第四話『火曜日の殺塵鬼』
頁拾陸__奇遇
買い出しに付き合っていただいてすみません。それに、荷物持ちまで任せてしまうなんて……。
いつもはお手伝いさんに頼んでいるのですが、こんなご時勢ですから、そう何度も来ていただくわけには……。
えっ、「だったら自分が代わりになる」ですか? いやいやそんな、悪いですよ。
話のお礼、と言われましても……本当に、よろしいのですか?
──では、お言葉に甘えて。ああ、勿論お給料はお支払いしますよ?
いいえ、そういった線引きこそが仕事には重要なのです。
……とは言え、僕達の関係が堅苦しくなっては本末転倒でしょう?
あくまでも簡易的なお手伝いで構いませんよ。ええ、お話もちゃんとしますとも。
丁度、今日と同じような天気の日にとある事件に関わったのを思い出しましてね。
家に着いたら、早速お話しましょう。
──────
本題に入る前に、とある人物について説明させてください。
……人物と言うよりかは、事件と称するべきでしょうか。
もしかしたら、貴方も名前だけは聞いた事があるかもしれませんね。
──『火曜日の
ああ、やはりご存じでしたか。
全世界に存在する数多の殺人鬼と同列に語られる、この国最大の連続殺人事件と、その犯人の通称です。
公的に認められている犠牲者は、十年で合計して十六人。
その十六人全員の遺体……と思わしき物の発見日が毎回火曜日である事から、そう名付けられたと一般には言われているそうですね。ええ、正確には少し違います。
被害者は月曜日の夜に忽然と姿を消し、火曜日に灰となって発見されるのです。
そう、灰です。だから、『殺人』ではなく『殺塵』なのですね。
……灰なのに被害者だと断定された理由、ですか?
これには、複数の要因が挙げられます。
まず一つは、灰の側に被害者が着ていた服の一部と血痕が残されていた事。
服の一部……より詳しく言うと、『燃え残り』でしょうか。
それと血痕が、確かにその灰が人間であった事の証明だとされたのです。
……まあ、当時はDNA鑑定などはありませんでしたから。
もしも万が一、灰が人の物ではないとしても、調べる術はなかったはずです。
もう一つ──これこそが『火曜日の殺塵鬼』の名の由来に近いかもしれませんね。
火曜日の朝早く、犠牲者の家族か犠牲者の家の元に、とある物が届くのです。
それは仏花の花束と『お悔やみ申し上げます』という一言だけの手紙、そして灰のある場所を示した地図の三つ。
誰が置いたかも全くの不明であり、先んじて張り込もうにも、犠牲者は住んでいる場所も人物像もバラバラなせいで推定すら出来なかったとか。
……これは、当時の新聞の受け売りですが。
この事件は警察が総力を挙げて捜査したものの……結局犯人は最後まで捕まらず、時効を迎えて迷宮入りしてしまいました。
……ですがここだけの話、僕達はその犯人と遭遇していたのです。
犯人は不死者だったのか?
