case6 : 努力と天才と仲間
「亮にぃーーーー!」
走ってきた凛が脇腹にタックルし、そのまま抱き締めてきた。
「怪我がなくてよかったよーー!!」
大変騒がしいが、今はこのままにしておこう。
「亮さん、すごかったです」
一之瀬君も近づいてきて、輝いた瞳でそう言った。
「ありがとう、みんなもよくやってくれた」
この結果は、決して一人ではなし得なかった。
全員のおかげであると、3人に感謝を述べる。
「神谷。それであの人は……」
榊原が座り込んでいる女性を見て首を傾げた。
現在は落ち着いているが、先程までの奇行を間近でみては、警戒せざるを得ない。
「どうするんだ?」
「これこそ警察の仕事だと思うんだがな……」
俺は最後まで頼りすぎな榊原を睨みつけ、それから深いため息を吐いた。
「すまんが、ちょっと離れてくれ」
俺は抱き着いている凛を引き剥がし、座っている女性の方に向かう。
「会話はできるか?」
俺が尋ねると、
「はいっ!すみません!」
女性は慌てて飛び上がり、そのまま素早く数歩下がると地面に向けて全力で頭を下げる。
これが古よりつたわる謝罪法、綺麗な土下座だ。
「あれ?藤森先生だ!!」
凛が彼女の姿を見て、そう叫ぶ。
「えっと……神谷さん?」
女性は顔を上げる。
「そうです!結衣もいるよー!」
「こ、こんにちは先生」
どうやら、この女性は教師で間違い無いようだ。
二人のことを知っているならば、話は早い。
「一之瀬君、この人は?」
こちらは初めましてのため、一之瀬君に説明を求める。
「えっと、藤森先生です。生徒会の顧問の先生で……」
「藤森先生は物理の先生だよ!週に3回は会ってるよね!」
「はい。ですが、神谷さんは週に7回以上会っていますね」
「な、何のことだか……」
なるほど。生徒会の先生ということは、遅刻者チェックでもやっているのだろう。
凛は遅刻常習犯ってところか。
妹ながら、呆れて声も出ない。
「それで、藤森さん……はどうしてこんなことを?」
俺はさっそく本題に入る。
「えっと、貴方は……」
「先生!亮にぃ!私のお兄ちゃんだよ!」
「神谷亮です。妹がいつもお世話になってます」
「あ、お兄さんでしたか……失礼しました。神谷凛さんのクラスの物理を担当しています。藤森と言います」
「それで、どうしてこんなことを?」
何か事情があるようだが、危うく死傷者の出る大事件になるところだったのだ。
どんな理由があろうと、教師が生徒に害をなしてはならない。どう対処するにしろ、最低限本人からの説明は必須条件である。
「昔の話ですけど……現在は物理の教師ですが、実は魔術の教師だった時がありました。とあることがきっかけで挫折してしまって、物理に移動したんです。ですが、まだ魔術に諦めが付かず……、こっそり魔術の勉強をしていました」
俺は黙って頷く。他のみんなも黙っている。
「ところが昨日、生徒会の一員の一人が二重構築の実用化に成功したんです。それを見て、勝手に焦ってしまいまして、昨夜は眠れずにひたすら勉強をしていました。そして今朝、少し早く出勤して図書室でも勉強をしていたのです。そこで、とても大きな魔導書を見つけました。徹夜明けということもあり、その本から漏れる魔力に気が付かず……」
多分榊原の持っていた本のことだろう。
現在も、微かに彼女の内側から発せられる魔力と同じ魔力を感じる。……そんなでかい本を持って、よくここまで動けるな。この筋肉バカは。
「その本の最後の方のページです。大規模魔術の話の所を読んでいたら突然頭が重くなりまして……そのあとは、ほとんど覚えていないのです。次に覚えているのは体の魔力が急に失われて……目を開けたらこの状況でした」
これは……間違いなく何かに意識を乗っ取られていた。恐らく、その何者かが先生の焦りに漬け込み、欲望を悪い形で増幅させたのだろう。
そんなことが出来るのは、おおよそ人間では無い……何か、例えば天使、精霊、それから――悪魔とか。
「榊原、その邪魔な本を寄越せ」
「本……?あ、これか」
その巨大な本を持ち歩いていた事を忘れているとかいう、恐怖な事実は棚にしまって、差し出された本を受け取る。
本からは何かの気配がしている。先程までは微弱だったが、少しばかり強い気配に変化している。
「やはりこれが原因か」
俺は本を手に、少し悪い考えが浮かぶ。
「この本が原因なら燃やしてしまった方がいいな」
誰かに聞かせるような大声で、俺はそう言った。俺の表情を見て榊原は、引きつった表情で察したあと、俺の茶番に便乗する。
「そ、そうだな!破いてから燃やした方がいいんじゃないか?」
凛と一之瀬君も顔を見合わせて首を傾げたあと、
「それに賛成―!」
「わ、私もそれがいいと思います!」
分からないなりに、空気を読んでそう応えた。
多数決なら既に勝ち。俺は火魔術で火を出すと、
「よく燃えそうだ」
一際悪い顔で火を近づけて――
「それはダメえぇぇぇぇーーーーっっ!!!」
本がひとりでに声を発しながら揺れて……本が勢いよく開く。中から出てきたのは、悪魔のような、そうでもないような、何やら変な生き物だった。
