人生の分岐点

~高校の入学式後~

「これからの生活が楽しみだね!頑張って入った高校だもん、楽しくないはずがない」

私は、新しい制服に身を包んで新しい通学路を歩いていた。柚希と…高校で出会ったはじめて話す友人たちと。

「ホント楽しみ!ってかさ、入学式から宿題出るとか最悪なんだけど!」

「それな!受験終わった後くらいゆっくりさせろっての!」

「しかも、数学が一番多かったよ?意味分かんない。私、数学大っ嫌いなのに」

私は、ゲラゲラと笑いながら会話をする柚希たちを眺めながら背中を丸めてひっそり歩いた。このクラスのこの子たちとは、話が合わないような気がしたのだ。中学時代の柚希だったら、こういう時に、「宿題が多いっていうのも、高校生になったって感じがして嬉しいよね」と言っていたはずだ。私もそう思う。勉強量が増えるっていうことは、大人に一歩近づいたってことだから。柚希はずっと、気の合う柚希でいてくれると思っていた。


でも、違った。


「柚希って勉強好きなの?」

柚希は驚異のコミュ力で、はじめて会った子たちに呼び捨てされるような関係を築き上げていた。

「嫌い!ってか、嫌いじゃない人なんて人間じゃないだろ」

私の親友は、嘘をついた。私と柚希は人間じゃないらしい言い方をされたけれど、それが嫌なわけじゃない。柚希とがんばってきた思い出が一気に白黒写真に変わっていくように感じたからだ。私は泣きたくなった。私も柚希も、努力は私たちを裏切らないから、勉強することが大好きだったはずだ。憧れの高校生活をこの学校で送れるというフワフワとしたマシュマロみたいな好奇心が、一瞬にして潰れたように感じた。

「ホント、勉強する人ってヤバいよね?」

ひぃひぃ言いながら笑い合っている未来の仲間たちに苛立ちが募った。柚希は、勉強が好きなはずだよ。中学生の柚希は、勉強が趣味って言ってたんだよ。みんなにそんな風に教えてあげたかった。新しい憧れの高校に入れた達成感が萎んでいくのを感じた。その時、さっきまで輪の中心にいた子が、私に声をかけた。

「凛ちゃん、だよね?柚希と同中なんでしょ?柚希と仲良かったの?」

「…うん。いつも二人で遊んでた」

「えーっ、そうなんだ!全然喋らないから、私たちのこと嫌いなのかと思っちゃったよ」

「そんなことないよー」

愛想笑いをしながら、ガッカリした。この人たちに悪意はないんだ、と気付いてしまったから。

「ねーねー、凛ちゃんは何でこの高校に来たのー?」

私は息を軽く吸って、言った。

「柚希と、この高校でたくさん勉強をしたいねって約束をしていたから」

その途端、空気が凍りついたのは言うまでもない。沈黙を破ったのは、聞きなれている声だった。私の親友の、冷ややかな声だった。

「っんなこと言ってねーし。…あと、私別に凛さんと仲良くなかったから」

今までみたいに軽やかに『凛』って言ってくれなくなったこと。約束をなかったことにされたこと。はじめて見る表情で、怒ったような睨んだような目をしていた柚希。あの時から、柚希が私に声をかけることも、あの時一緒に帰った友達が話しかけてくれることも、なくなった。


『凛さん!凛さん!?』

先生の大きな声で現実に引き戻される。今日はずっとボーッとしている。何をしていても学校のことか、柚希のことを考えている。

『凛さん大丈夫ですかっ!?』

どうやら私は先生の話を聞かず、心配させてしまっていたらしい。失礼なことをしてしまった。

「ごめんなさい、少し考え事をしていて…」

『良かった…何かあったんじゃないかと思って心配したのよぉ』

「ごめんなさい」

『そんなに謝らないでぇ。大丈夫ぅ、先生がいきなり電話しちゃったのが良くなかったわぁ』

「そんなことないです。わざわざありがとうございます」

私って、優等生みたいだ。見た目は美味しそうでも、中身は不味い失敗作のケーキのような存在。今の私は、嫌なものから逃げてばっかりで、上部では良い人を演じて、最悪な失敗作だ。何しろ、私みたいな不登校って一番扱いに困ると思う。安田先生、ホントにごめんなさい。

