case4 : 策略の再利用
【――A校舎 神谷亮――】
俺はA校舎に踏み入れるなり、とある異変に気が付いた。
生徒がいるであろう教室すべての扉を対象に、魔術が発動している。
確認してみたが、案の定扉は開かない。
「どうしたものかな」
この階のすべての扉が開かないとなれば、調べるものがない。
一応周囲も調査してみたが、他に気になる物もない。
教室の入り口にあるクラスの番号が書かれた看板から読み取れたが、この校舎は高等部――いわゆる高校生たちのクラスが固まっているらしい。
再確認の意図も込めて2階に下りる。すると下りてすぐ目の前には生徒会室があった。
その教室に続く廊下の先には、先頭の数字が小さいクラスが並ぶ。
そして、目の前の部屋から大きな魔術の気配を感じ足を止めた。
「……入ってみるか」
扉に手をかけるが、開くより先に仕掛けられた異なる魔法陣に気がついて手を止めた。
「……探査魔術?いや、これは改造されているな」
無理やりこじ開けては、何が起こるか分からない。
「仕方ない――
俺は魔術を使って一瞬で生徒会室の中へと侵入する。中に踏み入れた時点で魔術が発動する可能性も考え警戒したが、生徒会室だと言うその部屋は、随分と殺風景で小綺麗な一室だった。
そんな中、分かりやすく中央の床に大きな魔法陣が浮かび上がっている。
術者が遠隔で発動しているようだ。
「こちらも探査魔術か。だが入口とは異なる改造がされているな」
改造されていたのは、複数の場所の扉とリンクし、情報を共有する内容だった。
かなり複雑な魔法陣だと言うのに、また随分と美しい魔術に仕上がっている。
犯人はどうやら、相当優秀かつ丁寧な人物だな。
しかも、共有された扉の一つはこの部屋の扉。
「……なるほどな」
推測に近いが、これは扉を強制的に開けたり壊された際に、その扉の状態を共有する魔術。用途は……そうだな。邪魔するものがいた場合に術者へと知らせる、索敵用……とかか。
さらに、邪魔者を排除するべく、別の魔術も同時に発動する仕掛け。
まさに用意周到。
計画犯だと捉えるべきか。
……いや、断定するには早い。
犯人の目的を考えるが、さすがに情報が少なすぎる。
学院の全員を眠らせてできること……、大規模な魔術の発動か?
しかし、あれが記された本は数年前に販売停止になり、しかも大半がここ数年で否定された。今や分厚いだけの魔導書に成り果て、本そのものが希少なものとなっている。
やはり目的は不明なまま……だな。
俺はとりあえずここを出ようと、再び転移を使う。
「いや、待て」
犯人が体育館にいるのは、この魔術の規模からしてほぼ確定だ。最後に全員で体育館に行こうと伝えたのはそのため。
ならば……
「この仕掛け、利用させてもらおう」
俺は小さく笑うと、扉に向かって火の上級魔術、“爆炎”を放つ。
――ズドオオオオオンッッッ
扉が粉々にはじけ飛び、それを確認して魔法陣へ振り返る。予想通り、魔術が発動した。ただし、またしても別室からの遠隔発動。
「……何も起こらないな」
しばらく待ったが変化がない。
不具合か?そんな予想をしつつ廊下に出た。
「魔力が漂っているのか?かなり大量の魔力だが、動きが遅い……」
魔法陣の魔力と同一であるから、犯人の魔力がこの学校全体にばらまかれたのだ。
さらに少し待つと、魔力が形を成すように集まり始める。徐々に形が整ってくると人型に近い形だと理解できる。
恐らく、この魔力で校舎の中を確認しているのだ。そして、魔力に反応があった場所を対象に、排除目的としてこいつらを作り出している。
ひとまず、邪魔なこいつらだけは倒させてもらおう。
――
俺は重力魔術に吸収魔術の混合魔術を使う。これは重力で物体や魔力を直接引き寄せ、全てを虚空へ吸収する魔術だ。ここは魔力で満ちているので、大量に魔力を吸収することだろう。
「あとはこれを利用させてもらうか」
俺はあえて魔力の濃い所で榊原に電話をかける。
「榊原!一度戻ってこい、まずいことになった」
慌てた口調で
『神谷、何が起きてるんだ』
「おそらくだが、術者が俺たちの存在に気付いたのだろう。このままバラバラでいるのは危険だ」
とにかく一度戻るように指示を出す。
『分かった、今から戻る』
「そうしてくれ。くれぐれも怪我はするな」
あいつはこうでも言わないとすぐに無理をする。少しの怪我でも用心するに越したことはないのだ。
『了解!』
嬉しそうな返事がくる。
多分すぐに戻ってくるだろう。
こちらも向かわねばと走り出したところで、今度は念話が届く。
『亮さん、聞こえますか』
一之瀬君のようだ。
「一之瀬君、ちょうどよかった。すぐに先程の場所に戻ってきてくれ」
『何かあったんですか?不思議な敵が出てきたのですが』
「そちらもか、おそらくだが、術者に俺たちが動いているのがばれてしまった」
学校全体に魔力が通っているのか。となると、榊原の方も化け物に足止めされている可能性がある。集合には時間がかかりそうだ。
『亮にぃは無事?』
凛が心配そうに聞いてくる。
「当り前だ。それよりこのまま分かれていると危険だ。急いで戻ってきてくれ」
『分かりました』
『オッケー!』
これで術者は、俺が魔力に気付いて引き返したように感じるだろう。もう少し、これを利用させてもらうか。
