第二話「ゲーム実況のための作戦会議(二日目)」7/29(2)
優利の家から駅前までは、車で二十分も掛からない程度の距離だ。目的地が新幹線も止まるターミナル駅のために、平日でも休日でも近くの駐車場は満車かそれに近しいことになっている。おまけに現在の時刻は丁度昼時。そして土曜日。最初から入れないであろう駅周辺のコインパーキングは諦めて、家電量販店の駐車場を目指すことにする。ある程度の金額をその店で購入すれば実質駐車料金がタダになるので、今日みたいな『絶対に買う物がある』時は便利だった。
「春でも夏でも秋でも冬でも、古都の街は観光客がぎょーさんやでほんまに……」
後部座席でそう言いながら項垂れた拓真は、これ以上歩道を歩く人間なんて見たくないとばかりに窓を閉める。古都の中心街に向かう大通りを車の持ち主であるカズの運転で向かっているのだが、『わ』ナンバーのレンタカーに満員状態の市バス。おまけに歩道に溢れる人、人、人。国内外問わず文字通り、世界中から観光客が集まる観光地は、住んでいる人間からしたら誇らしくもあるが、たまには面倒にも感じるもので。
「えらい混んどるな。脇道抜けるか?」
「今日土曜やろー? こんだけ観光客おったら多分車来てもどかんって。あいつら人が仕事で走ってる時もどきおらんかったからなー」
進みの悪い渋滞と軽自動車<セカンドカー>故の『楽しみのない運転』のせいで苛立ちが見え始めた一希を見かねて助手席からそう提案した優利だが、後部座席に崩れたままの拓真が自身の体験談を交えて制止した。
その話は以前聞いていた。業界は違えど同じ営業職をしている優利にも経験がある。まるで悪質な運転を抗議するような目で見られたこともあるが、車道に広がって歩いているのは悪質ではないのだろうかと苛立ったことを思い出した。
「それなら、ま、とりあえずこのままズドンと行ったら駅には着くんやし、渋滞の間、ちょっと昨日の話の続きしようや」
嘆いていても仕方がないことはどうしようもないので、変更のきく他の部分を工夫する。仕事をする上でも大切な考え方を持っているのは、優利だけではない。拓真も一希も、苛立ちはしてもそこから当たり散らすような人間ではないので、こういう時の気持ちの切り替えは三人共すんなりと行えるのだった。
「えーと、課題としては……『チャンネルの初動の方向性』と『キャラ名』、あとはー?」
「『ラブラブ』について具体的に」
「めっちゃ擦るやーん」
まだ根に持っている――というよりはツボにハマっているのか、一希が余計な項目をプラスしたが、姿勢を正して仕事モードに入った拓真が纏めた要点に、優利も同意して頷く。
昨夜ぶち当たった問題点としては、『チャンネルを始めてある程度の固定ファンがつくまでの方向性』と『操作キャラクターの名前をどうするか』という二つだ。一希がちょけて言った『ラブラブ』も大きな括りでは前者の問題になる。
「キャラ名な……けっこう単純に見せかけて、大事よな。ビジネスで言うところの商品名やし」
「水商売で言うと源氏名か。確かに『覚えやすくて』『印象に残る』……まあ、俺ら男やし、『カッコイイ』名前がええんか?」
「個人個人のキャラクター性に合った名前の方が良くないー? 僕たまにBLの作品嗜んでるけど、ネコは可愛い響きの呼び名やったり、タチの苗字がやったら仰々しいとか多いで?」
「おいおい、ここにやったら仰々しい“苗字”のバリタチ様がおられるやんけ」
「……組の名前なんか絶対出さんぞボケ」
「本名には近づけたくないしー。本名呼び間違い問題はこの際、考えんとく? それこそライブ配信でもせん限り捕らぬ狸の、やしー」
「それなら普通に、あのダークファンタジーの世界観に合うカッコイイキャラ名か……」
優利達が動画配信を行おうとしているゲームは、最大四人でのマルチプレイができるハンティングアクションゲームである。大型のモンスター相手に兵士となって戦うのだが、装備する武器種によって各々の役割が変わり、必然的に仲間内での協力が必要不可欠になってくるタイプのゲームだった。
世界観的には荒廃した滅亡間近の街を守るというありがちな設定で、シングルモードでのストーリーはなかなかに重たい話ではあった。ちなみにエンディング的にはバッドエンドの部類に入るダークファンタジーだ。年齢制限はあるが部位破壊――戦闘中に敵モンスターの尻尾が切れたり、腕が捥げたりすることだ――などでのグロ描写のためで、性的表現は匂わせる程度で収まっている。
NPC達の名前的に西洋風なので、そこはそれで統一するべきか……そうなると、やはり……
「あかん、昨日から考えてたけど、やっぱ俺……アルファぐらいしか浮かばん」
唸りながら白状すると案の定、後部座席から笑いが起こった。
「優利くん昨日寝る前もそう言ってたやん。FPS系のゲームしてるからそれ浮かぶんやろけど、腐女子からしたらオメガバースのイメージ引き摺ってずっとタチ役やらされんで?」
昨日寝る前、拓真に「簡単にアルファ、ブラボー、チャーリーみたいにしたらあかんの?」と提案してみたら、「優利くんはオメガバースを知らんかー」と想像の斜め上の答えが返ってきたのだ。
曰く、オメガバースという世界設定では、男性同士でも子ができるオメガという基本的にはネコ役の性別があり、アルファと呼ばれる完全無欠のタチ役に愛でられるという、なんとも壮絶な夢物語が展開するらしい。
