頁弐拾肆__探索

 屋敷は二階建てで、そのうち一階はリビングや客間などの大部屋が中心でした。

 大きな書斎や、共同の研究室などもありましたね。確か、使用人のものと思わしき部屋もあったはずです。

 二階部分は居住スペース……つまり使用人以外の、各々の自室が中心でした。


 屋敷は左右の棟に分かれていたのですが、主人の部屋……つまり僕が泊まっていた方の部屋は、右側のスペースの半分ほどを大胆に使用していました。

 隣はおそらく、他の家族のための部屋でしょう。

 向かいにある弟子用の部屋は五部屋に分けられており、確かに白咲さんの言う通り広さは段違いでした。


 探索の中で真っ先に気付いた事と言えば、全ての部屋が漏れなく綺麗に掃除されていた事ですかね。おそらくは紗凪さんの仕事でしょう。

 ……誰もいないのに綺麗に整えられた部屋は、かつての僕の家を想起させました。


「……かつては、ここに大勢の人が住んでいたんでしょうね……」


「ええ。私もここまで大規模な研究所は見た事がないわ。……ここで錬金術を学べた人は、さぞかし立派な術師になった事でしょうね」


 そう話しながら、白咲さんは書斎の本棚に並んだ背表紙を指でなぞりました。

 もしかしたら、屋敷の過去に思いを馳せていたのかもしれません。


 三時間ほどかけて、僕達は屋敷の全部屋の探索を終えました。

 ……が、特に大きな発見はありませんでした。


「うーん……。結局、何もありませんでしたね」


 各部屋にある本もざっと目を通したのですが、紗凪さんはおろか機械人形オートマタに関する本も僅かで、全く手がかりがなかったのです。

 一番可能性があるだろうからと後回しにしていた主人の部屋でもそうだったので、僕は大きく肩を落としました。


 すると、偶然目の前の本棚にあった一冊の本に指先が当たってしまい、あわや床へ落ちるかと思った瞬間──


「……え?」


 僕はその本が、何処かおかしい事に気付きました。

 本は落ちず、倒れた形で静止していました。しかし、本の小口──要するにページのある部分ですね──が、まるで箱に刻まれた溝のようになっていたのです。

 ええ、つまり本に見せかけられたという事ですね。


 そして、少し間を置いた後に、本棚が静かに横へ移動し始めたのです。


「な、これは……!?」


「……流石に、これは厳重過ぎるでしょ……」


 本棚の向こう側には、金属製の扉がありました。そうです、隠し通路です。

 ……その顔、嘘だと思っていませんか? 本当ですよ。……証拠はありませんが。


 それはともかく。

 扉の先には何もないどころか部屋とすら呼べない、どうにか僕達二人が入れるだけのスペースがありました。

 出入り口がある方の壁には、上向きと下向きの三角形が刻まれたボタンが二つ。


 そう、なんと隠し通路の正体はエレベーターだったのです!


 ……あの、その如何にも胡散臭そうな顔は止めてください! 傷付きますよ!?

 一応、明治時代には日本にもエレベーターがあったという記録がありますから!

 まったく、茶化さないでくださいよ。ちゃんと真面目な話ですから、これ。


「……この屋敷、一筋縄では行かないようね……!」


 白咲さんは一筋の冷や汗を流しながらも、何処か興奮した様子でした。

 きっと、好奇心が抑えきれなかったのでしょうね。


「し、白咲さん……?」


「どうしたの、春君?」


「いえ、普段と様子が……その、違うなと……」


 おそるおそる窺うと、白咲さんは無表情のまま、それでも爛々と瞳を輝かせながら


「ここまでの技術力を目の前で見せられて、心が動かない錬金術師がいると思う? ──いいえ、いないわ。貴方も、ある程度の知識と実力が身に付けば分かるはずよ」


 と、力説しました。……今でこそ、彼女の言い分も分かりますがね。

 当時の僕はそんな白咲さんを前にして、ただただ圧倒されるだけでした。


 そうですね。当時の彼女が最優先事項は、不死者への復讐です。

 それは常に変わりません。……ですが。

 復讐を抜きにした彼女は──純粋に錬金術が大好きな、普通の人だったのです。


 ……きっと、貴方が知っているのはそちらの白咲さんなのでしょうが。


 何はともあれ、僕達はそのエレベーターを使用して地下へと降りました。

 エレベーターから降りた後は細長い道が真っ直ぐ続いており、一分ほど歩いた先の行き止まりに──


 意味深に、一つのドアがありました。


 何処か物々しい雰囲気に慄いていると、後ろにいた白咲さんが待ちきれないと僕を押しのけてドアの前まで来ました。

 けれども鍵がかかっているのか、押しても引いてもびくともしません。


「こうなったら……」


 白咲さんが手袋の裏に記してある術式陣じゅつしきじんを使って鍵を開けようとすると、


『……そこに、誰かいるのかな?』


 と、向こう側から若い男性のような、それでいて老成した女性のような──年齢も性別も区別出来ない、不可思議な声が聞こえてきました。


『泥棒ならば引き返したまえ。ここには金目の物は存在しない。ああ、通報はしないと約束しよう。……そもそも、やつがれには元から不可能だがね』


「……無断で入ってしまった事は謝るわ。けれど、私達は──」


『ふ、分かっているとも。たかが泥棒如きが、ここまで辿り着けるはずがない。……すまない、冗談で場を和ませたかったのだが……』


 声は、予想以上に親しみやすい印象を抱かせました。


『念の為に聞いておこう。君達は誰で、何故ここまで来たのかな?』


「私は白咲立華。錬金術師よ。そして、同行者の」


「明哉春成です。錬金術師を志しており、彼女と旅をしています。……あの、僕達は今、紗凪さんを修理する方法を探していて──」


『──紗凪の修理だと? 彼女は壊れているのか? 状態は? 友知はどうした?』


 紗凪さんの名前が出た瞬間に悠々とした口調から一転し、声の主はそう矢継ぎ早に尋ねてきました。


「どうやら、私達の持つ情報にはそれぞれ欠けた部分があるようね。情報交換のためにも、この扉を開けてもらえないかしら? ……私達からは貴方に一切の危害を加えないと約束するし、そちらも約束してもらえるとありがたいのだけれど」


 白咲さんからの呼びかけに対し、しばらくの間応答はありませんでした。

 声の主は、おそらくどうするべきか考えていたのでしょう。

 その数分後、ドアからカチリと音がしました。


『予備権限を使用した。これで扉は開くだろう。……それと。申し訳ないが、こちらからの約束はしかねるな』


 声は、少し間を置いてから言いました。


やつがれはどう足掻いても、君達を傷付ける事など出来ないのだから』

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