頁弐拾__推理
次の日、今度は僕達の方から燐さんの部屋を訪ねました。
……と言っても、先日にあのような事があれば、既に出て行ったとしてもおかしくなかったのですが──
「何だよ、こんな朝っぱらから非常識な……疲れてるんだから寝かせてくれよ……」
などと言いながら、何事もなかったかのように燐さんが部屋から顔を出しました。
「あら、ここからは逃げていなかったのね。……それよりも、今はもう朝の九時よ。さっさと顔を洗いなさい」
「……君、もしかして私の親だったりする?」
「──昨日の続きを今すぐ始めたいのなら、お望み通り受けてあげるけれど」
「ま、まあまあ白咲さん、落ち着いて……。燐さんも煽らないでくださいよ……」
二人を仲裁しつつ、燐さんの部屋で僕達は彼女に話を聞く事にしました。
燐さんの部屋の状態? ……その情報も必要ですか?
……まあ、「ご想像の通り」とだけ……。
ともかく、若干渋々といった様子で僕達を部屋に入れると、燐さんはベッドの上に座りました。
「君達も適当に座りなよ。椅子の上にあるヤツは床に落としちゃって構わないから」
「……借りた部屋でこの有様なのは、最早才能ね」
「旅立つ前にはちゃんと片付けてるよ!? 『立つ鳥跡を濁さず』って言うだろ? それに──」
「暗殺者が、痕跡を残す訳にはいかないものね」
「──なんだ、はっきり言ってくれるじゃないか」
白咲さんの割り込んだ発言に、燐さんは頬を引きつらせました。
「暗殺者、って……」
顔が引きつったのは僕も同様です。
何しろ、今回わざわざ燐さんを訪ねたのは、彼女が『火曜日の殺塵鬼』である事を確かめるためだと思っていましたから。
思わぬ方向からの話題に面食らっても、仕方ないでしょう?
それに、大正時代にもなって「暗殺者」というのは、あまりにも現実離れしているというか……。そう、正直に言うと「時代遅れ」のように感じたのです。
「春君。今まで黙っていたけれど。──『白咲』という流派はね、戦い、殺すための錬金術なの」
「……はい?」
更に突拍子もない話を始めた白咲さんに対し、明らかに置いてけぼりな状態の僕を憐れんだのか、燐さんが「おいおい、もう少し順序立てて話せないのかい?」と助け船を出してくれました。
燐さんの説明に曰く。
最初に日本へ『錬金術』の──当時は中国の『錬丹術』としてでしたが──概念が入ってきた時、日本の錬金術師達は「黄金、またはその概念を求める」という錬金術本来の目的よりも、その技術をどのように活かすかについてを重視したそうです。
そもそも、日本には元から金山が存在しますからね。
だからこそ、そういった方向に理論が向かったのでしょう。
その理論の果て、錬金術師達は大きく二つの派閥に分かれました。
一つは、錬金術を主に医療──「人を生かす」という、本来の目的に近い活かし方をする事に決めた『黒張』。
そしてもう一つが、錬金術を戦の早期決着、つまり敵を──「人を殺す」という、ある意味本来の目的とは真逆の活かし方を思い付いた『白咲』。
白咲はその過激な極論により名だけを残して世の闇へと沈み、逆に黒張は『五色の開祖』の残り三つである赤鷹・青瑞・緑當へと派生して名声を広めた、と。
それが、今では『白咲』の人間にだけ伝わっている本来の歴史だそうです。
以上の事を聞かされて、僕は頭が沸騰するような錯覚を覚えました。
確かに、それなら彼女達が歴戦の兵士──いえ、それこそ、暗殺者のように戦える理由は説明が付きます。
しかし、本当にそのような事が起こったのだと思うと、気が遠くなりそうでした。
「まあ、無理もないか。こんな時代に、切った張ったやる方が異常なんだ。……君はそういった普通を忘れちゃいけないよ」
呆然とする僕にそう言うと、燐さんは少し寂しそうに微笑みました。
「……で、立華。君は別に、そんな事を聞きに来たわけじゃないんだろ? いいよ、事ここに至っては逃げも隠れもしないさ。何でも聞くと良い。……通報と昨日の続きだけは勘弁だがね」
「そう」と白咲さんは頷き、
「まずは一つ目。──貴女が、『火曜日の殺塵鬼』ね」
一つ指を立てて、真っ直ぐに断定しました。
「けれど、貴女は殺人鬼ではない。より正確に言うと、被害者を誰一人として殺してはいない。……違う?」
「え……?」
予想だにしていない白咲さんの問いかけに戸惑っていると、燐さんが「どうして、そう思ったんだい?」と問い返しました。
「そうね……そもそも、『火曜日の殺塵鬼』はやる事がちぐはぐなのよ。遺体を骨も残さない灰にしておきながら、服の切れ端や血痕はそのまま。それどころか、被害者の親族に自分の犯行を誇示してすらいる」
「人を塵にするから殺塵鬼……ってね。でも、それと私が人を殺していないっていうのは、君の指摘の方がちぐはぐなように思えるけど?」
「いいえ。これらの要素と貴女が暗殺者であるという事実を合わせると、とある一つの仮説が立てられるのよ。貴女は暗殺する対象を、生かしたまま殺す暗殺者だという仮説が……ね」