一般的な多くの人間がベータと呼ばれる平均的な能力値を持つ一方、アルファというのは選ばれた人間というイメージで、とにかく能力に優れているというのだ。ちなみにオメガは美しく他者を惹き付ける庇護される存在として描かれることが多く、その分差別もされやすいとか。
そしてなんとも女性ウケしそうな設定だと優利が感じたのが、『番』という設定だった。アルファが発情期――人間版の文字通りの発情期である――のオメガの項を噛むと運命の番としてずっと結ばれるという設定が、『運命の恋』だとか『永遠の愛』だとかを揺るがないものにしたい、なんとも女性が好きそうな設定だと思ったのだ。
運命の恋だろうが永遠の愛だろうが、冷める時は冷めるし、終わる時は終わる。男女間でも離婚があるのだ。同性愛だからといって、そんな部分だけ綺麗さを求められても困る。
そう言って返したら、拓真も背中に寄り添いながら「僕も、それは思う。『たまたま好きになった相手が男だった』だけやったら確かに純愛かもやけど、僕なんて『たまたまヤりたいと思った相手が男だった』件大量発生やし」と笑っていた。
拓真がどんな顔をしてそんなことを言っているのか気にはなったが、わざわざ振り返るのもなと思い、優利はそのままの体勢で「俺とも?」と問い掛けた。その返答は「優利くんは特別」といういつもの調子のもので、そんなところも彼らしいと思った。
「俺からしたらずっとタチでもええんやけどな。俺、自分がバイセクシャルかって聞かれたら多分、肯定はまだできんもん。拓真とカズ相手やからできてるっていうか、ヤれそうやったから試してみた、みたいな」
「おいおい、そう言って俺にはまだ入れさせてくれてへんやん?」
「そりゃ、やっぱ……まだケツ使うん慣れてへんっていうか……やっぱヤるならタチ役が気が楽っていうか……」
運転しながらくくっといつものように笑う一希に揶揄われたと気付いた時にはもう遅く、優利は熱を感じる顔を誤魔化すために助手席の窓を少し開けた。排ガスの匂いを含んだ僅かな風が車内に入り込むが、そんなものでは少々サディスティックな気があるバイセクシャル二人を冷ますことなんてできない。
「照れてる優利くんカワイイー。つか、カズと優利くん、てっきりもうヤってると思ってたー。掘り合い許してくれてるん、僕だけなん? 嬉しー」
シートベルトを引き延ばしつつ前の席の首元――つまり優利の首元だ――に後ろから両腕を絡めるように回した拓真に、優利は必要以上の色気を感じて、逃げ道を探すように視線で隣に助けを求めた。だが……
「優利が“俺の”にビビッて『そんなもん入らん』ってうるさいんやわ。絶対イかしたんのに」
「ぶははっ、優利くんダッセー」
期待に反して羞恥心を煽る反撃を食らい、おまけに数か月前からカジュアルな愛人? のような関係になっているセックスの相手からは大笑いまでついてきた。そのくせ未だ首に回った指先が、運転手の目を逃れて首筋をなぞって挑発してくる。
サイドミラー越しに目で抗議してやろうとしたが、運転席と助手席では角度が違うため背後の悪戯好き<サディスト>の表情は映っていなかった。絶対に今のは笑っていた。何度か身体を重ねた内の、許したのは二回だけ。その時に見た“あの表情”を、きっと今もしていたに違いない。
二回だけ、侵入を許した。拓真にだけ、ネコを許した。それを一希はどう思っただろうか。
すぐに揶揄いの空気に誤魔化しはしたが、一希にも何度か“最後まで”を誘われている。バリタチの彼が誘う“最後まで”は、もちろん優利がネコをすることだ。察しが良くて、なんだかんだ言いながら決して無理強いはしない彼の言葉に甘えてしまっている優利だが、きっと……いつかは……
「やっぱ俺、お前らとはヤれても……バイセクシャルではない気がする……」
「……話が脱線しとる。今考えるんは名前、やろ?」
小さく溜め息をついた一希が、話題の軌道を修正する。口数は少なくとも気遣いはできる男のフォローに、誰よりも他人の機微に敏感な男が乗っかる。本当に気が利く。
「愛車の名前から取るんもなー。僕らの車、記憶に残りやすいしなー」
「……つーか俺の弟が既にそれで『エイト』って自分のチャンネルで名前名乗ってるわ。俺ら兄弟で同じ車乗ってっからな」
「兄弟で前期後期で愛車買うって、どっかの漫画か、て初めて見た時笑ったわ」
「あれは同じロータリーでも全然違うっての」
沈んだ空気を払拭するように、という気持ちが働いたこともあるが、それでもやはり車の話になると言葉が止まらなくなるのが自分達の良いところでもあり、悪いところだ。
ひとしきり車を題材にした漫画の話やこれからのカスタムの予定を話し合い、ようやく話題が本題に戻ってきた時には目的地である家電量販店の前に到着していた。
「相変わらずえっぐい勾配やな。亀なるっつーねん」
立体駐車場への入り口にて“いつもの癖”で車体を斜めに侵入させかける一希を笑いながら、優利はついつい愚痴ってしまった。出発前に一希が言っていたように、市内を走るには車高を下げていないノーマルの車に限る。
「なー、カズー? なんでイベントん時以外は絶対この軽乗ってるんー? なんか意味あるんー?」
「アホ。違法改造で取っ捕まったら面倒なことになるくらい、お前わかるやろ? この外見可愛い可愛い軽なら、まさか俺みたいな奴が乗ってるなんて思わんやろが」
「軽すらもちょっと古いん何の拘りなん……」
拓真の呻きとも取れる返答を掻き消して、車は空いている駐車スペースに問題なく滑り込んだ。
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