──それは、これからのお楽しみと言う事で。
さて、前置きはここまでにして、本題に入りましょうか。
──────
それは、今日のような日本晴れの日の事でした。
道中はずっと曇りが続いていたので、僕も自然と晴れ晴れした心持ちになったのを覚えています。
しかし、清々しい天気とは裏腹に、人々の心には疑心と恐怖が渦巻いていました。
誰もが『火曜日の殺塵鬼』の事を気にしていたからです。
あの頃、犠牲者は六人に上っていました。一年半の間に六人です。
独特な犯行の目的は何なのか、犯人は誰なのか、いつ犯行が終わるのか……。
「全く分からない」という不安は想像以上に恐ろしいもので、時には根も葉もない噂が出回る事もありました。
例えば「犯人は山のような大男である」とか、「実際は妙齢の女性である」とか。
あるいは「年端も行かぬ子供だった」とか、「遠い異国の暗殺者である」とか。
その度に噂の特徴に合致する人々が疑われては、警察による誤認逮捕や民衆による制裁が起こっていました。
そんな時に僕達が辿り着いたのは、今まで立ち寄った村や町の何処よりも発展した都市でした。
ええ、そりゃあもう心底驚きましたとも。田舎者である僕は、まず人の多さに翻弄され、目を回していました。
首都である東亰やその他の有名な大都市の事は話にだけ聞いていましたが、実際に見たそれは僕の想像を大幅に上回っていました。
……白咲さんは慣れていたのか、いつも通り無表情を貫いていましたが。
ホテルを見たのもそこが初めてでした。
……宿泊費が予算を遥かに超えていて、泊まれはしませんでしたがね。
こればかりは仕方ありません。
なので、渋々いつも使っているような格安宿へと向かったところ、
「あー、駄目駄目。今日はもう満員だよ。どっか他所に行ってくんな」
と、にべもなく門前払いを食らってしまったのです。
「満員になっているようには見えませんが?」
白咲さんが手元の台帳を指先で突きながら言いました。
確かにその台帳は真っ白で、店主の言う通り満員になっているとは到底思えませんでした。
「それは次の
怒鳴る店主を前に、僕達は顔を見合わせました。
別の宿を探しても良かったのですが、再びあのごった返すような人混みに紛れるのは気が引けましたし、そろそろ日も暮れ出していたからです。
それでも、背に腹は代えられないと宿を出ようとすると、
「まあまあ、そう気を焦んなさんなって」
突然誰かが横槍を入れてきました。
声の方向に振り向くと、そこには黒髪を後ろの高い位置で括った……ポニーテールと言うのですか? なるほど。
そんな髪型をした、溌溂とした女性がいました。
パッと見た印象で言うと、歳は僕達と同年代。
軽装でしたが、僕達と同じ旅人の気配を漂わせていました。
瞳の色は、白咲さんと同じ赤です。……いえ、正確には少し違いますね。
詳しく言うと白咲さんが緋色で、その人は朱色──つまり、同じ赤でも色味が違うのですね。
女性はこちらまで歩み寄ると、ちらりと白咲さんの方を見ました。
白咲さんは彼女の一瞥だけで何かを察したのか、店主の方に向き直りました。
「おやっさん? さっきも同じように私を追い出したけどさ、近くの人に聞いたら、ここはいつも閑古鳥が鳴いてるそうじゃないか。大方、あのご立派なホテルにお客を取られちゃってるんだろ? だと言うのに、せっかく来た
「ぐ、そ、それは……」
言い淀む店主に、彼女は更に畳みかけます。
「良いのかなぁ? 折角のお客を、たかが外見だけでえり好みして帰らせちゃって。ま、私だってどうしてもここじゃないと駄目って訳でもないからさ。ここ以外の宿に行ったって別に構わないんだ。だからこれは、ただの個人的なお節介だよ。そちらが聞き入れてくれないなら、諦めるしかないけどね。……君達だって、そうだろ?」
彼女に話を振られ、白咲さんは頷いて引き継ぎました。
「ええ。……けれど、正当な理由もなく客を追い出す宿屋の情報は、他の旅人達にも教えないといけないわね。彼らが同じような被害に遭わないためにも」
「脅すつもりか!?」
「いいえ、そのつもりはありません。……貴女だって、そうでしょう?」
「そうだね。わざと風評被害を広めたい訳じゃないけど、うっかり口を滑らせる事はあるかもしれないな。旅人同士の情報交換はとても大事なものだからね。……だが、これはあくまでもこちらの都合さ。これ以上居座っても悪いし、どうかな? 一緒に別の宿を探しに行かないかい?」
「そうしましょうか。行くわよ、春君」
トントン拍子に話を進め、白咲さんと彼女が宿を出ようとした時、ようやく店主が「待ってくれ!」と二人を引き留めました。
「分かったよ、悪かった! この通りだ!!」
受付のテーブルに手をついて謝る店主に対し、女性はにやりと笑って言いました。
「……ふぅん? そこまで悪いと思ってるなら、宿代の割引きも頼もうじゃないか。──誠意、見せてくれよな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます