case5 : 魔術の可能性
【――B校舎 神谷亮――】
「そういうわけだが、何か質問はあるか?」
俺は作戦を説明し終えると、質問が無いかを尋ねる。
「なあ、本当に俺たちがやるのか?」
榊原が不安げに聞いてくる。
「そうだ。先程も言ったが、これができるのはお前たちしかいない」
俺が伝えたのはこうだ。
「俺は犯人の相手をする。お前らは――魔法陣を破壊してくれ」
当然、榊原たちは驚いた。
「え、あの……逆ではないでしょうか……?」
「いいや、俺が犯人の相手をする」
これが最適なのである。
「相手はおそらく相当な魔術の使い手だ。それに召喚魔術の対抗であれば、お前たちの方が早い」
「そうなのか」
「そうだ」
榊原は一瞬悩んだあと、
「お前がそう言うならその方がいいんだろう。俺は神谷を信じるぜ!」
と、まっすぐこちらを見る。
「わ、私も頑張ってみます」
「私も大丈夫!」
三人とも納得してくれたみたいだ。
「それじゃあ方法を説明する。初めに榊原、お前にはこれを渡しておく」
俺は空間から取り出した黒い長剣を渡す。
「それに強化魔術をかけて魔術陣の中心に刺すんだ。できるだけ深く、刺し込めるだけ押し込んで構わない」
「了解だ」
「次に凛。お前は例の剣召喚で大量の剣を用意しておいてくれ。できる限りたくさんだ」
「おっけい!」
そして……
「一之瀬君だが、この対抗魔術の要を頼むことになる。召喚魔術の魔法陣に合わせるようにして、重力魔術の魔法陣を形成しておいてくれ」
「わ、私が……ですか?えと……、分かりました。あの、これで魔法陣が壊せるのですか?」
「ああ、準備が出来たら魔法陣から離れてくれれば、最後は俺が何とかする」
とりあえず、作戦としてはこのくらいだ。
「亮にぃ、まずはどうするの?下の魔力に触れるとばれちゃうんでしょ?」
「それは大丈夫だ」
吸収魔術で確保しておいた魔力を利用して、それを人の形に変化させる。出来上がったのは人の形をしただけの魔力の塊だ。
先に出現した人型の魔力に似ているが、目の前の塊にはひと工夫してある。
それは、人型を保つための
「これを2階に向かわせる。あの魔術は俺たちの魔力に反応しているみたいだからな。俺の魔力が混ざった塊なら、問題なく反応するだろう」
「俺たちはどうやってここから体育館まで行くんだ?」
「転移魔術で体育館まで飛ぶ」
「神谷……、転移魔術も使えるんだな。昔は使えなかったよな」
「ん?学生の時に習得していたが、お前の前で使ったことなかったか?」
「ないなぁ」
榊原はしみじみと答える。
……まぁ、こいつと一緒だと、転移魔術を使うより先に突撃してしまうから、使用する暇がなかった。
それを思い返せば、この数年でこいつも成長したようだ。
「それじゃあ行くか」
全員の準備が整ったことを確認して、人型にした魔力の塊を2階へと向かわせる。
そして、すぐさま俺は転移魔術を発動する。
「この魔法陣からは出るなよ」
注意をして発動させる。
パっと輝き、次の瞬間、一同は体育館の前にいた。
「まじか……」
「す、すごい……」
「亮にぃ流石!」
3人がそれぞれ感想を口にする。
「感想はいいから、敵の目の前だぞ」
俺は扉の方を見て警戒を高める。
「ここで間違いないようだな」
扉に魔力の漏れを防ぐ、これまた繊細な魔術がかけられている。通りで体育館からはほとんど気配を感じなかったのか。
「入るぞ、準備はいいか」
全員が大きくうなずく。
俺は開戦の合図だと、容赦なく扉に向かって爆炎を放つ。
――ズドォォォォーーーンッッッ
「行くぞ!」
体育館に入った俺は、真っ先に笑っている女を見つけた。
「何がそんなに面白いんだ?」
注意を引くため、堂々と尋ねる。
女の注意が俺に向いた。
今のうちにと、榊原たちが左右へ散る。後ろの魔法陣まで一気に行くみたいだ。
「な、何故ここに……」
