file.01 : 少女と探偵

case01 : きっかけは大規模で

【――神谷探偵事務所――】

「で、今日は何の用だ」


 ソファに座り目の前の友人を睨む。


「歓迎されてないな。そんなに悪い話をしに来たわけではないんだけど」

「日頃の行いをよく考えるんだな」


 今は休日の朝9時を回ったところだ。事件解決後に榊原が訪ねて来る事はいつものことだが、今日は別の要件があるように見える。しかも前の事件から2週間もたっている。嫌な予感しかしない。


「いつも悪いとは思ってるよ。今日はちょっとした相談みたいな感じだよ」

「相談?また事件の捜査か?」

「事件……と言っていいのか。魔術が関係してるとは思うけど、事件なのかどうか分からない。何も起きていないからな」

「説明を端折り過ぎだ阿呆が。まず何があったのか説明しろ」


 この世界における魔術とは、摩訶不思議な物語世界の架空の力では無い。日常生活に欠かせない道具だ。


 ボタンを押すと光が出る懐中電灯のように、魔法陣に魔力を通すと魔術が発動する。懐中電灯は光を利用し、魔術は魔力を利用する。


 その一連の関係性に魔術も物理も違いは無い。

 ただし、誰が使っても同じ効果が得られる懐中電灯とは異なり、魔術には術者によって特徴が出る。


 それが魔力適正だ。

 同じ水を生み出す魔術を使っても、出力や消費する魔力が変わる。適性が高ければ少ない魔力で大きな力を、低ければ大きな魔力を使っても大した結果にならなかったりする。


 残酷な話だが、魔力適性は生まれ持った才能だ。

 適性を多く持つ者もいれば、まったく適正のない者もいる。これは魔術を語る上で避けては通れない現実である。


 術者により差ができ、証拠も残りにくい。

 それは魔術による事件の難解さの証。近年魔術よる事件や事故が増加傾向にあるのも、魔術の発展に伴う避けようのない事実だ。


 要するに、面倒ごとである。

 関わりたくない。


「ああ、すまん。実は……最近都内で頻繁に魔術が使用されたような痕跡が確認されているんだ。しかもとてつもなく強力な」

「……魔術の痕跡か。それが相談したいことか?」


 補足しておくが、榊原は警察の中でも魔術師隊という魔力適性が高く魔力量の多い者しか入れない、特殊な部隊にいる。普段は普通の警察と同じ仕事内容だが、魔術の絡んだ事件や揉め事が起きると優先してその現場に向かう事になる。拳銃とは違い、誰でも何処でも使用することの出来る強い力は、対抗……即ち抑える者がいなければ大きな波乱を呼び起こす。人殺しが許される世の中になれば、世界は殺戮の戦場へと成り下がる。 

 強い力には抑止力が必要なのだ。


 特に魔術は誰でも使える。だからこそ取り締まる警察はより強い者が必須。そのための魔術師隊というわけだ。


 俺の質問に、榊原は申し訳なさそうに…はせず、いつもの事のように話す。


「ああ、少し気になることがあるんだが確証がなくて」

「確証がないなら確かめに行けばいいだろう。大体なぜ俺のとこに来る?何かあったからわざわざ来たのではないのか」

「実は…何も起きてないんだ」

「は?」

「だから何も起きてないんだよ。これだけ大きな魔術の痕跡が、何か所も見つかっているのに」

「ならいいじゃないか。そんなもの気になるなら自分で調べたまえ」


 個人的な感情をいちいち真面目に聞いていたら、時間などいくらあっても足りない。本当に重要なこと以外は本人が自分の頭で考えるべきだ。何よりわざわざ関わりたくもない。


 俺は無駄だと立ち上がり扉へと向かう。


「待ってくれ!まだこの話は続きがある。魔術の痕跡は1種類なんだ。しかも見たことのない形だった。上層部は事件性は無いだろうと言っているが……違う。俺には何かの準備をしているように感じてならないんだ」


――ほう。俺は友人へ視線を向ける。


「それで俺のとこへ来たということか」

「そうだ」


 ソファへ座りなおす。


「とりあえず、痕跡とやら残っていた場所を教えてみろ」

「それなら地図にメモしてたはず……、これだ」


 そういって榊原は一枚の地図を机に広げた。地図にはたくさんの赤丸がついている。こいつも自分なりにしっかり調べていたみたいだ。だが残念な事に、こいつは昔から頭が悪い。いわゆる脳筋ってやつだ。実力行使で止める事件もある以上こういう奴もいるべきなのだろうが、難しいことを考える能力が無いのは致命的だと思っている。


「ここが初めに見つかった場所だ。そしてここが次、こっちが…」


 榊原は丸のついた場所を指さしつつ、発見された順に番号を振っていく。実に50以上はありそうだな。


「そしてここが、現時点で起きている最後の地点だ」


 最後の場所に丸を付ける。地図上に現れたのは二重丸のような模様。だからなんだと言うか、二重丸など探せばこの世に溢れるほど転がっている。


 身近で言うならば魔術を使うための魔法陣なんかも……。


「ん?」

「どうした、何か気になることでもあったか?」

「記した丸の順に線を引いてみてくれ。繋げるのは発生した番号の順だ」


 榊原は首を傾げつつ俺の言う通りに地図上の丸を繋ぐ線を引いていく。40まで引いたとき榊原が「あ、」と声を出す。流石の榊原も気づいたようだ。


「これは魔法陣?しかもこの形状……」

「爆破魔術の形状とよく似ているな。見た通りかなりの規模だ。この日本の首都を消し飛ばす程度に」

「待ってくれ、それならこれは」


 そういいながら急いで線を引いていく。現れたのは未完成の魔法陣。実に3か所ほど欠けている。


「そう、これはまだ完成していない。そして次の場所は……ここだ」


 俺はそう言って指をさす。


「ここって…」榊原は言う。

「ああ、この事務所の付近とみて間違いないだろうな」


 補足だが、この事務所は都内の住宅街の割と中心に建っている。この辺りでそんな強力な魔術を使えば流石に気づくと思うが。


 榊原がこちらを見て言う。


「何故ここだと分かるんだ、他にも完成してない場所がある」

「馬鹿かお前は。さっき番号を振っていっただろうが」

「ああ…?」


 反応的に、理解できていないようだ。


「俺は番号の順に線を引けと言った。魔法陣の形成にも書き順、要は形成する順番というべき物が存在する」


「あーそうか、魔法陣を紙に書くことなんかほとんど無かったからな。流石に天才魔術師なだけはある。着目点が俺とは違うなー!」

「やめろ、その呼ばれ方は好かん」

「いいじゃないか。俺としてはお前が魔術師隊最強だということが誇らしいんだぞ。お前が小さい頃から熱心に魔術を研究していたのを知っているからな。戻ってきてほしいとも思ってる」

「……悪いが別に戻りたいとは思っていない」


 「知ってるよ…」と少し悲しそうに友人は言う。昔からこいつは人の事を良く見ていた、いい意味で、だ。個人的には褒められる長所だが、……本人に言うとめんどくさいので言っていない。


「それよりも」と話を戻す。


「お前の話だと、発見されるのは夜になってから……だったな?」

「そうだ。でも、念のために準備はしておくべきだと思う」


 脳筋の榊原にしては、慎重な発言。

 この件の深刻さを理解したらしい。


「とりあえず、外を歩いてみるか」


 そう言って榊原と玄関へ向かう。


「すまん、その前にトイレ借りてもいいか」

「先に外にいるからな」


 引き返していく榊原を気にせず、先に外へ出た。

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