頁拾捌__特徴

「……そう言えば、どうして店主は僕達の宿泊を断ろうとしていたんでしょうか?」


 次の日の昼。

 情報収集に出る前に、昨日から疑問に思っていた事を白咲さんに尋ねてみました。


「確かに分からないわね。あの様子からすると、何かを恐れていたような──」


「それは私が説明してやろうじゃないか! ……あ、おはよう」


「燐さん!?」


 二人で理由を考えていると、燐さんがノックもせずに部屋へ入ってきました。


「貴女、昨日酒瓶忘れてたわよ」


「え、全部呑んだし捨てて良かったのに」


「自分で捨てなさい」


 「はーい」と燐さんは渋々といった様子で酒瓶を受け取りました。

 ……もしかしたら、酒瓶の処分を僕達にさせるつもりだったのかもしれません。

 そういうちゃっかりした所が、彼女にはあったので……。


「……それで、貴女は私達が宿泊を断られた理由を知っているの?」


「あくまでも予想だがね。だが、実際これしかないだろ」


 そう言うと、燐さんは白咲さんと自身を指差しました。


「髪と目の色──だよ」


「……どういう意味?」


「そのままの意味だよ。……何だ、もしかして君達知らないのか? 結構広まってる噂なんだがね」


「あ! もしかして……」


 気付いて声を上げると、燐さんは「分かったかい?」と笑いながら言いました。


「そう、新しい『火曜日の殺塵鬼』の特徴さ。黒髪と赤目! ……そら、私と立華は当て嵌まるだろ?」


「馬鹿馬鹿しい。概念的錬金術を扱う錬金術師の何人が、私達と同じ色をしていると思っているのかしら」


「それはごもっともだがね、ああいう凡骨には色味一つとっても恐怖の対象なのさ」


 燐さんが肩をすくめるのと同時に、白咲さんもため息を吐きました。

 当時はよくある話でしたが、被害を被る側としては迷惑この上ないでしょうし……あと、犯人像にまつわる噂は本当に多岐に渡っていたので、「こんな根も葉もない噂に拘っても意味がない」という風潮になりつつあったのも確かです。

 なので此度の店主のような反応は、一周回って珍しいものでした。


「さて、こんな辛気臭い話は止めにしようじゃないか! これ以上の実害もそう無いだろうしな!」


 燐さんは何処からともなく新しい酒瓶とコップを取り出して「一緒に呑もうぜ!」と誘ってきたのですが、


「昼間から飲んだくれるほど暇じゃないし、そもそも春君は未成年よ。帰りなさい」


 と白咲さんにあえなく追い出されてしまいました。


「……あの、白咲さん? 先程から彼女に少し辛ら、いえ、その……少し厳しすぎやしませんか……?」


 燐さんに対し、最早邪険と言って差し支えない態度を取る白咲さんにおそるおそる尋ねたところ、


「そう? ……そうね。あの軽薄さや無遠慮さが、私の師匠とよく似ているせいで、つい同じような態度を取っているのかもしれないわ」


 という答えが返ってきました。


「白咲さんの師匠って……ああいう人なんですか?」


「あれを悪化させたような人よ。……春君、例えどんな事情があったとしても、その場の感情で師匠を決めるのは絶対に避けなさい。これは経験則による警告よ」


「あ……はい……」


 彼女の師匠について詳しい話題が出たのはそれが初めてだったので、もう少し掘り下げたい気持ちもあったのですが……。

 あの目と言葉の冷たさの前では……憚られましたね……。


 ……ああ、いえ。

 別に、白咲さんが自身の師匠を尊敬していなかった訳ではないのですよ?

 ただ、あれは──そうですね。これもまた別の機会にお話した方が良いでしょう。


 ともあれ、燐さんの乱入という珍事はあったものの、その後は特に滞る事なく方針をまとめる所まで話し合えました。

 方針というのは情報収集の方法や場所、ついでにそろそろ買い足すべき物のリストアップ、と言った所でしょうか。

 もちろん、その中で『火曜日の殺塵鬼』に関する話も出てきました。


「白咲さん、もしも火曜日の殺塵鬼』が不死者だった場合は──」


「決まっているでしょう? 殺すわ」


 ええ、迷いのない即答でした。それが当たり前だと言わんばかりの。


「……『火曜日の殺塵鬼』が不死者なら、犯人像が一致しないのも納得は行くわね。昔遭遇した不死者の中には、自身の外見を自在に変えられる者もいてね、そういった能力を用いれば……」


「様々な犯人像が生まれても不思議じゃない……って事ですね」


「そうよ。それに、連続殺人犯の正体が不死者というのも珍しくないわ。未解決事件のいくつかは、既に討伐された不死者によるものだったと言うのもよくある話だったもの。……まあ、その事実を知る者は少ないけれど」