女は戸惑っているようだ。
「何故ってお前を止めに来たんだ」
「そんな!?どうやって?あの場所からこの体育館までは、こんなに早くは来れないはずなのに」
独り言のように呟いている。
俺は歩いて近づく。
「お前は知らなくてもいいことだ」
そう言って再び雑に爆炎を振るう。
「くっ――障壁!」
女は慌てて障壁を発動させる。
炎の線が空中に線を引き、障壁に直撃して爆発を起こす。
「上級魔術!?」
俺は転移で女の後ろに飛ぶと、手を伸ばし頭をめがけて魔術を使う。
――
女が物凄い速さで壁まで吹き飛ぶ。
インパクトは中級の無属性魔術。普通の人間がまともに食らえば、骨が折れるくらいの威力は出る。
しかし、
「転移魔術か……随分と高位の魔術師のようだね」
壁に激突したはずの女は、煙の中から平然と現れる。
身体に目立った外傷はない。
「倒せたと思ったかい?」
「いいや、その程度で倒れてもらっては拍子抜けだ」
どちらも余裕の表情で言葉を交わす。
――
すぐに次の行動に出る。床に手を当て、遠隔魔術で女の両サイドに氷の柱を生成。
――ゴンッ
勢いよく氷の柱が飛び出してくるも、女にはかすりもしない。
「どうした?当たってないよぉ」
随分イラっとする話し方をする女だ。
……しかし、その瞳はどこか虚ろである。
「悪いが当てなかったんだ」
その瞬間氷柱が白く光り始め、両サイドの氷柱が大爆発を起こした。
――
床や天井であればすぐに発動できたのだが、不意打ちを兼ねてわざと両サイドに氷の壁を作った。
爆散は本来、狙った位置の対象を爆破させる魔術だが、自分で作った氷を爆散させることも可能なのだ。あの距離での爆散を回避するのは、相当難しい。
煙が晴れると、先程とは比較にならないほどボロボロになった女が、足を押えて座り込んでいる。
「障壁を展開して直撃は避けたようだが……その距離だ。ダメージはあるだろう?」
俺は女に問う。
「すごい威力の魔術だぁ。けど倒せなかった……ねぇ」
女もすぐに対抗して魔術を使う。
――
鋭くとがった炎が次々と放たれる。
いくら初級魔術とはいえ、この速度にこの精度。さらにこの量。やはり……並の術師では無いな。
「だが、――まだ遅い」
俺は障壁を展開し、飛んでくる炎を捉える。
「なに!?」
障壁に当たったはずの炎は、爆発せずに女へと跳ね返っていく。己の魔術が返ってくるとは考えていなかったようで、女は慌てて空中に回避を試みる。
「飛行魔術……か」
残念ながら、俺は飛行魔術は使えない。
しかし、飛行せずとも同じ土俵に立つことはできる。
――転移 ――障壁
俺は女の前に転移すると足元に障壁を展開。そのまま回し蹴りをする。女はギリギリ腕をクロスさせて腹部を守ったが、その衝撃を殺せず勢いよく壁へと落ちた。
「化け物ですねえ、貴様はぁ」
余裕のなくなった女は、血を吐き捨てて悪態をつく。
ゆっくりと着地し、今度はこちらから女に声をかける。
「お前は誰だ?ここで何をしていた?」
「フフフ、余裕かぁ……いいよぉ!」
答える気ははないようだ。
無論、答えを期待しての問ではなかったが。
その質問を挑発だと勘違いしたのか、女は怒りの目でこちらを睨み、物凄い魔力をその両腕にまとう。
――
しかし、女の狙いは後ろで魔術陣の破壊の準備をしている榊原だった。しかし、その程度の非道は
「お、お友達、助けなくていいのぉ?」
煽る女を無視して、腕を軽く伸ばして重力魔術を放つ。
――
小さな重力の球が女の放った魔術に重なる。すると
その球は女が放った魔術を、物凄い速さで飲み込んでいった。
「な、私の最大威力の魔術が……」
女は膝から崩れ落ちる。
呆然と虚空を眺める目からは涙が零れていた。
「な、なんで!どうしてっ、私は!私は……最強に……」
女の様子が変わり、心の我慢を吐き出すように泣き出す。
「……何を目的にこんな真似を?」
