さな子どもたちからすれば、少々退屈で……手狭に感じることだろう。
アパートから反対側の通路まで歩いてきた所、目の前の家の前で掃除をする女性を発見した。
「すみません、少しよろしいですか」
俺は情報収集のため、できるだけ丁寧に声をかけた。
「はい、何でしょうか?」
「先日、向こうのアパートで発生した事件を調べている者です。事件のあった日の夜、何か気になることはありませんでしたか?」
ここは現場から反対方向に位置する。
本来ならば、何も無くて当たり前なのだが……。
「事件……警察の方……では無いですよね?」
その女性は、俺の横に立つ一之瀬くんの姿を見て、怪訝な表情を見せる。まぁ、少女と二人の男が、突然事件について尋ねれば怪しむのが普通の反応だ。
「私はこういう者です」
俺はポケットから名刺を取り出し、その女性に見せる。
「あっ、探偵の方だったんですね」
「はい。それで、何か情報などがあれば」
その女性は、少し考えた後に、自信なさげに答えた。
「関係があるかは分からないのですが、死体が見つかった騒ぎの数日前、私偶然普段より遅く帰ってきたんです。
その時、ここから20分くらい先に行った小さい公園で、妙な人影を見かけたんです」
「少し先……と言うと、別の事件があった辺りでしょうか」
「えぇ、確かそうです。髪の長い女性が、その公園から走って出ていったのを見たんです。夜9時過ぎで、真っ暗な時間帯だったので少し気になって……」
「そのことは警察官には?」
「はい、一応話しました。ただ、1週間も前のことですし、犯人は恐らく男性だろうからと、あまり参考にはならなかったみたいで」
長い髪の女性……。
今のところ情報は無いが、1週間前か。
つまり、
犯人の可能性も否定できない以上、頭に入れて置いた方が良さそうだ。
「あ、あの……」
「ん?ああ、ありがとうございます。大変参考になりました」
その場で固まってしまった俺に困惑していたが、俺はお礼を言ってその場を離れる。
その後もすれ違う人に同じことを尋ねたものの、特に重要な情報もなく古いアパートを中心に1周して戻ってきた。
そして、俺たちの動きを見ているかのようなタイミングで、如月から再度連絡が来た。
「早いな」
『当たり前よ。情報調査は私の専門分野だもの』
「それで……どうだった?」
『警察の方で調査した結果としては、死因はどれも窒息死みたいね。一人目の被害者には抵抗した痕が見られたけれど、他2人は目立った外傷は無かったらしいわ。けど、それ以上に、死体の腐敗が酷かったの。ただの首絞め……って感じではなさそうよ』
「だとすれば……殺人に使用されたのはやはり魔術か?」
『ええ、その可能性が高いわね。魔力の痕跡についてはまだ調査中のようだし』
魔術による殺害。それも窒息死となれば、属性は風か?
火や水でも窒息死はさせられるが、外傷が無いとなれば、やはり直接空気を扱う風が最も怪しい。
……あとは、睡眠魔術による意識の消失。
この可能性だと、もはや窒息の方法はなんでもいい。縄の後や吉川線が無いことを踏まえると、道具を使った可能性は低いだろうが。それ以上は謎のまま。
考えるのは後だな。
「それで、推定時刻は?」
『こっちは詳細な情報が出ていたわ。推定時刻は、3件とも発見時の3日前。おかしな話ね。3日も放置されていて、発見者以外誰も気が付かないなんて』
「……分かった。情報としてはそれで充分だ」
『あら、随分あっさりなのね。……何か解けたのかしら探偵さん』
「複数ある問題のうちの一つに過ぎないが」
『ま、手助けに慣れたのなら良かったわ。私はまだ仕事が残っているから、じゃあね』
そう言って、こちらが反応するより早く電話を切られた。珍しく忙しそうだ。
大変な時に電話してしまったか。
悪い事をしたな。
「あの……何か……分かったのですか?」
「あくまで推測に過ぎないが、殺害に使用されたのが魔術だと思われる」
俺は浮かび上がった新たな問題とともに、彼女に伝える。
「先程は、魔力探知に何も引っかからなかった。最も新しい現場にも関わらず、だ。俺の魔術の腕を信じるならば、被害者が殺害されたのはこの付近では無いという事になる」
「死亡した人たちを……運んだ?ってことですか」
「そうだ。犯人はわざわざ人に見つかる危険を犯してまで、この場所に連れてきた」
「一体どうして……」
「そう。一見すれば意味の分からない謎な行動だ。しかし、その行動に意味があったとすればどうだ」
「意味、ですか」
「例えば……殺害現場で見つかってはいけない理由があったか。もしくは移動先がここである理由があったか」
「この場所……それって」
少し考えた一之瀬君は、すぐにその意図に気がついた。
「依頼人さんの……帰宅通路!」
一之瀬君の叫びに、肯定を返す。
「ここは彼が週に数回帰宅に使う道。それもわざわざ3日も待ってここに移動させている。そして案の定、彼が第一発見者となった」
最悪な展開は、真実に最も近い。
この事件での最悪な展開とはつまり……
「犯人は意図して彼を第一発見者に仕立て上げた。その場合、犯人が彼の知り合いの中にいる可能性は極めて高くなる」
俺はこの事件の真相を暴かなければならない。
例えそれが、誰かが不幸になる真実だったとしても。
「次の現場に急ごう。手がかりが残っているかもしれん」
「分か、りました……。行きましょう」
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