今後の動きを考えながら、俺は少しゆっくりと戻ることにした。
【――3年D組前――】
俺が戻ると先に全員が戻ってきていた。
「全員無事だな」
俺は怪我をしていないか確認し、さっそく本題に入る。
「連絡したときに話したと思うが、相手に俺たちの存在がばれた……いや、ばらしたと言うのが正しい」
そして、起きていることを簡単に説明する。
三人は状況を理解した後、その後の動きについて再度繰り返す。
「そういうことですか……つまり、この魔力を利用して犯人に近づくと」
「そうだ、ここから体育館までは距離がある。一人でたどり着くのは難しいだろう。だから相手を騙すため、この状況を逆に利用した」
「そういや、なんでここには魔力が通ってないんだ?」
榊原は気になっていたことを尋ねる。
「魔法陣のあった生徒会室が2階にあったからだ。そこから 魔力を流しているのであれば上まで移動させるのは難しいだろうしな」
空気中の魔力は、液体に似た動きをする。基本的に放置していれば上から下に、地球の核へと引っ張られるように。
一説では、魔力は重力の影響を受けていると言われているが、その真実は定かでは無い。
しかし、下へと集まる性質は事実であり、それ故に上へと移動させるには相応の魔力操作が必要になる。
小規模であればできることだが、今回は学院全体だ。2階から3階に移動させるだけの魔力操作技術は持ち合わせていないのだろう。
「なるほどな。だがそれならずっと3階にいれば、ばれなくないか?」
「そういう事になる。……が、それではこの犯人を止めることはできない」
「そうですね、体育館にいるのであれば、1階に下りなければなりませんから」
良くわかっている。
俺は静かに肯定した。
「しかし、犯人の所まで行くのはいいが何が目的なのか……それを調べなければ、問題は好転しない」
「どうして?」
凛が尋ねる。
「犯人が魔術を使っているとなると、それを破壊するのが手っ取り早い。だが、それには破壊対象となる魔術に対応した対抗魔術を用意しておく必要がある」
「この間貸してくれたような魔道具で、魔法陣を壊すことはできないのか?」
「あれは対象が小規模の魔術の場合だけだ。体育館で行うような大規模の魔法陣を消すことはできない」
「………………」
俺たちは黙って情報を整理する。
「あっ」
突然、榊原が思い出したように叫んだ。
「そういえば、俺図書室でこんな本を見つけたんだった」
榊原が、持っていた分厚い本を見せる。
「さっきから邪魔だったこれは……魔導書だな。表紙は色あせて分かりにくいが、どんな内容だ?」
「この最後のページに、召喚魔術に関する内容があってな」
……召喚魔術?まさかこの本は――
榊原が最後の方のページを開く。
「大規模魔術ですか……」
一之瀬君が驚いたように呟く。
俺も本の中身を覗き込み、同時に俺の中のピースが連続してハマり始める。
「なるほどな。この本がこんな学院に保管されていたとは。犯人はこれに影響を受けた……と」
「まぁな。そう考えると納得がいくんだ」
ただの勘だと笑うが、珍しく真実に近い。
このページだけ、異様に読み込まれた事にも自力で気がついているのだろう。
だが……
「それって、もしかしてこの学院の誰かが犯人ってこと?」
俺が言い淀んだ憶測を、凛が躊躇いがちに言った。
「そういうことになるな」
今度は躊躇わずに答える。
「あくまでその可能性がある、という話だ。だがその可能性が極めて高い」
「一体だれが……」
「それは分からんが、よくない事が起きるのは確かだ。止めるしかないだろう」
「そうだな!とにかく体育館まで行ってみようぜ!」
榊原は早くもやる気満々。コイツは複雑な作戦よりも正面突破がお気に入りなのだ。
「それしかないね」
「そうですね」
二人もそれに賛成のようだ。
とはいえ無策で突撃する訳にも行かない。
「俺に作戦がある。聞いてくれ」
最低限の作戦を伝えるべく、俺は3人に伝えた。その内容は――
【――体育館 ???――】
もう少しよ。もう少しで魔力が集まる。
体育館に一人佇むその女は、邪悪な笑みを浮かべて扉の方を見つめる。
「誰かまだ起きているようだけれど……あの場所なら今から気がついても間に合わないわ」
先程生徒会室の扉が壊されて、扉の仕掛けが発動した。
誰だかは分からないけれど、B校舎の3階からしばらく降りてこなくなって、たった今下りてきたようだ。
でも、今からでは遅い。体育館まではかなり距離がある。
「フフフ」
これで、望みの魔術が完成する。
「やっと、やっとこれで!」
――フフフフフフ、あははははははは!
私は笑うしかないくらいに愉快だった。
しかし……
――ドオォォォーーーンッッッ
激しい音とともに扉が吹き飛び、
「何がそんなに面白いんだ?」
突然声が聞こえ、笑いが止まる。
「どうしてここに……」
「何故ってお前を止めに来たんだ」
「そんな!?どうやって?あの場所からこの体育館までは、こんなに早くは来れないはず」
私の口は驚いたまま、次の声も出せない。
足音が近づいてくる。
煙の中から現れたのは――一人の男だった。
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