 ……判道さんの一件も、世間では未解決事件として扱われているのでしょうね。

 仕方ないとは言え、ままならないものです。

 そしておそらく、白咲さんはこういった思いを何度もしていたのかもしれません。

 ……すみません、話が逸れてしまいましたね。


「ただ……今回の件に関しては、私は不死者が犯人じゃないと考えているわ」


「何故ですか?」


 意外な発言に対して僕が問うと、白咲さんは三つの根拠を話してくれました。


 まず一つ目は、犯行現場が短期間なのに多岐に渡りすぎている所。

 当時判明していた六人の被害者ですが、灰の発見現場の共通点は「人通りが少ない路地裏」という部分だけでした。

 それ以外の……町の発展具合や風景などに類似点はなく、各地点の距離間もてんでバラバラでした。


「何らかの目的があって移動しているのではなく、のために移動しているのかもしれないわね」


 とは白咲さんの言です。


 二つ目は、遺体の状態と犯行方法について。

 発見された遺体が全て灰となっていたから『殺塵鬼』と名付けられた事は、先程も説明しましたよね?

 ですが……これって、おかしいとは思いませんか?


 例えば、火葬のように遺体を焼却する場合、高温で長時間焼却し続けなければなりません。その上、そこまでやったとしても、必ず骨はある程度残るのです。

 ……だと言うのに、誰にも気づかれないほどの短時間で人ひとりを完全な灰にする事など、本当に可能なのでしょうか?


 ──いいえ、どのような錬金術であってもそんな事は不可能です。


 魔術や、古の魔法であっても同様でしょう。

 でそのような高火力を用いれば、必ず誰かが気付くはずです。

 もしもそれを可能にする技術があれば、他の事に用いるべきでしょうね。


 そして最後の一つは、被害者の自宅に届けられる、仏花の花束とメッセージ。

 この時に届けられる地図のおかげで犯行が判明するのですが、わざわざそのような回りくどい方法で犯行を知らせる意味が、一体何処にあるのでしょうか?


 ……ええ。世の犯罪者の中には、わざと自身の犯行を大体的に広めようとする者もいるそうですね。

 しかし、『火曜日の殺塵鬼』のそれは「己の犯行を誇示したい」というよりかは、「相手が死んだ事を確認してほしい」と伝えているように感じる──と、白咲さんは言いました。

 少なくとも不死者はそのような事はせず、もしも行うとしてもより悪趣味な方向に向かうだろうとも。


 以上が、白咲さんの挙げた根拠でした。


「これは、あくまでも根拠のない考えなのだけれど……。もしかしたら、『火曜日の殺塵鬼』は私と同じ存在なのかもしれない」


「同じ……とは?」


「犠牲者が不死者だった場合、私達の目的は一致する事になるもの」


「犠牲者が不死者……? どうしてそんな……あっ!」


 そこで僕は気付きました。今までの被害者と、不死者の共通点に。

 そう、という点です。


 もしも、今までの被害者が全員不死者で、『火曜日の殺塵鬼』はそれを狩っているのだとしたら?

 少なくとも、先程上げた三つの根拠のうち、二つ目の謎は解けます。

 一つ目についても、『誰か』ではなく『不死者』を殺すのが目的だったとしたら、被害者や彼らが住んでいた場所に共通点がなくともおかしくないでしょう。


 ……ええ、だとしても、


「あの意味の分からない犯行声明だけが説明つかないのよね……」


 と、白咲さんも同じ結論に至っていました。


「私が知っている仲間の中で、そんな無意味な事をする人なんていなかったはずなのだけれど……。やっぱり、これもただの与太話に過ぎないのかしら」


「一応、筋は通っているように思えますけどね。……ですが、もしもそうだとすると空恐ろしい話ですね。……話によると『火曜日の殺塵鬼』の被害者は六人もいるそうじゃないですか。……万が一、その全員が不死者だとすると……」


 僕は最悪の想像をして、思わず身震いしました。

 不死者は必ず人を殺すと白咲さんは言います。一人では飽き足らず、何人も。

 万が一この六人が不死者だった場合、彼らが水面下で殺してきた人の数は一体どれほどになるのでしょうか?

 それを考えると、むしろ『火曜日の殺塵鬼』は──


「これ以上考えても時間の無駄になるだけでしょうし、止めましょう。相手がどんな存在であれ、不死者なら殺し、邪魔をするなら排除して、仲間なら意義を問い糺す。それだけよ」


 そう締め括ると、白咲さんは席を立ちました。


「──さあ、情報収集に出るわよ。何かあれば些細な事でも報告を忘れないように。三時間後に宿の前で落ち合いましょう」


「はい!」


 そこで『火曜日の殺塵鬼』の考察は打ち止めとなり、僕達は情報収集のために町へ出ました。

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