case04 : 最善策
【――神谷探偵事務所――】
事務所に戻ってきた俺たちは、手始めにこの少女について話すことにした。
「で…どうするんだこの子」
先ほど、戻る間に少女から聞いたことを榊原には話しておいた。
「どうすると言われても、家に返すしかないだろう」
そういって少女を窺う。流石に疲れていたようで、事務所に戻ってくる途中から眠ってしまった。仕方がないので今はソファで寝かせている状態だ。
榊原と悩んでいるところで突然と、電話が鳴る。
『神谷ー?今大丈夫かしら?』
「如月か、それでどうだった」
如月には、少女について調べておいてくれと改めて頼んでおいた。
『そうねえ、率直に言うと普通の家庭だったみたいよ。ただ、母親は5年前に他界していて、そこからは父親一人の手で育てられたみたい』
「他界?」
『ええ、強盗にあったらしいのよ。通報はできたのだけれど、それのせいで母親は撃たれて……。警察が到着して犯人を捕らえた時には、すでに亡くなっていたらしいわ』
強盗か……。
悪人というのは何処にでもいる。無論、人を殺すことに何の躊躇いのない者も同様に。
特に強盗やら殺人なんてしでかす人間はイカれた性格が多く、間違った手段を取れば、たった一つの選択で消える命がある。
俺も過去に1件だけ関わった事があるが……。その時も助けられなかった命があった。
『それからね……』と、何かを言いかけ、
『いいえ、なんでもないわ』
何だか随分歯切れが悪い言い方をするな。
「そうか まあいい。そしたら、この子自身についてはどうだった?」
『名前は一之瀬結衣(いちのせゆい)、魔攻第六学院の中等部みたい。特に特別な何かもなく普通の学生だったみたいよ』
「第六学院というと、あそこか。かなり近いな」
魔攻学院というのは都内にある中高一貫の学校のことで、第一から第九まであったはずだ。都内にはこの9校しかないため基本的に子供たちは中学生になると近くの学院に通うことになる。ただし、各校にはそれぞれ特色があり学びたいものが決まっている子供は、そちらに行くことも可能だったりする。
「第六学院は確か回復魔術に力を入れていたな」
『ええ、まあ力を入れていると言っても高等部に上がってからで、中等部はほかの学院とやることはそれほど変わらないけれどね』
「そんなもの知っている」
都内に住んでいる者でなくても、いくらでも確認できる。学院情報を誰でも知れるように公開するのは、魔術を使う学院の義務なのだから。
俺が知っている理由はそれだけでは無いが。
「事件の方はどうなった、何か分かったのか」
『それは今本部が取り調べ中。ただ個人的に少し気になることがあって……』
「魔法陣の事か」
『そうよ、流石ね隊長』
少しイラっとする。どうせこいつはニヤニヤしているに違いない。ここは黙って先を促す。
『あの魔法陣は、最後の場所で痕跡を残したと同時に作動するようになっていたわ。だから、魔術の痕跡そのものを消さないと安心はできないのよ』
「だが、痕跡を消すような魔術を使えないと」
『そういう事。そこで相談、どうにかならない?』
この女はこれが目的だったようだ。都合のいい時ばかり頼りに来る。付き合わされるこちらの身にもなって欲しい。
昔に魔術痕跡について研究していたから、対策はあるにはあるのだが。
「……はぁ。どうにかなる。痕跡を消すことのできる魔道具を昔に制作したことがある。それを榊原に渡しておくから、あとはそっちで何とかしてくれ」
『あら、用意周到ね。けどいいの?それを企業にでも持っていけば、一儲けできると思うのだけれど』
確かに今現在この世界には、魔術を消す、いわば魔術に対抗できる魔道具は存在していない。それを可能にすることが知られれば、世界中の企業が欲しがるに違いない。
しかし……
