case05 : 与える日常

【――S区デパート――】

 翌日、俺と一之瀬君は近くのデパートまで来ていた。


 今日は一応学校があるのだが、こんな時に行けと言うのも酷だろう。それにあの部屋のままでは、夜寝ることもできない。いろいろと作業もあるので今週いっぱいは学校には行けないだろう。

 今朝そのことを伝えると「大丈夫です」と言われたが、やはりまだ気持ちに整理がついていないのだろう。時々暗い顔をして黙ってしまうことがあった。


 そんな事情もあり、気分転換もかねて今後必要になりそうなものなどを買いに来た。


「まずは家具でも見に行こうか」

「は、はい」


 俺たちは地図を見つけ、場所を確認すると家具屋へと向かう。


「あの部屋にはタンスとベットしかないからな。まずは今日部屋で寝れるようにしよう」


 そう、あの部屋にはベットはあるのだが肝心な布団が無い。流石にそんなところでは寝かせられないので、昨日は俺の部屋で寝てもらったのだ。なのでシーツや、掛布団など寝具一式丸ごと買う。ついでに机や絨毯、テーブルなども買っておこうと考えている。


「何かほかに欲しい家具とかはあるか?」

「と、特には……」

「そうか」


 俺はカウンターへ行くと支払いを済ませる。


「お持ち帰りはどうなされますか、こちらでお運びすることもできますが」


 店員が訪ねて来る。

「ああ、大丈夫です」


 俺は断りを入れてから家具に手を触れると、家具が淡い光で包まれる。そしてそこにあったはずの家具たちが消えてしまった。収納魔術で空間に閉まっただけである。


「では、これで」


 店員が驚きを隠せないとばかりにこちらを見てきたが、こういう時は無視しておいた方が楽だ。


 店を出ると、彼女は不思議そうな顔でこちらを見てくる。


「どうした?」

「いえ、あの……」

「さっきの魔術の事か?」


 彼女は、はい、とうなずく。その目はうっすらと好奇心の輝きが見える。


「あれは、一般的な収納魔術"空間収納ディメンション"。まあ少しアレンジは加えてあるが、あのくらいならば君でも使えるだろう」


 俺たちは次の店へと歩きながら説明を続ける。


「だが重要なのは、その仕組みを理解することにある」

「仕組み……ですか?」

「そうだ、全ての現象には必ず理由がある。それは、魔術の世界でも同じ。それがどのように起きているのかを知ることが魔術を使う上で重要となる」

「理由……」


 彼女は真剣に考える。こんな風に真剣にものを考える子供は珍しいと思った。最近の子供は分からないことは、何でもすぐに周りに聞いてしまいがちだ。それはそれで効率的な学びだと言えるが、自分で考えるということを放棄してしまえば新しいことは何も見えてこない。


 彼女にはそうなってほしくないと思う。真剣な表情で考えている彼女を見てそう思った。


「さっきの収納魔術で考えてみようか。君にはあれはどのように見えたかな?」


 俺は質問をしてみる。


「えっと……家具がその場から消えた、移動したような……そんな風に見えました」


 なるほど、いい目をしている。


「その通り、よく視えている。家具が別空間へ移動しただけ。つまり収納魔術は、魔力を使って物を動かしているにすぎないというわけだ」

「移動魔術……と言うことですか?」

「基礎となる部分は同じだ。ただ、勘違いしてはならないのが、収納魔術は物体を移動させているのではない……という点だ。移動と収納は全くの別物。過程が違うということは魔術を使う際のイメージが異なる」


 色々と教えていたら、いつの間にか次の店についてしまった。


「とりあえず、先に買い物を済ませようか」


 次にやってきたのは服屋。

 来ていた服しか持ち合わせていない以上、一週間も同じ服というのは衛生的に問題がある。


「好きな服を選んでいいぞ」


 そう伝えると、彼女は小さく頷き、店の奥へと入って行ってしまった。女の子だなと思いながら、俺も後を追う。 

 ついでにタオルやハンカチでも買っておこう。


 タオルの販売コーナーへ行くと、意外にも多くの種類があった。しかし詳細までは分からないので、丁度いい値段のものを手に取る。


 適当に店内を散策しながら彼女の元に向かう。


「亮さん、こっちです」と、遠慮がちに手を振っている一之瀬君の姿を見つけた。


 近くにもう一人女性がいるので、見ている間に店員に捕まったのだろう。


「あの、どうでしょうか……」


 彼女は、試着室で着替えたのであろう、白のワンピースに紺色のズボンをはいている。

 俺はあまり服には詳しくないが、とても似合っていると感じる。先ほどまで着ていたのはチェック柄の服に上にパーカーを羽織った子どもらしい服装だったが、こっちは少し大人びた印象だ。