『じゃあ単刀直入に言うわね。あのね凛さん、今度学校で大きな合唱コンクールがあるの。でもピアノを弾ける人が誰もいないのよぉ。そこで』

嫌な予感がした。

『柚希さんが、凛さんを推薦したの。凛さん、ピアノ弾けるんだってぇ?ピアノ伴奏者、凛さんやってもらえないかしらぁ』

地獄だぁぁぁ!この先生、ヤバい。不登校に一番目立つ伴奏者やらせようとしてるっ!

「無理ですっ!」



~二時間後~

「凛、ピアノ頑張ろうね。せっかく良いチャンスなんだから。柚希ちゃんにもお礼言わなくちゃ」

夕飯のホッケを箸で綺麗に切り分けながら、お母さんが嬉しそうに言う。私の気も知らないで、鼻歌なんて歌っちゃってる。

「断ったのに…」

お母さんのせいだ。お母さんのタイミングが最悪なんだよ。



『そう…残念だわぁん。でも、またやりたくなったら言ってねぇ』

電話越しで先生が諦めてくれたのでホッとしていた時だった。

「凛、この前久しぶりにピアノ弾きたいって言っていたのに、ホントにいいの?」

お母さんがドアの横からチラリと顔を覗かせて言った。いや、見てたんかいっ!…じゃなくて。

『まぁ凛さん!それなら学校で弾けるのよぉっ!?やってみましょ!』



私はお母さんがニヤリと不気味に微笑んだことを知っている。私は、まんまとやられたのだ。もちろんピアノを弾きたいと言った覚えもない。結局流れで、やるだけやってみようという大人たちの勝手な判断により、明日は学校に行くことが決まった。いや、最悪なんだけど。

「久々の学校楽しみねー♪柚希ちゃんにLINEしたの?心配してくれてるんだから、感謝しないと駄目よ。はい、今すぐ連絡しなさい」

問答無用でスマホを持たされ、しょうがなく柚希のアイコンをタップした。しょうがなく文字を打っていく。

『こんばんわ。明日、学校に行くことになったよ。ピアノの伴走やる。ガンバルから、柚希もがんばろうね。 by凛』

友達とメッセージを送り合う、なんてことが滅多になかったから、返信ミスが多い。消してもう一度打ち直そうとしたけれど…。その前に返信が来た。

『そうなんだ!すごいね!一緒にがんばろ! by柚希』

でも、返信はそれだけ。私と話したくないっていう本心が見え見えで、なんだか胸が苦しくなった。可愛いうさぎが、また明日ねって呟いているスタンプを送信しようとした時…ー。スマホが小さく振動した。

ぶーぶーぶー

電話だ。柚希からの電話だと思い、はやる気持ちを抑えて通話ボタンをタップする。

『凛ちゃん…』

前よりも低い声になった気がする。いつも明るいその声は、なんだか震えているみたいだ。

「え、柚希?大丈夫?」

『り、凛ちゃんーっ!会いたかったよぉ!!!』

「きゃっ!」

耳元で叫ばれると困る…じゃなくて。この声、この声…ー誰!?泣いているような声に恐怖を覚えて、いそいで電話を切る。

「凛、どうしたの?」

お母さんが私のご飯をよそいながら、驚いたように動きを止めている。知らない番号の、知らない人から電話が来た。しかも私の名前を知っている人…。なんだか気持ちが悪い。本当に、イレギュラーなことばっかりだ。今日は早く寝て、明日からがんばろう。そう決めて、私は勢い良く息を吐いた。


そう、この出来事が、これからの私の生活を大きく変えることになるだなんて、思いもしなかったのだけれど…ー。

                            <つづく>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お菓子が好きだから、自由高校で青春します。 夢色ガラス @yume_t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