第三話「エスカレーター傍の柱にもたれて」7/29


 一向に流れる様子を見せないレジの行列を眺めながら、拓真はひっきりなしに震えるスマホを取り出し、嵐のようなメッセージを捌いていた。拓真の目は男の魅力たっぷりの鍛えられた背中――白のVネックなんか着てるから、周囲の視線が心配――と液晶画面を行き来している。うーん、目の天国と地獄。

 遊び相手から口説き落としている最中の相手まで、メッセージの相手は男女問わず二十人はいるか。その全てに合計三分で返信を済ませ、今朝カメラアプリでバレないように撮った彼氏の寝顔を眺める。

――やっぱカワイイー。

 ノンケの男を口説き落としたこともある拓真は、優利の気持ちもわかるつもりだ。普段女性を抱くノンケ男性にとって、ネコ役は非常に抵抗感がある。“ソコ”にとてつもない快感があると教えられたところで、長年培ってきた『常識』を塗り替えることなど安易ではない。

 そのため長期戦で落そうと考えていた拓真だったが、優利は思っていたよりも早く“ソレ”を許してくれた。まだ快感を得るまでのレベルまでは到達していないようだが、それこそ、これからいくらでも付き合うつもりだ。

 拓真に“初めて”を許してくれた相手なのだから、『大切』で『特別』なのは当然で。できることなら可愛い可愛い優利の“その姿”は、他の誰にも見せたくなんてないのだが……

「……お帰りー。優利くんが心配してたでー」

 喫煙ルームから戻ってきた一希に、わざとご機嫌斜めに突っかかる。拓真と違い、優利も一希も公共の場でイチャつくことを徹底的に避けており、今のような状況では絶対に――胸が高鳴る程の“反撃”はない。

「……仕事でちょっとトラブっててな。多分、三日程寝れんわ」

「えー? じゃあ、明日も朝早いんー?」

 予定では今夜優利の家を出てから、そのまま拓真の家に一希を泊めるつもりだった。もちろんそんなこと、わざわざ優利に言うつもりはないが。

「あー、今日帰りにそのまま事務所顔出すつもりやから、お前ん家自体が無理そうや。悪いな」

「この前もそう言ってデート途中で帰ったやん。めっちゃ寂しー」

 わざと甘えた声を上げて腰に手を回し、そのまま上目遣いに見詰めてやる。それだけで周囲の目がこちらに惹き付けられるのがわかるし、その視線で一希の眉間に皺が寄るのがおかしくて仕方がない。

「カズの自由な時間、全部ちょーだい? そうしな僕……不安になる」

――優利くんが取られそうで。

 胸に浮かんだ本心には蓋をして、目の前の男をひたすらにねだる。そんな拓真に一希は――いつものように薄く笑った。

「……俺を本気にさせたら後悔すんぞ?」

 一瞬だけ。一瞬だけ抱きしめ返された。その力の強さに言葉にならない『独占欲<同類の匂い>』を感じて、拓真は反射的に身体を離した。薄い笑いを湛えたまま、一希はエスカレーター傍の柱にもたれる。

「マジ腹立つ」

 普段言葉を最大の武器として仕事をしている自分が、そんな子供のような捨て台詞しか吐けないことに、拓真は――胸を高鳴らせるのだった。

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