頁拾玖__触発

 その日は平日の夕方過ぎにも関わらず、年に一度の祭りが近いという理由で辺りは浮足立っていました。

 花火や神輿もあるらしく、僕も「見られたらいいな」と童心に帰って胸を弾ませていると、ふと見慣れた姿が視界の端に映りました。燐さんです。


 いつもの笑顔は消え失せ、何処か急いでいるような彼女の姿に違和感を持った僕は尾行しようとしたのですが……それを咎めるように、後ろから腕を掴まれました。


「待ちなさい。そんな見え見えの尾行で追いかけるつもり?」


「白咲さん!」


 僕の腕を掴んだのは、白咲さんです。

 そのまま出店の前にしゃがみ込むと、白咲さんは僕にだけ聞こえる小声で話しかけました。


「……あの村でも思ったけれど、素人がそう簡単に尾行しようとしない事ね。貴方、結構目立つわよ」


「えっ、そうなんですか?」


「気配が隠しきれていないのよ。せめて足音くらいは……いえ、今はそれどころじゃないし、小言は後にしましょうか。彼女を怪しんだのは私も確かだもの。あの様子に少し……見覚えがあったから」


「見覚え……?」


 僕の疑問には答えず、白咲さんは立ち上がって「行きましょう」と自然に切り出しました。

 僕もなるべく自然に見えるよう立ち上がり、白咲さんの後ろを付いて行きました。


 人に紛れながら付かず離れずの位置で燐さんを尾行していると、彼女はとある一軒の家の前に立ちました。

 しかし、誰か親しい人を訪ねに来たといった様子はなく、どちらかというと何かを取り立てにきたような……。

 そこまで思いを巡らせてから、僕は今日がか思い出しました。


 ──月曜日。


 そう、『火曜日の殺塵鬼』が被害者を殺す日です。


 それを白咲さんに伝えようとすると、彼女は「しっ」と唇に人差し指を当てる仕草で静止しました。


「誰か出てくる」


 白咲さんの言葉に燐さんの方を向き直ると、家から一人出てきました。

 口から顎にかけて沢山の髭を蓄えた、恰幅の良い白髪の老人です。


 老人は燐さんを見て僅かに驚いたようでしたが、一、二言会話を交わすと、二人は連れ立って歩き始めました。

 僕達も後を追うと、二人は人気のない路地裏へと入りました。


 僕は、背中に嫌な汗が伝うのを感じました。

 どう考えても、状況証拠が揃いすぎていたからです。


 路地裏の入口に身を隠しながら覗くと、二人が向き合う姿が見えました。

 何か話しているようでしたが、離れていたので会話の内容は聞こえませんでした。


 唐突に老人が驚き、狼狽える様子が見えました。

 どうやら、燐さんが懐から取り出した物が原因のようです。

 それに目を凝らすと、パチリと小さな音と共に刃が飛び出してきました。


 そう、折り畳み式のナイフです。誰が見ても、犯行の前触れだと思うでしょう。


「白っ……咲さん?」


 振り返って白咲さんに声をかけようとした僕は、そこでようやく彼女の姿が無い事に気付きました。

 彼女は燐さんがナイフを取り出した瞬間に、路地裏へ踏み込んでいたのです。

 僕がその事を把握出来たのは、数秒後に響いた金属音と、老人の悲鳴でした。


 それらの音に反応して再び路地裏へ目を向けると、そこには白咲さんの刀をナイフで受け止める燐さんと、彼女達の後ろで腰を抜かしている老人がいました。


 彼女達の力は拮抗していたのか、刃渡りが二倍ほど違うのにも関わらず、膠着状態に陥っていました。


「はあっ!」


 燐さんが蹴りを放ち、白咲さんが飛び退いた事で距離が開きました。

 無言で向き合う二人の間には今すぐ殺し合いが発生しそうな剣呑な雰囲気が漂っており、老人の恐怖に駆られたか細い呼吸音だけが響いていました。


 何度目かの老人の呼吸音で、僕はようやく我に返りました。

 このままだと、二人の戦いに彼が巻き込まれてしまいます。

 なので、老人を助けようと僕も路地裏へ足を踏み出したのですが、その時の足音が逆に発端となってしまいました。


 燐さんが別のナイフを何本か取り出し、白咲さんに投げつけたのです。

 彼女はそれを難なく刀で弾いて落としましたが、同時に燐さんは拳銃を取り出していました。


「白咲さん!」


 僕の声と共に、甲高い発砲音が鳴りました。


「くっ……!」


 白咲さんが小さく呻く声を聞き、「もしや被弾してしまったのではないか」と僕は青ざめましたが、燐さんは軽く口笛を吹かしていました。


「へえ、やるじゃないか。錬金刀れんきんとうを咄嗟に盾として利用するとはね」


 白咲さんの手元をよく見ると、いつも使っている柄から刃を伸ばす刀──錬金刀れんきんとうの刀身が、羽子板のように変形していました。


「衝撃までは殺せずとも、身を守るならこの程度の付け焼き刃で十分よ」


 刀身を元に戻し、白咲さんが再び構えます。


「うん。その錬成速度に、錬金術を用いた武装……。間違いなく、白咲の人間だね。しかも大元の師匠も近いと見た。足抜けの噂は度々聞いていたけど、まさかね……。何か、心当たりはあるかい?」


「さあ? 私の師匠はろくでもないひとだったけれど……あの人の過去に何があったかまでは知らないわ。……その言い分だと、貴女は知っているようね」


「一番あり得る線としては、君の師匠は私の元兄弟子って所かな? ──いやはや、数奇な運命もあったもんだね!」


 睨みつける白咲さんとは対照的に、燐さんはとびきり愉快そうに笑っていました。

 老人は助けるまでもなく反対側の出入り口から逃げていたようで、路地裏には既に彼女達と僕しかいません。


 刀身を縮め柄だけになった錬金刀を仕舞うと、白咲さんは懐に手を伸ばしました。

 燐さんと同じく、拳銃で決着を付けるつもりだったのでしょう。


 ですが、先程の燐さんの銃声が思っていたより街中に響いていたようで、騒めきと共に複数人の足音がこちらに向かっているのが聞こえてきました。


「ちっ、余計な時間を使いすぎたか……。君達も、逃げるなら早めにね!」


 捨て台詞と同時に、燐さんは一目散に逃げ出しました。


「待ちなさっ──なんて逃げ足の速い……! 春君、私達も逃げるわよ。これ以上、面倒事に巻き込まれるのは御免でしょう?」


「は、はいっ!」


 僕達も慌ててその場から逃亡しました。

 どうにか見つからないように小道を通ったり、人混みに紛れたりしたので、無事に宿屋に着いた頃には精根尽き果て、即座に寝てしまったほどです。


 これが、『火曜日の殺塵鬼』との最初の対面でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る