第十話「弟からのアドバイス」8/3
昨夜弟からもらった貴重な意見は、早速メッセージアプリにて拓真と一希に共有した。朝の通勤途中に送り付けたというのに、こういうことに関してはマメな二人は、午前中の時点でそれぞれに返信をくれていた。
「文字量えっぐ。こんなん考えてたら昼休み潰れんぞ……ってかグループチャットにこんな恥ずかしい“モン”よお送れるな……」
昼休憩をとる為に駐車したコンビニの駐車場にて、飲み物と共に買ったサンドイッチを片手に、プライベート用のスマホをもう片方の手で操作する。行儀が悪いのはいつものことだ。今日は営業用の端末ではないだけ。
昨夜……というよりは時刻的には今日になっていたのだが、昌也から動画の方向性についてのアドバイスをもらった。
曰く、『女性は裏設定というか、小話的な情報が好き』で、ラブラブな空気で攻めるならば普段から実は付き合っているのでは? と勘繰らせるくらいの匂わせが良いというのだ。
具体的には特定されない程度に日常でのエピソードも話しながら実況して、動画は頻繁に更新する。SNSも効果的だが、多分顔を隠したところでこの三人が映っていたら、良くも悪くも、どちらの意味でも熱心なファンがつきそうだから心配だとも言っていた。
そして最後にこう言ったのだ。『キャラ付けって大事やから、なんか性格がめっちゃ強く出るエピソードを語るなり、動画内でそういうシーンを作るなりしなあかんと思う』と。
確かに、キャラ付けは重要だ。動画内での話し方然り、やり取り然り。ゲームのプレイ動画が観たいから観るのではなく、自分達の掛け合いが観たいから観ていると言われなければならない。
それは弟達の動画を観ていてもわかった。本当の意味でのファンに応援されている二人の動画には、ゲームの腕前だけを評価するコメントは少ない。それよりも仲良しな掛け合いをもっと観ていたいだとか、ゲーム画面なしでも生放送して欲しいといった、二人の動画ならばなんでも観る層をしっかりと獲得していることがわかるコメントが多いのだ。
これは本当に、コンテンツとしての強みとなる。自分達もこれくらいにはならないと、拓真が目指す収益化には手が届かない。なにせ弟カップル達はこれだけのファンがいて、それ相応の再生数を稼いでいても、それでも動画投稿だけでは生活することができていないのだ。拓真が必要とする金額を知っている優利としては、想像以上に難題だとも思える。
――確かに、大事やで。大事やけどさー。
サンドイッチと共にボヤキを飲み込んで、改めてメッセージアプリのトーク画面に目を落とす。普段は男同士らしい短いやり取りが続く『動画投稿』グループの履歴だが、今朝はやけに長文が続いていた。主に犯人は一人だが。
07:47『弟からの意見いただきー→お互い、相手に対する印象とか好きなところとかを、ちょっと惚気るみたいに書き出したみたいにして、チャンネルスタートしたらSNSに投稿する。ブログみたいな気持ちで書いて、まるで三人の中で多角関係になってるみたいに演出する。そこでキャラ付けしてしまう』既読2
07:48『どうやろ? 拓真が言ってたみたいにラブラブした感じ、これなら伝えやすいか?』既読2
07:53『おはよー♪ 今日もジャンジャン稼ぎましょーて。意見了解ー。朝一の打ち合わせ終わってからちょっとまとめるー』
08:40『お前ら早いわ。拓真の様式丸パクリする。頼んだ』
10:25『できた。こんな感じ? 僕なりに考えた案も入れてますー』
10:26『↓弟くんの案。日記調のつぶやき』
10:26『今日はシードとの二回目の記念日♪ 一か月毎に記念日を祝うなんて、ほんまにシードとしかやらんよ? いつまでも僕のことだけ見てて?』
10:27『拓真が写真を送信しました』
10:32『↓が僕の案。お互いに対しての印象とかの項目を埋めて、それをちょこちょこ毎回の動画の隙間にアイキャッチとして挟んどくねん。それこそ漫画で各話の間に作者が小話挟んでる感覚で。そうしたら視聴者も自然に妄想しやすいんちゃう?』
10:33『【自分の名前】→【相手の名前】 【好きなところ】 【相手のことをかっこいいなと思ったエピソード】 【自分だけが知ってる相手のカワイイところ】 【相手からもらったプレゼント(ガチ)】 【相手にあげたプレゼント(もちろんガチ)】 【二人だけの秘密】 【記念日】 【今だから言える出会った時の第一印象とかエピソード(リアル。言える範囲で)】 【次のデートで行きたいところ(これもリアル。話し方で関西在住なのは絶対バレるから関西の有名所とかでいいかも)】』
10:35『とりあえずこれくらいのストックあればええ? 各動画のアイキャッチに二人ずつカップリングしてこの情報小出しで差し込んで、強調していけばええかなと』
10:40『おー、そういやもう二ヵ月過ぎたんか。おめでとうさん』
10:58『他にもっと言うことあるやろ! なんで指輪の写真送っとるねん!』既読2
11:15『ええデザインやん。なんで俺の前ではつけてへんの? もしかしてこれが、さっきの【二人だけの秘密】ってやつか? なるほどな』
11:23『優利くん焦っててカワイイー。これでこれからは三人の時もつけてこれるでー。よかったやん』
11:36『俺の渡した腕時計もつけてや。それとも首輪の方が欲しいか?』
11:42『何それ!? 優利くん!?』
グループチャットはここで途絶えている。理由は、優利が返信していないからだ。自由時間がバラバラな三人だからこそ、お互いの返信を催促するようなことはしない。返信内容がいくら気になるところで途絶えていても、もしかしたら相手は大事な打ち合わせに入ったのかもしれない。それくらいの余裕と想像力は、社会人同士の恋愛では常識である。
サンドイッチを食べ終わって“しまった”優利は、仕方なく白状する内容のメッセージの入力を始める。
拓真とのペアリングを購入してしばらく経った頃、一希から『関係の証』にと腕時計をおくられた。下手をすれば購入したペアリングよりも値段が張る代物だったために、最初は断った優利だったが、結局押し切られて受け取ることになってしまった。貰ったは良いが相当な値段のブランド品なので、日常使いなんて恐ろしくてできていない。ずっと自室の、引き出しの中に――大切に大切に、しまってある。彼氏からのプレゼントだ。それくらい当然だろう。
一希は言っていた。その腕時計は一希とまったくのお揃いなのだと。せっかくなら男同士でしかできないお揃いの仕方を楽しもうと、そう言って笑う彼の顔を思い出す。ついつい白状する文面に甘さが混ざり込みそうになってしまう。
『週末つける。両方。腕時計はカズと付き合った記念にプレゼントしてくれた。俺の宝物にしてる。もちろん指輪も』
結局混ざり込んだ甘さごと送信。ふたつの宝物のことを、二人の男に対して送る。普通の恋愛ならば修羅場もいいところだが、この三人の仲は普通ではない。強く愛して、歪んでいる。
『贈り物だけじゃなくて、なあ?』
『優利くんこそが僕らの宝物やで』
スマホの文面如きでこうもニヤけてしまうなんて。それに追い打ちをかけるかのように、こっそりと、個別のメッセージを受信。
『記念日、ちゃんとカズにも教えとかなあかんな。多分ちょっと勘違いさせたし』
これも二人だけの秘密ー? と送信者が舌を出しているところを想像して、優利は『そうやな。あと、この前の記念日のお祝いしてへんし、何か欲しいもんとかある?』と返事を送信した。
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