「それはダメだ。そんなことをすれば、それを使った犯罪が増える。くれぐれも取り扱いには気を付けてくれ」
『そこまで考えているなんて流石ね。そういう事なら気を付けるわ』
「そうしてくれ、では切るぞ」
『今度お礼に行くわね、隊長?』
「来なくて結構だ」
そう言って電話を切った。どうせ来るなと言っても来るのだろう。いつもの事だ。
「今のは如月か?」
榊原が訪ねる。
「そうだ。なんでも魔術の痕跡を消さなければ安心はできないとか」
「お前の話を聞いていた限り、それができる道具があるんだよな。俺が持っていけばいいのか?」
「察しがよくて助かる。今それを持ってくるから待っていろ」
確か、二階の物置部屋に置いといたはずだ。
なにぶん数年前のことなので、朧気な記憶を頼りに二階へ上がった。
この事務所は存外広い。俺一人で住むには広すぎるくらいなので、空き部屋もいくつかある。そんな部屋は大抵物置となっている。
階段を上り一番奥の部屋の扉を開けた。隣が研究室として使っているので、ここには作った道具がたくさん置いてある。
俺は入ってすぐの棚にある箱から少し大きめの袋を取り出し、それを持って一階に戻る。
「これだ、三つしか残っていないから壊すなよ」
そう言って榊原へ投げる。
「これは…手袋?随分大きいな。これでどうやって痕跡を消すんだ?」
「今説明する」
俺は説明のために空中に魔法陣を作り出す。
「お前は確か、火属性の魔術は使えなかったな」
「なんだ?火属性の魔術が必要なのか」
「いや、問題ない。ではそれを身につけて、この魔法陣に触れてくれ。できるだけ魔法陣が消えるイメージをしながらだ」
「?わ、分かった」
了承した榊原は、手袋をはめると魔法陣に向かって手を伸ばす。手袋をはめた榊原の太い手が空中の魔法陣に触れると……
その瞬間、空中に描かれていた魔法陣が音もなく消滅する。
「な、なにが起きたんだ……」
榊原が困惑する。まあ無理もない、使っていた者が一番驚くだろう。
「俺は魔術を使っていないはずだ。まして氷系統の魔術も使えない。それなのに何故氷魔術が発動したんだ……?」
とまあ、今榊原が説明したような感じになる。
「落ち着け、それがその手袋の効果だ」
「そ、そうなのか…びっくりしたぜ。いったいどうやったんだ?」
「お前は俺の指示通り魔法陣に触れた」
「触れたな」
「で、触れた瞬間に、氷魔術が自動発動した」
「そうだ」
「つまりそういう事だ」
「いや、どういうことだよ。なんにも説明になっていないんだが?」
「冗談だ」
この男は冗談も通じないらしい。
「その手袋は、いうなれば触れた魔力に反応して魔術が発動する魔道具の応用品だ。その手袋の場合、触れた魔法陣の魔力を感知して、反魔法に属する魔力を発動させる」
「でもそれじゃあ、魔法陣が消えたことの説明にはなっていないぞ」
「まあ聞け。反魔術ってのは知ってるよな。各属性に対して、不利位置に属する魔術のことだ。実践では放たれた魔術に対して反魔術をぶつけて相殺する技術として用いられるが、この手袋をはめれば魔法陣の段階から消滅させられる」
「反魔術……なるほど!それで魔法陣が消えたわけか!」
「そういう事だ。だから、誰でも魔術を消せるという危険が付きまとう。管理には充分に気をつけてくれ」
魔術が世の中を支配している世界で、誰でも魔術を打ち消す道具など、争いの火種になりかねない。
ただでさえ、魔術を使える者とそうではない者での争いが大きな社会問題になっている昨今だ。自分の発明で人が死ぬのはごめんである。
「確認なんだが、反魔法の存在しない無属性魔術の場合はどうなるんだ?」
「不発だな、特に何も起こらない」
「そうなんだな……」
そう、世の中に完璧な技術や発明など存在しない。
万能や無敵なども同様に。
「そういうわけで、後でそれを本部まで持っていってくれ。ついでに使い方も教えといてやれよ」