「とてもいいと思うぞ、似合っている」


 俺は素直に感想を述べた。


「あ、ありがとうございます……っ」


 彼女はどこか遠慮した笑顔で答えると、試着室に戻って先程まで着ていた服に着替えて出てきた。


「それでいいのか」

「はい。これでお願いします」


 カゴの中にはいくつか見知らぬ服が入っていた。俺が来る前から店員に見てもらっていてのだろう。


 レジへもっていくと支払いを済ませて店を出る。


 時間を確認すると11時だ。

 ここへ来てから2時間ほど経っている。


「ほかに買いたいものはないか?」

「えと、特には……無い、です」


 彼女は申し訳なさそうに言う。


「そろそろ混んでくる時間帯だ。早めに帰るとするか」


 俺たちはデパートの出口に向かう。


「あ、あの」

「どうした?」

「先程の話の続きを……その、聞いてもいいですか……」


 そういえば、収納魔術の話が途中だったな。あんな勉強のような話を聞きたいとは、勉強熱心な性格のようだ。


「問題ない。確か、イメージの話までだったな」


 俺は買ったばかりの服が入った袋を持ち上げる。


「この袋を移動させるとする。想像でいい。君ならどんなイメージを持って魔術を使うかな?」

「……袋を持ち上げて、袋を押す……または引く、でしょうか」


 ふむ。

 単純にと言わないとは、中々魔術について理解ができているようだ。


「いい発想だ。移動魔術は概ね正しい。持ち上げて動かす場合は、魔力を纏わせた物体を己の魔力で押す。引く場合でも同じ。物の重さや動かす場所によってイメージを変えればよい。では、この袋を収納すると言われたら、どんなイメージを持つ?」


 一之瀬君は少し悩むと、

「特定の場所に入れる、という感じです」

 と、答えた。


「いい答えだ。その発想でほぼ正解だな」

 すごいぞと、彼女の頭を撫でる。

「収納魔術は空間に別の空間、箱のようなものを作ってそこに物を移動させる。ただ、そのためには物体を箱まで移動する過程が必要だ。つまり魔力によって収納する空間を作り、そこまで移動させる。これを一つの工程として魔術を使う」

「それだと、魔力をたくさん使ってしまう気が……します」


 彼女の疑問は、この便魔術の的を得ていた。


「その疑問通り、一般的な収納魔術は効率が悪い。だから使い手が少なく使われない。しかし、考え方を変えれば簡単に工程が半分になる。例えば……そう。移動に魔力を使わず、落とすとか」

「落とす……ですか?」

「収納したい物体のすぐ下に空間を作る。すると、物体は重力で自然と空間に入っていく。これならば、移動に使う工程が省略できる」

「……!!それなら、私でも使えそうな、気がします」


 魔術と物理は相反しているように見えて、実のところ魔術は物理に大きく左右されている。


 単純な物体の移動も、打ち上げるには重力に逆らうだけの魔力を必要とし、逆に落とすならば重力を利用して魔力の消費を抑えられたりする。


 効率が悪く魔力消費の激しい収納魔術も、勉強熱心な彼女ならば実用的に使えるレベルになるかもしれない。


「何事も挑戦だ、帰ったら試しにやってみるといい」


 話しながらデパートを出た俺たちは、まだ太陽の高い時間に帰路についた。


「昼飯はどうしようか」

 俺は彼女に聞く。


「帰ってから……で、大丈夫です……」


 彼女が返事をしたその時、くぅ……、と可愛らしい音が聞こえてくる。一之瀬君が顔を真っ赤にして恥ずかしがる。


「近くにおいしいラーメン屋がある。そこで食べるか」


 俺がそう言うと彼女は小さくうなずいた。

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