その探偵、天才魔術師により~
深夜翔
プロローグ : 魔術師の探偵
“強い人はな、人の弱さを知っているものだ。お前は強い。だから人に寄り添ってやれる人間になりなさい。これはお父さんとの約束だ。それから…“
――お父さんは言った。
“強く生きるんだぞ”
そして少女は落ちていった。
少女はただ泣くことしかできなかった。
そのあとの記憶は少女には無い。あるのはただ、何かを守るかのような強い顔をしたお父さんだった。
【――N区とある美術館――】
「俺じゃねえ、なんで俺なんだ」
男はよく響く声で叫ぶ。自分は決してばれないだろうという自信があったのだろう。それもそのはず、ここには1000人を超える犯人候補がいる。適当に指名して当たる確率は1000分の1。
もちろん、警察がそんな方法で犯人を捕まえる訳にはいかないから、確率などただの数値に過ぎない。
アホらしい考えを抱いてしまうのにも理由があった。
今のところ充分な証拠は無い。
さらに、既に事件発生から丸1日経過していた。容疑者候補を留めておくのにも限界が来ている。
だから、俺は
証拠がない。――少なくとも、我々警察には。
「………」
叫ぶ男を名指しした眠そうな瞳の男。しばらく天井を見つめ黙っていた。
何かを探す…と言うよりも確認しているようにみえる。
そして……
「証拠はある」と、その男――探偵神谷は言った。
神谷の手には一枚の鏡が握られていて、指を――パチンッと1度だけ鳴らし、目の前に一筋の光を走らせる。その光へ鏡を合わせれば、鏡に反射した光が天井へと伸びる。
「あれはっ!!」
その先を眺めていた俺たち警察は、不思議な現象を目の当たりにして次々に指をさした。
反射した光の道が、天井付近の柱で妙な曲がり方をしている。
「榊原さん!あそこ!」
部下の呼び声を頼りにそちらに視線を移す。
彼の示した先には、ロープの端と思われる物体が宙に浮いているように存在していた。
俺達には、そう見えたのだ。
すぐさま部下がその場に
「それを投げてくれ!」
俺は頭上の部下に指示を出し、部下は取った縄をこちらに投げた。しっかりそれを受け取り、傍らの神谷に手渡した。
神谷はそれを手に取る。ロープには血が付着していて、眼前の男はだんだんと青ざめていく。
「な、なんで」
神谷に対して辛うじて口に出した男の言葉は、先程の威勢に比べて随分弱々しいものだった。
「見つけるのは案外難しくなかった」
「そんなはずはない!だって……」
「自分の魔術が見つかるはずない、と」
男は驚いた様子で神谷を見返す。
「光を無理やり捻じ曲げて視界から消す、こんなにも繊細な魔術の操作は、少なくとも普通の魔術師には無理だ」
「ならどうして」
「簡単だ。一定の角度からの屈折を想定しているのならば、本来はありえない光の道を作ってやればいい。違うか?」
「そ……んな」
男はその場に膝をつきうなだれる。
「それほどの技術を持っているならば、もっと別の使い方があっただろう。魔術(どうぐ)はそれなりの知識と常識を持って使用しなければ危険な物だ。お前はその使い方を間違えたに過ぎない」
犯人からは反論の意思も消えていた。もう言い逃れはできないだろう。
神谷がこちらを向く。
「あとは君たち警察の仕事だ。俺は帰らせてもらう」
そう告げた神谷は、無表情のまま出口に向かって歩き出す。
相変わらず面倒ごとは嫌いなようだ。
誰よりも最強で、優しく、そのくせ目立ちたがらない変わり者の天才。それが、俺の知る神谷亮という男だ。
昔から変わらない神谷の態度に苦笑し、俺は慌てて追いかける。
「今回もありがとよ、助かったぜ」
「依頼だからな」
「そこは友人の頼みだからと言って欲しかった」
「お前個人にはほとんど関係ない事件じゃないか。依頼でなければこんなとこまで来てたまるか」
「ハハ、そうだな」
相変わらずつれない奴だ。
こんなんだから、友人が少ないんだ。
「おい、誰か来たぞ」
神谷が背後に視線を移す。すると、遠くから「榊原さん」、と声が聞こえた。部下が呼んでいるようだ。
「悪いな、それじゃここで。またな」
「ああ」
俺は呼ばれた方へと走っていく。
神谷は特に呼び止めもせず、出口へと歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます