case02 : 近辺調査

 涼しい風が吹いている。いい天気だ。まだ少し暑いがなかなか過ごしやすくなってきたと感じる。今年の夏は異常に暑かった。


 そんなことを思いながら庭を見渡す。一人で暮らすには少し広すぎるとも言われるが、しっかり手入れもしている。ここは探偵事務所だ。見た目は綺麗に越したことはないだろう。


「鍵は開けたままでいいのか」


 榊原が戻ってきたみたいだ。


「大丈夫だろ。少しこの辺りを確認するだけだ」

「警察としてはその発言は不安になるが…まあいいか」


 おい警察官。

 そこは妥協してはいけない部分だろうが。


「……はぁ、確かに最近は物騒だ。念には念を…とも言う」


 俺はポケットから鍵を取り出す。

 扉に鍵をかけると、少し驚いたように榊原が言う。


「神谷は手動の鍵を使ってるんだな。今どきは魔術を使った遠隔操作が主流だと思うが」

「あれはいまいち信用ならん。侵入を防ぐのなら鍵を使用する方が安心できる」


 そもそも、ここの扉は反魔術結界が張られている。簡単な魔術では壊すどころか、開けることもできない。だが魔術にこだわりすぎると、物理的な対策をし忘れる者が増える。その点昔ながらの鍵は結界と組み合わせると優秀な防犯となりうる。


 ポケットに鍵を戻し、榊原を見る。


「ところでこの辺りには怪しい場所とかって……ないのか?」

「そうだな。この辺は住宅街だからあまりないが、この事務所の裏は路地裏になっているぞ。強いて言えばそこくらいか」

「んじゃそこを見ておくか」


 事件が起こり得る場所を推測しながら門を出た。


 そして事務所の裏へと歩く。

 この辺りは意外と新しい家が多く、割ときれいな街並みだ。この事務所も建て替えたばかりなので新築と言っていいだろう。


 路地裏に着くと榊原が口を開く。


「ここはどこに繋がっているんだ」

「行き止まりだ。かなり長いが道は繋がっていない」


 昔は水路だったらしいが俺が越して来た時には既に埋められていた。しかし家が軒並み建てられた後だったらしく、今はただの無駄に長い路地になってる。


「だったら、ますます怪しいな」


 俺の話に、少し真剣な顔をして路地裏を眺める。


「睨みつけても何も起こらんぞ」


 俺と榊原はそのまま奥へと進んでいく事にした。

 

 【路地裏】

 ここは家と家の間なだけあって薄暗い。このような場所では犯罪が起きるイメージがあるが、それは心理的に誰にも見られていないという安心感があるからなのだろう。


 そんなことを考えていたら行き止まりまでやってきた。


「ここまでみたいだな。特に気になるような場所はなかったぜ」

「そうだな」

「このあとも要警戒ってことで、一度戻るか」

「そうしてくれ」


 来た道を引き返す。この道が長いと感じるのは、一本道に2回ほど曲がり道があるからだろう。


 路地裏を出るとまるで違う世界へ来たかのような安心感がある。


「太陽ってこんなに安心するんだな……」


 榊原そんなことを言う。今は俺も同じ気持ちなので黙って頷いた。


「とりあえず事務所に戻るか」


 少しだけのはずがかなり時間を使ってしまった。

 何もないに越したことはない。

 休日なのだからゆっくりしたい……、と考えていた。


 そのせいだろう。

――俺たちと入れ替わるように路地に入っていく人影に、気付くことが出来なかった。

 

【――神谷探偵事務所――】


 今日は休日だ。1週間に1度しか無い貴重な時間。

 ゆっくりできるのならば、休憩をとってもバチは当たるまい。日曜日というのは気持ち的に休みたいと考えてしまう一日なのだ。


 俺も6年前までは普通に学生だったのだ。そう思うのはおかしなことでは無いと、心の中で言い訳をしてみる。


 ちなみに俺も榊原も今年で25。


 高校を卒業後は二人で警官になったが、今は榊原だけだ。その榊原といえば……


「お前事件性は無いと言っていたが、魔法陣が見つかったんだ。本部に報告はしなくていいのか」


 反応がない。ため息を着いて榊原の方を見る。


 ……寝ている。ソファで。

 それでいいのか警察官と言いたいが、疲れていたのだろう。昨日までこいつは仕事に行っていたらしい。今は寝かせて置くことにする。


 しかし、報告は必要だ。


 報告、連絡、相談は社会人の基本。

 何かあってからでは遅い。

 仕方ない。俺は懐からスマホを取り出す。


――プルルルル、プルル「はい」


「相変わらず電話に出るのは早いな」


 2回目のコールを聞き終わる前に電話から声がする。


『あら、その声は。久しぶりねえ。神谷。あなたから連絡が来るなんて珍しいわね。何か用かしら』


 こいつは如月、俺と同い年のこれまた同じタイミングで警官になって、同じ隊で活動していた。まあ腐れ縁ってやつだ。電気系統の魔術を得意としていて、機械との関連が強いため、情報収集や俺らのバックアップをしたりと頑張ってくれた。少し性格に問題があるがこいつも根はいいやつだ。性格に問題があるが……。