「本を燃やすとか頭おかしいだろ?!そんなことをしたらオイラ、死んじゃうよ!!」
空中を飛びながら悪魔は変なことを言っている。俺は飛んでいる奴の頭を鷲掴み、顔を近づけて問う。
「お前が原因だな?何のためにこんなことをした?」
「い、言ってたまるか!!お前みたいなバケモンには絶対に言わないぞ!!」
俺は少しイラっとしたので、頭をつかんでいる手に力を込める。
「いててててててっっ、や、やめて……頭が……ちぎれ」
「じゃあ話してくれるな?」
「それは……いててて、分かった話す!話すからぁ」
俺は手を離すと、悪魔がこちらを睨む。
「おかしいだろこんなの!拷問だよ拷問!」
「素直に話さないのが悪い」
「うるさい!この悪魔!」
俺はじろりと睨む。
「はいっ!分かりました!言います!」
悪魔が不機嫌そうに回転して話し始めた。
「オイラはこの本の精霊だ。本の精霊は、誰かが本を読んでくれないと消滅してしまうんだ。最近この本を開いてくれる人がいなくてオイラ消えそうだったんだ。そしたら、久しぶりに本が開かれて……そこの女だ!真剣に読んでくれるから嬉しくて、役に立ちたいって思った。それでちょっと心を覗いて、願いを聞いて……その願いをかなえようとしたんだけど……そこの悪魔に邪魔されたんだ!」
精霊だったか……。しかし、この態度が気に入らない。これからも悪魔と呼ぼう。
「それで微悪魔、お前はこれからどうするんだ」
「なんだ微悪魔って!精霊だ精霊!失礼な奴だな」
「なんと呼ぼうが俺の勝手だろう?」
騒ぎ立てる精霊を適当に流していると、横から先生が声を出す。
「あ、あの、その子とその本、私が預かってもよろしいでしょうか……」
「これをか?いいぞ」
俺は本を渡す。
すると、彼女は微悪魔を見て、にこりと笑う。
「何だか……思い詰めてしまっていたのですが、私を心配してくれている人がいるんだなって知りました。私、もう少し頑張ってみようと思います」
「そうだよ先生!みんなでがんばろ!」
凛が大きな声で抱きついた。
バカ凛の明るい性格で救われる相手がいるのだ。
「あら、ありがとう凛さん。凛さんはしっかり朝来ることから始めるといいですよ?」
「うっ、ど、努力します……」
うふふ……と笑う先生を見て思う。
この先生はきっと元々良い先生なのだろう。
「とりあえず、一件落着だな!」
榊原がやかましい大声で叫ぶ。
……うるさいヤツが多いな。
「あのな、俺たちはまだ本来の目的を達成していない」
「あ、忘れてた……確か」
「一之瀬君の引越しの件を学院に報告するためだ」
「そ、そうだった」
まったく、本来の目的を忘れてはどうしようもない。
「あら、結衣さんの事とは?」
彼女を放置して話題を進めるこちらの様子に、藤森先生は首を傾げて尋ねる。
どうせ後で説明しなければいけない事だ。
今の内に話しておこう。
「実はですね……」
一通り話し終えると、開始一番に凛が口を開く。
「えー!じゃあ今結衣と亮にぃ、一緒に住んでるの?!」
「そ、そうだよ。さっきは隠しててごめんね」
一之瀬君が申し訳なさそうに謝る。
「それは大丈夫だけど、え?ホントに?!」
凛が大変うるさいが、今はそのままにしておけばいいだろう。全てに反応するのも疲れる。
「そうなんですね……」
先生は少し考えた後、
「そういう事でしたら私が校長に掛け合ってみますよ。今日は皆さんのお手を煩わせてしまいましたし、よろしければ協力させてください」
「ありがとうございます。助かります」
「ええ、任せてください」
先生は頷くと、一之瀬君を見る。
「結衣さん、大変でしたね。先生も協力しますから大丈夫です。準備ができ次第、学院で待ってますね」
「は、はい!ありがとうございます!」
この先生は善い人だ。
彼女がいるのなら、安心できる。
――ピンーポン¦先生方は至急、職員室に集まってください。繰り返します……
放送か。寝ていた先生達が目を覚ましたのだろう。
生徒たちも時期に目覚める頃合いだ。
俺達も急ぎ場所を移動せねば、面倒事に巻き込まれる。
「それでは、私はこれで失礼します。説明もしなければなりませんので」
そう言って入り口へ走っていく。
大事そうに大きな魔導書を抱えて。
「俺達も一度帰るか。藤森先生の連絡を待とう」
「はい」
「そうだな」
俺は振り返り、さも当然のように共に帰宅しようとする凛にため息と呆れを送る。
「お前は午後授業があるだろう?行かなくていいのか?」
「あ!そうだった……めんどくさいなぁ。なんかもう一日過ごした気分だよ」
「ふふ、そうだね。大変だったもんね」
「結衣ちゃんはいつから来れるの?」
一之瀬君は「えっと」困ったようにこちらを一瞥する。
「大丈夫だ、来週には登校できる」
俺はそう言い切る。
「そっか!じゃあまた来週だね!」
「うん、またね!」
その言葉に納得したようで、凛も教室へ戻っていく。
俺達は、帰宅するため昇降口に向かって歩き出した。
外へ出ると昼過ぎの太陽が町を照らしている。
ふと振り返った学院の空は、不思議と訪れた時よりも晴れているような気がした。
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