頁弐拾壱__真相

 燐さんと最後に話した日から五日後。都市は祭りで大きく盛り上がっていました。

 祭りの喧騒に巻き込まれたのか、発砲事件も特に大事にはならなかったようです。

 おかげで僕達に追求の手が来る事も無かったので、その点は命拾いしましたね。


 さて、かくして自由に動けるようになった僕達は、とある事を調べるために、例の老人の家に忍び込んでいました。……はい、立派な不法侵入ですね。

 言い逃れ出来ません。とっくの昔に時効だから話しています。


 調べたかった事? ええ、それはもちろん、彼が狙われている理由です。

 何せ、暗殺者が差し向けられるほどですからね。気になるのも仕方ないでしょう?


 そして、僕達は老人が命を狙われている理由──その一端となっているであろう物を目撃しました。

 もしかしたら別の理由からかもしれませんが……ですが、それでも人として許されざるものです。


 を目撃した事で、僕達の方針も固まりました。



──────


 ──再び日は流れ、月曜日。

 僕達は、窓から燐さんが出ていく様子を窺っていました。


「行くわよ」


「はい」


 先週と同じように尾行し、彼女が再び老人を路地裏へ誘い出すのを確認し──


「それ以上、動かないで」


 白咲さんが、そこへ介入しました。


「なっ……なんでまた君が……」


「ご生憎様、今回だけは譲れないの。……そろそろ本性を現したらどうかしら?」


「え……?」


 燐さんが、怪訝な顔をして老人を見ました。

 老人は特に驚いた様子もなく、不気味に沈黙しています。


「貴女は春君の所に行ってなさい」


「ちょっと待てよ、まさか君も──」


「そう気を焦るでないわ」


 老人が呟くと同時に、その体躯が赤く染まり、ぶくぶくと膨れ上がりました。


「折角二人も娘御が来たんじゃ、遊ばせい」


「え……?」


「燐さん、こちらへ!」


 僕は燐さんに手を伸ばしましたが、彼女は老人の変化に腰を抜かしてしまい、動けなくなっているようでした。

 そんな彼女を叩き潰そうと、鬼のような風貌になった老人が、巨大化した腕を振り下ろしました。


 ごう、と風が吹き、僕は最悪の光景を想像して思わず目を閉じたのですが、


「春君、彼女をお願い」


「え、あっ……はい!」


 目を開くと、そこには唖然とする燐さんを抱えた白咲さんがいました。

 どうやら、一瞬の隙を付いて潜り抜けてきたようです。


「何じゃ、つまらん」


 腹立たしそうに言う老人を指差し、燐さんは震えながら言いました。


「何なんだよ、あれ……。鬼みたいに、なんで……あんなの、勝てるはずが──」


 ……ええ、きっととても恐ろしかったに違いありません。

 不死者と何度か対面した僕も、最後まで恐怖を拭える事はありませんでしたから。


 それでも、堂々と老人と──不死者と真っ向から対峙し、白咲さんは静かに燐さんへと語りかけました。


「燐、覚えておきなさい」



「世の中には、ああいった化け物も存在する。──だからこそ、白咲がいるのよ」



 発言と同時に始まった戦いを、燐さんは瞬き一つせずに見つめていました。

 その時の彼女の表情は、まるで自分の手が届かない世界を羨むような、畏れるようなものだった気がします。


「まさか本当に鬼がいるとはね……。君達、いつもあんなのと戦っているのかい?」


「いえ、少し違いますね。あれは鬼ではなく、えっと、説明は難しいんですが……」


「ああ、いいよいいよ。知りたくない。……知らぬが仏って奴だろ、これ」


「……そうかもしれませんね」


 苦笑する僕に、彼女は呆れたように問いかけてきました。


「君は、戦わないのか。……なら、なんでと一緒に旅をしてるんだ?」


「……白咲さんの傍に、居たいからですよ」


「ははっ、君はまともな方だと思ってたんだけどね。──君達は、両方化け物だよ」


 ……どうしてそう言われたのか、僕には分かりません。

 もしかしたら、という予想程度なら出来ますが……「理解しない方が良いのでは」という思いもあるのです。



 ──ほら。誰だって、自らの異常性なんて理解したくないでしょう?



 なんて、ただの冗談ですけどね。


 燐さんとそんな会話をしていると、灰を掃いながら白咲さんがやってきました。

 今回も無事不死者を討伐出来たようで、息切れ一つ起こしていませんでした。


「お疲れ様です。白咲さん」


「ありがとう。戦闘に関しては、ただの素人で助かったわ」


「そうだったんですね。……怪我も無いようですし、安心しました」


「ええ。……燐?」


 未だに座り込んでいる燐さんを心配したのか、白咲さんが声をかけました。

 燐さんはしばらく無言のままでしたが、やがて零れるように喋り始めました。


「……今回の件で痛感したよ。今まで金稼ぎのためにこんな仕事に駆り出されてきたけどね。やっぱり私には、こんな物騒なのは向いてない。幸か不幸か、私なんかより腕のいい後輩は大勢いるし……。あの子らに譲って、暗殺業は足抜けしようかな」


「その方が良いでしょうね。……けれど、そんな穏当に抜けられるものなの?」


「元祖『火曜日の殺塵鬼』を舐めてもらっちゃあ困るよ。普通の殺しより儲かってるんだぜ、この稼業。それこそ、人間を殺さなくても良いくらいに。──それに、さ」


 立ち上がって背伸びをすると、燐さんはいつものような不敵な笑顔で言いました。


「私の逃げ足の速さは、君達がよく分かっているだろ?」


「……それもそうね」


「確かに!」


 顔を見合わせると何だかおかしくなって、気が付けば僕達は笑い合っていました。

 ……まあ、白咲さんだけは相変わらず無表情でしたけど……。


 かくして、僕達と燐さん──いえ、『火曜日の殺塵鬼』の事件は、穏やかに終わりを迎えました。



──────


 次の日……つまり火曜日。

 今まで通り、例の老人の家へ仏花の花束とメッセージカードが送られました。

 通報したのはお手伝いさんで、警察による捜査の結果、近くの路地裏に灰と衣服が散乱しているのが発見されました。


 ……ただ、いつもの手口と違う所が何点かあったそうです。

 一つは、灰の量が他の事件の何倍もあった事。

 次に地面にいくつか大きな凹みがあった事と、血痕が無い事。


 ──そして、老人の家から夥しい数の白骨死体が見つかった事。


 隠居した好々爺だと思われていた老人が、実際は『火曜日の殺塵鬼』すらも大きく凌ぐ殺人鬼であった事が話題になりましたが……それもすぐに、祭りの喧騒の中へと消えてしまいました。

 捜査の手が僕達に及ばなかったのも、同じような理由だったのかもしれません。


 全てが終わった後、僕達と燐さんは町の出口で別れました。

 それ以降、彼女と出会う事も、その名を聞く事もありませんでした。


 しかし、その後も『火曜日の殺塵鬼』の犯行は依然として続いていました。

 他の『殺塵鬼』に出会った事はありません。

 本当に、彼女との出会いはただの偶然に過ぎなかったのでしょう。


 今はただ、人を殺さない殺塵鬼によって──被害者達の命が救われたのだと。

 ……そう、信じるだけです。

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