「待ってください白咲さん。つまりそれって、死者の偽装って事ですか……!?」
僕の指摘に、白咲さんが「ええ」と頷きました。
「灰は元から被害者の物じゃないのでしょう? 短時間で人体を焼き尽くす事なんて不可能だもの。……なのに、人々がその灰を「失踪した被害者」と思い込んだのは、血痕と服の切れ端のせい。……つまり、そう思わざるを得ない状況にあったせいよ。仏花の花束や手紙に関しても、『火曜日の殺塵鬼』の演出に過ぎないのでしょう? このように恐ろしい存在が、人を塵にして回っている……っていう」
「ですが、だとしたら被害者達は何処へ……?」
「さあ? 南か北の果て、あるいは外国の何処か……少なくとも、すぐに見つからず追い付けない場所にいるんじゃないかしら。ここまでして匿うのなら、さぞかし良い場所があるのでしょう」
「匿う……ですか?」
「そうよ。そもそも暗殺者とは、依頼を受けて対象を殺す者。『火曜日の殺塵鬼』の被害者や犯行現場に主な共通点がなかったのも、個別の暗殺の依頼だからこそよ」
「なるほど……」
白咲さんの推理は、一見筋が通っています。
しかし、それでも説明が付かない事があるので、僕はその疑問を口にしました。
「……なら、どうして死者の偽装なんか……?」
「それは本人の口から聞かせてもらおうかしら。何でも聞いて良いのでしょう?」
白咲さんの問いかけに、燐さんは深くため息を吐きました。
「性格悪いな、君……。でもまあ、そこまで言い当てられちゃ仕方ないか」
笑みを消し、彼女は懺悔するように言いました。
「……前に『未熟者だから流派を名乗る事を許されなかった』と言ったけどね……。実は、暗殺者としても未熟者だったのさ。だって、私は──人を殺せないんだもの」
「殺せ、ない……? それは……」
「人を殺せない」というのは、当たり前の──当たり前すぎて美徳にすらならないような感情です。
それを欠点のように語る彼女は、ばつが悪そうに笑いました。
「……まるで、普通の人間のようだろ? 物心つく頃から、暗殺者として育てられたような奴が辿り着く思考じゃない。……でも、私はどうしても、そう思ってしまう。人形や死体相手ならどんな残忍な手口だろうと使えるのに、生きた人間相手だとつい手が鈍ってしまう。……立華も昨日、そんな私の有様を見たから、『私が人を殺していない』って分かったんだろ?」
「ええ。昨日対峙した時、貴女の手は震えていた。銃だって、頭や胸などの急所からずらして肩を撃ったでしょう? だからこそ錬金刀の防御が間に合ったのだけれど。あとは、私の師匠も貴女のような人だったから。……人を殺す術を誰よりも理解しておきながら、人を殺す事に抵抗を抱いてしまうような人」
「……まいったな、私以外にもそんな
燐さんの笑い声は次第に小さくなっていき、最後には涙声のようになっていました。
「……何が、莫迦だよ。──当然だろ!? 人間を殺したがる人間なんて、それこそ殺人鬼じゃないか! なのに、なんで……なんでそんな平気そうにいられるんだよ! そんなの、おかしいだろ……!」
……それはきっと、ずっと燐さんが溜め込んできた本音なのでしょう。
燐さんがどのような人生を送ってきたのか、僕には分かりません。教えてもらったところで、全てを理解する事も出来ないでしょう。
だとしても、彼女の叫びには無視出来ない悲痛さがありました。
「……っ、悪い。突然、関係ないのにこんな事言われても困るよな……。それにさ! こんな『殺せない私』だからこそ今の仕事が出来てるんだよ。……暗殺依頼された、金持ちの高飛びのための死体偽装さ。今頃、私が死体偽装した誰かさん達は何処かで気楽に過ごしてるんだろうね。……本っ当、羨ましい限りだよ」
お酒が入ったグラスを煽り、燐さんはそう言い捨てました。
「……さて、洗いざらい自白した訳だけど……私を警察に突き出すかい? 今なら、有名な殺塵鬼を捕まえた英雄になれるよ」
「いいえ。どうせ通報した所ですぐに逃げるでしょう、貴女。……だから、私達の旅の邪魔にさえならなければ、好きにするといいわ」
「そいつはお優しい事で。……昨日、盛大に仕事の邪魔をした奴の言葉とは思えないくらいだ。まあ、どのみち、来週の火曜日には全部終わらせて消えるからさ。君達が何のために旅をしてるかなんて知らないけど、邪魔にはならないんじゃない?」
「ああ、そう。……やっぱり、最後にもう一つだけ聞いて良いかしら」
ドアの前で立ち止まり、白咲さんは振り向きざまに燐さんへ聞きました。
「何故、火曜日なの?」
「意味のない、ちょっとしたこだわりさ。──これでも、『連続殺塵鬼』なんでね」
その一言を最後に、彼女は僕達の前へ姿を現さなくなりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます