第二話「ゲーム実況のための作戦会議(二日目)」7/29(4)
弟の動画を観終わると、優利の予想通りの沈黙が降りた。
最初に拓真がお勧めしていた、初期の頃に人気があった動画を再生した。その動画はアクションRPGを二人で協力プレイでクリアしていくという内容で、弟もその彼氏もとても上手いことが、動画のゲームに触れていない優利達でもわかる程の腕前だった。トークはまだ初期の頃ということで初々しく、そもそもこの頃はまだ付き合ってすらいない頃だったから尚更。むしろそういった裏事情を知る者としては甘酸っぱさすら感じるため、拓真が必要以上にお勧めしてしまう気持ちもわからないでもなかった。優利も久しぶりに観てニヤニヤしそうになる口元を引き締めるのに苦労した。
その後、この沈黙の原因となった最新の動画を再生したのだが、その動画のクオリティは凄まじいの一言だった。
プレイしているゲームは同じゲームだと言うのに、所謂『縛りプレイ』と『タイムアタック』を織り交ぜつつ、しっかりトークでも笑いを取ってくる。何より、二人の間で強固な信頼関係が築かれていることが動画から伝わってくる。それがおそらく、ファンの獲得に大きく貢献しているように思えた。
最初こそ弟のことを『相変わらず色気ムンムンの色男ー』だの『兄弟揃ってほんま黒髪短髪が似合うー。男前ー』だの騒いでいた拓真は、最新の動画を再生する頃には仕事モードの真剣な表情をしており、一希も無言で考え込みながら画面を凝視していた。
「名前、考えよか。真剣に」
「せやな。はよ名前考えて、このクオリティ目指さなあかんな」
もう一度動画を再生させながら、字幕のポイントなどをいつの間にか出したメモ帳に書き出す作業を開始している拓真は、既にスイッチが入っているため放置。集団行動よりも単独行動を好む営業マンの強みを最大限に活かすには、スイッチが入った彼は時がくるまで放置に限るのだ。けっこうアナログなところがあるのは、彼の良い意味でのギャップだと思っている。
「初動画用の録画は、いつする? 来週末か?」
「とりあえず“ええプレイ”が撮れるまでは帰れまてん、やな」
「それまでに名前考えてマルチプレイできるまでストーリー進めとかなあかんのやな。わかった」
忙しいだろうに、一希は文句も言わずに了承してくれる。
サラリーマンである優利や拓真と違い、一希は経営者側の人間だ。そんな人間が仕事に支障が出るまでゲームをするわけにも、ましてや時間が足りないからと仕事中にゲーム機を弄るわけにはいかない。そんなことをすれば下の人間がついてこないことを優利の会社のポンコツ上司よりもよっぽど理解している彼は、どうせまた『涼しい顔をして』週末までにやるべきことをやるべきところまで進めてくるに決まっている。
犠牲になるのは絶対に睡眠時間だろうに。それなのに彼は、平日すらも優利に時間を割いてくれると約束してくれて……
「優利の名前……『シード』なんてどうや?」
突然一希が、そう言った。
「……ええんちゃう? けっこうかっこええやん。意味ってある? 響きだけ?」
普段通りの真顔を見返し、正直なにも浮かんでいなかった優利は、そう素直に同意したのだが……
「ほんま? ほんまにええん?」
どちらかというと拓真の方が似合う悪い笑みが一希の顔に広がるのを見てとり、発言の撤回をしようとして――
「――それ……後ろに『ベッド』ってついたら『苗床』って意味やん。カズってば、やらしー。さては、僕のコレクション見たな?」
と、集中状態から戻ってきた拓真の指摘で、危うく立ち上がりそうになる程驚いた。
「な、苗床って、なんでっ!? つーか、それで『やらしー』って、お前もっ!? あー! もー!」
言葉の下ネタ連想ゲームの意味がわかって、恥ずかしさと突然ぶつけられた性的な欲望に言葉がつっかえてしまう。両手で頭を抱えてとりあえず唸る。
そんな優利にいつものように一希は大笑いし、拓真は拓真で「優利くん絶対ネコの素質あるー」と溜め息をついている。
「優利。俺からの『プレゼント』気に入らん? 俺だけの『苗床』なれよ」
「ズッルー! それやったら僕は名前『グルー』にしよっかなー。意味はネバネバ白濁の『糊』とか、君に『釘付け』って意味でー」
「お前らマジちょっと待て! アクセル全開過ぎるわ! つか、なんでもう俺の名前そんな被害者みたいな呼び名で決定の方向やねん!?」
「……ベッドつけんかったらただの『種』って意味やしええやろ」
「カズはシンプルにかっこええ名前にせえへん? 『レイド』とか。意味は強襲」
「……シンプルに物騒やな。ええけど」
なんだか想定していたよりもあっさり決まってしまった空気が漂い、優利は抵抗は今更無駄だと感じつつも、最終確認を込めて問い掛けた。
「なあ、マジで俺の呼び名『苗床』なん?」
「ちなみに『シード』だけやと『精液』って意味もあるでー」
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