「お前は知っているだろう。榊原が調べている事件を」

『さかき……ああ、例の魔術痕跡のやつね。事件性は無いとかで捜査はされてなかったと思うのだけれど』

「奴が気になるとかで少し手伝った。そうしたら厄介な事が判明した」

『厄介な事ね、何か見つけたのかしら?』

「理解が早くて助かる。それでだ…」


 俺は如月にこれまでで判明した事を話した。


『それはまずいわね。榊原は何をしているの?』

「奴ならソファで寝ている。報告くらいはしといて欲しいものだが、疲れていたのだろう。だから俺がこうして連絡しているんだ」

『相変わらず優しいのね。た・い・ちょ・う?』

「ほっとけ。それでどう思う」

『正直にいえばこれは当たりね。おそらく、大方そちらの考えている通りだと思うわ』

「だとすれば、やはり事が起きるのは夜か」

『そう考えるのが妥当ね。ただ、今本部に言って包囲網を張っても逃げられるだけだわ』

「それはそうだな」


 嫌な予感再び。


『なので、あなたにこのままお願いするわ。何なら私が依頼という形でお願いしてもいいけど?』


 やはりか。そうなるとは思っていた。


「遠慮しておく」

『ならよかったわ。何か進展があったら教えてね』

「分かった」


 電話を切る。夜まではやることも無いな。

 榊原の方を見る。ぐっすり寝ている。

 俺は椅子に座る。奴を見ていたら眠くなってきたな。俺も少し寝るか……。

 

 腹の減るにおいがする。キッチンから音がする。俺は確か少し寝ようとして……。


 ハッと顔を上げると外はもう夕焼けだ。少しと言っておいて6時間も寝てしまったのか。やってしまった。


 ふと、ソファを見る。榊原はもう起きているようだ。


「おう、起きたのか!悪いな、勝手にキッチン使わせてもらってるぜ」


 予想通り、料理をしていたのは榊原だった。


「外に行く前に飯くらい食っておかないとと思ってな」

「ああ、大丈夫だ」


 意外かもしれないが奴は料理ができるのだ。

 しかも美味い。


「それと如月に連絡してくれたんだってな。助かったぜ」

「そのくらいはしてやるさ。お前、寝てたしな」

「いやー、流石に疲れがたまっていたらしい。充分に寝れたからもう大丈夫だ」


 疲れている……か。


「お前この事件が初めに発生したのはいつだ。」

「確か前にお前に手伝ってもらった事件の次の日くらいだったと思うが」

「その時からこの事件について調べていたのか?」

「まあな。初めは気のせいかもと思っていたんだが一応な」


 それは疲れもする。本部が調べていなかったということは、個人的にここまで調べていたのだろう。


 一人で調べるには時間も労力もそれなりに必要な事件だ。


「お前、もう少し体に気を付けた方がいいぞ」

「?どうした突然」

「事件について調べるのはいいがあまり無理をするなと言っている」

「なんだ、心配してくれているのか」

「お前がここで倒れたりしたら、誰が面倒を見ると思っている。せめて、誰にも迷惑をかけないところで倒れてくれ」

「素直じゃねえなあ。ま、気を付けるよ。ありがとな」


 何か癪に障るがここは黙っておくほうがいいだろう。

 俺は机へと移動する。


「できたぜ」


 そう言うと榊原は机に皿を置いた。その上にはチャーハンがのっている。いただきます、と俺は食べ始める。


「キッチンにあったものじゃあこんなもんしか作れないけど。神谷、もう少し料理したらどうだ?せっかく立派な冷蔵庫があるのに食材がほとんど入っていない。もったいないぞ」

「いいだろう別に。今の社会には、コンビニという便利なものがあるのだ。わざわざ自分で作らなくてもいいじゃないか」

「相変わらずめんどくさがりだな、神谷は」

「効率的と言って欲しいね」


 そんなやり取りをしつつ飯を食べ終わると、榊原が聞いてきた。


「なあ、この後どうする」

「この後、とは」

「だから、魔法陣のことだ。如月に任せたと言われているんだろ。もう一度見て回るか?」

「いや、何も情報がない以上相手が動くまではこちらは何もできん。念の為、いつでも外に出れるよう準備だけはしておこうと思う」

「分かった」


 榊原は頷くと持ってきていたカバンの方に向かう。

 俺も準備するか。一度自室に戻ろうと扉へ向かうと、榊原が、ああと思い出したように話しかけてくる。


「そういえばあの路地裏は、この事務所の裏だったよな。そこから様子は見れないのか」

「見れないことはないが、見ておくか?」

「ああ、一応な」


 俺たちはベランダへと向かう。


 ベランダは二階の一番奥だ。ついでに自室によって行く。この時期は夜は急に冷える。コートも一応着ていくか。


 そうしてベランダに繋がる部屋に着くと扉を開ける。冷たい風が体に刺さる。


「流石に夜は寒いな」


 榊原が言う。見るからに寒そうな格好である。


「そんな恰好なら当たり前だ」


 そうして二人で外に出た瞬間、目の前の夜が真っ赤に染まる。


「やめて、来ないでっ」


 悲痛な叫びが路地裏に響く。


「おい、あそこ!」と榊原が指をさす。

 指し示す先では女の子が襲われていた。


「くそっ」俺は急いでベランダから飛び降りた。

「おいっ」榊原が叫ぶ。


 気にせず魔術を発動し、空を蹴る。魔術障壁を足元に展開、そこを足場にして直線的な移動を可能にする。そのまま顔だけ振り向き榊原に指示を出した。


「お前は、路地裏の入り口に向かってくれ」

「分かった!」


 榊原もすぐに身体強化をかけ下に飛び降りる。

 探査魔術を使うと、入口にも反応があった。


「気をつけろ、おそらくもう一人が入り口にいる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る