第二話「ゲーム実況のための作戦会議(二日目)」7/29(3)
着いた時間が昼過ぎだったため、同じ建物内に入っている飲食店はどこも満席だった。
そのため仕方なく優利達は、先に買い物を終わらせることにした。待ち時間なんてこの三人ならば何時間でも潰せるが、それでも『待ち』という言葉が苦手なのもまた、この三人の似ているところだ。
必要なパソコン周辺機器を売り場にてカゴに放り込んでいる――ボーナスも出たところなので、特に値札を気にして購入する必要はなかった――と、一希のスマホがけたたましい音を奏でて着信を告げる。
「悪い。ちょっと“上”からや。長なるわ、多分」
溜め息をつきながら喫煙ルームへ歩き出しながら電話に出る一希の背中を見送って、優利も拓真と目を見合わせる。
「面倒そうやな、経営って」
「カズの場合、僕らと違って“上”が身内やし余計やんなー。ストレスもやばいやろしー」
「あいつ、あんまそういうん愚痴らんからな。なんかいっつも余裕そうにしとるやん? やっぱ、例の愛人の前とかでしか気ぃ抜かんのかもな」
普段の感情をあまり出さない彼の表情を思い浮かべそう言った優利の腰に、拓真が腕を回して軽い調子で抱き着いてくる。
「せっかく二人っきりになったのに、そんなにカズのこと気になんのー? 僕のことだけ考えてぇや?」
「いや、お前こそあいつと結局どこまでいってんねん? バリタチ相手にツッコミたいなんて、まさか言ってへんやろな?」
この調子ならまだ周囲から見ても、冗談交じりのじゃれ合いの範囲だろう。拓真だってバカではないので、やり取りはもちろん周囲に聞こえないように小声で済ませている。
「僕がおねだり聞きたいんは優利くんだけやからー。カズには突いてもらうんがお気に入りー」
耳元で「優利くんは特別」と、これまで何度も聞かされた甘い言葉をもう一度囁かれ、家電量販店特有の白の強い光にここがベッドの中でないことを慌てて思い出す。
男にしては細身な身体を引き剥がし、必要なもの全てを放り込んだカゴを持ってレジに向かう。
「買って来るから大人しく待ってろ。お前金ないんやから、いらんもん勝手に買うなよ?」
「買わんて。つーか、それ。全額優利くん持ちでええん?」
「どうせ俺の家に置いとくやつやし、ええよ。お前は金ないし、カズには……ま、俺が一番歳上やしなー」
「……ふーん」
彼にしては珍しく、最後には少しつまらなさそうな顔をしたのが気になったが、丁度今行けばレジもあまり混んでいなさそうだったので、優利はそのままレジ待ちの列に並んだ。
外国人の姿も目立つ量販店のレジ待ちの行列は、思いの他時間をくった。ようやく会計を済ませて戻って来ると、電話から戻って来ていた一希の姿があった。その代わり、今度は拓真の姿が見えない。
「電話大丈夫なんか? つーか、あのアホ、どこ行ってんねん?」
エスカレーターの傍の柱に背中を預けていた一希は、優利が声を掛けると曖昧に笑って手でタバコのジェスチャーをして答える。
「ヤンチャな子猫ちゃんはご機嫌斜めみたいや」
「……そりゃお前からしたら、みんな子“ネコ”ちゃんになるんやろうけどな」
ツッコミ半分でそう答えると、一希はいつものように大笑いした。どうやらご機嫌斜めなのは拓真だけらしい。優利が横に並ぶと、一希が口を開いた。
「金、どうしたらいい? いくらや?」
「ええよ。俺の家に置くし、俺の方が……歳上やねんし」
「年齢のこと言うんズルいやろ」
真顔で視線を合わせられると改めてわかるが、一希の迫力は相当なものだ。身長が高いので必然的に見下されるし、何より少ない口数が異様な威圧感に拍車を掛ける。墨の入った肌を公共の場で見せびらかすようなことは絶対にしないが、それでも彼の纏う雰囲気の異質さは、こんな真っ昼間の量販店でも滲み出るもので。
「じゃあ……今度晩飯、行かん?」
「飯? 今日も三人で行くやろ? あー……二人で、ってことな」
こちらの意図に気付いた一希は、スマホに入ったスケジュールを確認してから「……火曜ならいける。ご馳走させてや、先輩?」と囁き、優利の頭にポンポンと手をやった。それが先輩に対する態度かと優利が溜め息をついていると、喫煙ルームの方向から拓真が戻ってくるのが見えた。一希の手は既に何事もなかったかのように引っ込められている。
「お帰り」
優利もそれに倣い素知らぬ顔で拓真を迎えると、彼も機嫌を直したいつもの表情で「ただいまー」と合流してきた。
「とりあえず飯いくか。奢るわ。カレーな」
不自然にならないようにちゃんと話を合わせてくれた一希に感謝しつつ、やはり気にせずカレーにはなるのかと苦笑する優利だった。
全国展開しているカレーチェーン店にて昼食をとり、買う物も買った優利達は、早々に『作戦会議室』に戻ることにした。