「分かった、しっかり伝えておく」
こいつなら俺の言った通りに説明してくれるだろう。
「う、う……ん…………」
おっと、少女が起きてしまった。少し騒がしくしすぎたか。すまないことをしてしまったな。
「大丈夫か、ぐっすり寝ていたようだが起こしてしまったかな」
俺は少女のそばに行き声をかける。
「え、えっと……大丈夫、です」
まだ少し戸惑っているのか、視線が合わない。
「そうだな、一応自己紹介をしておこうか、俺は神谷亮(かみやりょう)だ。探偵をやっている。君は、一之瀬結衣君で間違いないね?」
「は、はい、一之瀬です」
俺は視線で榊原にもするように仕向ける。
「えっと、俺は榊原優紀(さかきばらゆうき)だよ、職業は警察官だ。さっきは驚かせて悪かったね」
少女は下を向いたままい……いえ、と小さく答えた。
「そうだな、これからどうしようか」
俺は少女の隣に腰を下ろすと榊原と話す。すると少女が俺の服の裾を握ってくる。
まだ不安なのだろう、そのままにして視線を榊原に移す。
「とりあえず、保健所か子供を預けられそうな場所に行ってみるしかないと思うが」
「まあそうするしかないなぁ……」
榊原がそう言うと少女の方を見る。少女はずっと裾を握ったままだ。榊原は少し考えこむような顔をした後、何か思いついたような顔でこちらを見てくる。嫌な予感だ。
「なあ、ここにおいてやる事はできないのか?」
突然おかしなことを言う。
「何を言っている?」
「だから、この事務所に彼女を住まわしてやれないのかということだよ。確か、いくつか部屋が空いていただろ、そこにでもさ」
この男の発想力には、度々驚かされる。
一体どこからその考えが浮かんでくるのか。
「本気で言っているのか。この少女をここに?それはダメだ。そもそも家族でもない男が中学生と同じ家に住んでいるなど、誤解を生む原因ではないか」
「そんなことはない。それに彼女はまだ学生だ、こんなところで人生を狂わせていい年齢ではないだろ!」
「確かにそうだが……いや、彼女の意思はどうなる。こんなところで見ず知らずの男と一緒に暮らすなど嫌に決まっているだろう」
「俺から見れば、その子はかなりお前に心を許しているように見えるが……」
彼女がずっと握っている手を見てそんなことを言う。
「いや、しかしだな……」
俺が渋っていると意外なところからの援護射撃が飛んできた。
「わ、私お兄さんの所なら……いい、です……」
慌ててそちらを見やると、少女と視線が合う。泣きそうな顔でい、いやですか……と見つめてくる。
「ほら、彼女もこういっていることだし、いいんじゃない?ここで渋るのはかっこ悪いぞ」
「はあ……致し方ない。本人が良いと言っている以上、ここで面倒を見てやる」
少女と榊原は嬉しそうな顔でこちらを見てくる。
その後、慌ただしく表情を変え、ただ……と榊原は言う。
「確かに他人の家に中学生と二人暮らしはいろいろと面倒なことが起きる」
それはそうだ。さっき言っただろう。
「だから神谷、彼女を助手にしてはどうだ?」
「は?」
俺は何を言っているか分からないと、榊原を見返す。
「助手だよ助手。それなら同じ家にいてもおかしくはないし、隠す必要もない。何なら学校にだって普通に行けるだろうよ」
どうよ、と少しドヤ顔で提案してくる。
少しイラっとする。
「あのなあ……」
そう言いかけると
「私やります!助手!」
意外にも大きな声で少女が言う。
「本気で言っているのか?」
俺は尋ねる。
「は、はい。住まわせてもらうのにお金……持ってないですから、何かできることがあればと……」
「しっかりしてる子じゃないか。これなら問題ないだろう?」
「子供がお金の心配なんてしなくてもいいんだがな。まあ君がそういうのならいいだろう。とは言っても特にやる事もないが……」