この様子ならば答えてくれるだろうと、俺はもう一度彼女に問う。
「私は、……私の理想は……もっと、強くならないと……。教師として、私が……みんなの見本に」
両手で顔を隠し本音を話す彼女に、俺は悩んだ末こう応える。
「君には確かな魔術の才能がある。だが、使い方を誤った魔術は本来の効果を発揮しない。欲に負け、仮初の力で得た理想など、間違った努力にすら劣る。そのような甘い考えでは、何も得られはしない」
……俺は才能に恵まれず、周囲からも諦められていたとしても、己だけは一瞬たりとも諦めることなく、ついに誰もなし得なかった新しい魔術を生み出した男を知っている。
そいつは、……俺の前から消えるまで、己の正しさを貫いた。
世の中には、そんなやつもいる。
「亮さーん!準備できました!」
おっと、どうやら準備ができたようだ。
遠くから一之瀬君が呼びかける。
「これが本当の魔術の可能性だ。よく見ておくといい」
俺はゆっくりと歩いて榊原が刺した黒剣の元に移動する。
この剣には、"魔力浸透"と言う、無属性の魔法陣が埋め込まれていて、魔力をよく通すのだ。
「凛、今から光る場所に、作った剣を刺してくれ」
――魔力操作
俺は黒剣を媒介にして、己の魔力を召喚魔術の陣に重ねる。魔法陣――いわゆる術式を介さない魔力は、何色でもない無属性である。
さらに集中して魔力を集めると、召喚魔術の陣から光が漏れ出す。
「あそこだね!」
――魔剣操作
見事な魔力操作技術で、生み出した剣が的確に刺し込まれていく。数分かけて、陣をなぞるように円形の輪が出来上がった。
状況的には、召喚魔術の陣の上に一之瀬君の重力魔術の陣が重なり、それらを繋ぐように凛の剣が差し込まれた形だ。
そして、その全てが俺の魔力で結合している。
「仕上げと行こうか」
陣の中心で、俺はもう一つの魔術を発動させる。
反魔術――
すると、浮かび上がった3つの魔法陣が赤色に輝きだす。
「あれは……重力魔術!?」
一之瀬君が目を丸くして叫ぶ。
まさか、自分で設置した魔術が勝手に発動するとは思わなかったのだろう。
通常ならば、設置した魔術は、術者以外が発動することは出来ない。それが起こるとすれば、魔力暴走という、魔術的には失敗の時だけ。
しかし、今回に至っては成功である。
「――発動」
その瞬間、暗闇に輝いていた赤色の魔力が、全てを巻き込み霧散した。溜まった魔力が散らばり、体育館がキラキラと輝く。
――術式破壊。
それは、魔力暴走が起こる際に発生する、1種の副作用を利用したものだ。
設置された魔法陣は、外部から許容量を超える魔力を受けることで魔力の乱れが生じる。
そこへ反魔術をぶつけることで、今度は意図的に魔力暴走を発生させる事が可能。
魔術の魔力暴走時には、周囲の魔力を巻き込み爆発する性質を持つ。それが反魔術の魔力と混ざることで、全ての魔術を打ち消す最強の反魔力を発生させる。
さらにこれを別の魔法陣と繋ぎ合わせておくことで、最強反魔力の影響を、連鎖的に受けさせることが出来るのだ。
…………少し難しい話だな。
要は、本来は魔術の失敗として扱われる現象を、わざと誘発させて別の魔術を破壊する。
言い換えれば術式破壊とは、魔術の失敗――ただのくだらない現象なのである。
魔術の研究をしていた学者が、研究のために別の魔術と併用して使っていた時に、魔力配分を間違えた結果偶然発見された現象で、1部の研究者の間では、割と有名な話しだったりする。
賭けだったのは、俺はこの現象を実際に試した事が無かった点だ。まあ……今回は成功したので良しとしよう。
「一旦は解決……か」
魔力がすべて霧散し輝きが無くなった体育館。
そこには何の効果もなくなった、ただの黒い剣が1本、寂しそうに残されていた。
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