それもそのはず、一日の行動を始める時刻が遅かった三人だ。既に時刻は夕方四時。家電量販店で配信に必要な機材だけでなく、日用品の不足分なども買い揃えていたらこんな時間になってしまっていた。
近所のコインパーキングに車を停めて歩くこと一分。優利の家に到着する。
「買うもんは買ったけど、編集作業とか優利くんやったことないやんな? どうするん? 僕もやったことないから編集ソフトの説明書読みながらやる?」
すっかり大きくなってしまった家電量販店のレジ袋の中から動画編集ソフトを取り出した拓真が、裏面の記載に目を細めながら言った。
「とりあえず編集試すにもまずは元の動画が必要やから、ちゃっちゃと名前決めて動画撮るぞ。んで、編集は平日に弟呼んで教えてもらうつもり」
「昌也くんらのチャンネルって編集担当は昌也くんなん? 前に一回観たことあるけど、けっこう編集凝ってる感じやったで」
「あいつも彼氏も両方や。つかお前、よお知り合いカップルの動画なんか観れるな? 俺、恥ずかしいて弟の動画なんて観れへん」
「おい拓真、チャンネル名教えろや。ブラコン兄貴と一緒に今から観たれ」
「お! カズ、ええやーん!」
言いながら既に自分のスマホを優利宅の大型テレビに繋いだ拓真――こいつは本当に悪友相手には遠慮がない――が、動画アプリを起動して検索欄に弟達のチャンネル名を入力する。
それをテレビの画面で確認しながら、一希が「弟っていくつなん?」と問い掛けてきた。こいつはこいつで優利がどういう状況なら断らないかをわかってやっている節がある。
「七つ下やから二十歳やな。彼氏も同い年みたいやけど、俺はまだ実物見たことはない。カズは弟……イベントでも見たことなかったっけ?」
「会ったことはないな。エエ男やって、“いろいろ”聞いてはいるけど」
「誰に、何を、聞いてるねん!?」
いつものようにローテーブルに寄っかかるようにして座った一希が、これまたいつものようにくくっと笑って放った揶揄いに、思わず優利は食って掛かりそうになる。
七つ歳の離れた弟である昌也は、兄である優利から見ても男前だと思う。父親似でがっしりとした体格の優利とは異なり、昌也は母親似で細身だ。かと言って中性的ということもなく、見た目の雰囲気としては拓真に近しいものがあった。彼のようにどぎつい柄物ファッションも主張の激しい髪もしていないが、立ち姿から漂う色気という面ではとても似ていると思う。
彼氏とはまだ付き合って半年程で、どうやら弟がタチらしい。たまたま優利が電話を掛けた時に弟の彼氏が出たことがあったが、確かに穏やかそうな喋り方がネコっぽいような気がしないでもなかった。
「兄貴のことめっちゃ尊敬しとる、とか……ええことばっかや。誰も“言いふらし”たりはしてへん」
落ち着くためにベッドに座った優利に、一希が安心させるように言ってくれた。
弟から同性の恋人と付き合っているとカミングアウトされたのは、優利にとって大きな人生の分岐点となった。弟の二十歳の誕生日を祝う席での帰り道、久しぶりに兄弟二人で夜道を歩いている時に、優利はカミングアウトされたのだ。実の弟に、自分はゲイで、付き合っている男の恋人がいるのだと。
それまで弟のことを『モテるし女には困っていないが、そもそも車の方が好き』なのだろうと思っていた優利は、その告白に大変驚いた。
その時点で親友兼悪友である拓真がバイセクシャルであり相当な遊び人であることは知っていた優利だが、それでもまさか自分の身内からそんな話が出るとは思っていなかったので、自分の中に浮かんだ『戸惑い』の形にどう名前を付けるか苦労したものだ。
今はもう、“自分自身は解決している”が、周囲の理解が得られる問題だとは、まだ優利も考えてはいなかった。拓真だって必要以上には自身のセクシャリティを公言していないし、そもそも車好きの狭いコミュニティで噂ばかりが独り歩きする状況は絶対に避けたい。
具体的に弟に『誰にどこまでカミングアウトしているのか』は確認していない。だが、弟がどこまでで線引きをしているかなんて、兄である優利にわからないはずがなかった。
「それなら、ええんやけど」
「これこれ、この動画が僕のお気に入りー! 昌也くんちょーかっこええし、彼氏くんは可愛いしー」
優利が落ち着いたところを見計らって、拓真がテレビの画面に注目するように誘導する。映し出された画面には、ゲーム画面と弟の顔が映ったサムネイル画像が並んでいる。ちょっと見ない間に再生回数がけっこう伸びていた。
「お前ほんまに見境なしやな」
その言葉はいったい“どちら”に向かって言ったのか、一希がいつものようにふっと薄く笑い、拓真に動画の再生を促した。
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