「家事とかやってもらえば?神谷、生活力皆無だしな」
「私、家事なら出来ます……!家では私が、していましたから 」
家のことを思い出してしまったのだろう。うつむいてしまった。もっと気をつけろ、と俺は榊原を睨みつつ「大丈夫だ」と頭をなでる。
落ち着いてきたところでさらに話を続ける。
「とりあえず助手になるというのであれば、これを渡しておかなければな」
そう言って俺は、懐から紋章の入った手帳を渡す。
「……こ、これは?」
「まぁ古い習わし的なやつだ。魔術師は弟子や助手ができた時に、自分の持ち物を1つ渡すのだ。一応助手という立場になるからな。身分証にもなり得るものだから、なるべく持っておくようにしてくれ」
少女は手帳を受け取ると、大事そうに胸の前で抱える。そんなに大層なものでもないんだけどな、まあ嬉しそうだし良しとするか。
「そうだ……言い忘れてた。神谷、ちょっといいか」
榊原が声を潜めて言う。少女には聞かれたくないことなのだろう。
「この子の私物どうしようか。流石に今、家に連れて行くのはまずいだろ」
「そうだな、代わりに誰か取りに行けるような奴はいないのか」
「本部のやつに言えば持ってきてもらえるとは思うが」
「それなら、女性の警官に頼んでもらえるか。一応女の子だ、男に触られるのが嫌なものもあるだろう……」
「それは俺から言っておくことにするよ。ただ、しばらくは現場検証とかで使うだろうから、それまでの服や日用品はそっちでそろえてもらっていいか?」
これは予想外の出費だ。だが、この少女に心配をかけさせるわけにもいかないだろう。
「大丈夫だ」と答えておく。
「それじゃあ俺は、いったん本部に戻ることにするよ。手袋も渡さないといけないし」
榊原はコートを手早く着ると少しかがんで、少女にもまたね、と声をかけて帰っていった。あれがコミュ力が高いと言うのだろう。
途端に部屋が静かになる。少しの間沈黙が訪れる。
「とりあえず」俺は少女に声をかける。
「助手という事だし、俺の事は……まあ好きに呼んでくれていい」
何か呼び方を決めるべきだっただろうか。だが、彼女はあまり迷わずに言った。
「分かりました。えっと……りょ、亮さん……で、よ、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。そしたらまずは部屋に案内しようか」
俺は階段へと向かう。その後ろに一之瀬君はゆっくりとついてくる。
「ここが君の部屋だ」
俺が案内したのは階段を上がって左側の部屋だ。この家は空き部屋が多いが意外と物置として使っていたので空いている部屋がここしかなかったのである。
部屋の中にはベットが一つと、白いタンスが一つ置いてあるだけだ。
「ここを好きに使ってくれてかまわない。とはいっても今は何もないし掃除もほとんどしてないから、明日にでも片付けてきれいにしようか」
そういって声をかけたが返事がない。
彼女に視線を向けると少しきらきらとした顔で、中をじっと見つめている。
「まだ、足元が汚いから入るのは明日だな」
「あ、はい……」
残念そうに返事をする。嬉しかったのだろうか。
彼女の明るい顔を見て、自然と手を頭に乗せた。
「やっと子供らしい顔をしたな」
彼女は驚いたように視線を上げる。
「不安ではあるだろうが、君はまだ子供なんだ。さっきも言ったが別に我慢する必要はない。もっと子供らしくしていてもいいのだぞ」
少しわかりにくかっただろうか。伝わったかと視線を向けると、目にたくさんの涙をためたまま彼女は、
「ありがとう…ござい…ますっ」
とてもいい笑顔でそう言った。
やっぱり子供は笑っている方がいい。泣き顔ばっかりさせてはいけないと、心の中で誓った。
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