頁拾肆__訪問
手紙を持ってきた
……ああ、確かに。
そうですね、あの
はい、本当にそんな感じの見た目でした。
所々に傷はありましたが、表面は艶々に磨き上げられていて、目には緑の硝子玉がはめ込んでありました。
背丈は……大体ここまで……そう、十歳未満の子供と同じくらいでしたね。
丸みを帯びた可愛らしい形で、まるで子供の遊び道具がそのまま大きくなったかのような、そういう見た目をしていました。
手紙を預けた翌日に女将さんから聞いた話ですが、その
役目がなくなったので、買い出し用に流用したのでしょうね。
預ける時もそうでしたが、
「……本当、随分と出来が良いわね……」
「確かに、可愛いですよね」
「ええ、造形の面も見事だけれど……それ以上に、動きが素晴らしいの。動作の一つ一つに、ぎこちなさが全く無い。『栄犠』という
「へえ……」
「私のウィルは、待機命令が出るまで私の背後を歩く事と、音声命令によって鞄型と犬型に相互変形する機能しか刻まれていないの。……これだけでも大変だったのに、あれだけ多くの動きを澱みなく出来る術式は、一体どういった仕組みなのか──凄く興味がある」
「……あの、白咲さん?」
いつになく興味津々な白咲さんに、僕はふと違和感を感じました。
その様子に不死者の元に向かう時のような刺々しい殺気は微塵もなく、むしろ少しわくわくしていそうな雰囲気すらあったからです。
「僕達、栄犠さんが不死者かどうか確かめるために行くんですよね?」
気になって確認すると、白咲さんはしれっと「その事だけれど、おそらく彼は違うはずよ」と言いました。
「えっ、そうなんですか?」
「ええ。町での聞き込みで、失踪事件や彼以外に町を出た人の話は聞かなかったわ。だから彼が不死者である可能性は低いと判断したの」
「……それだけで?」
「あまりにも根拠が少ないのではないか」と疑問に満ちた視線を送ると、白咲さんはため息を吐いて説明してくれました。
その説明に曰く、不死者は犯行を隠しやすい家族から手を出す事が多いそうです。
家族の次は近所に狙いを定め、徐々に犯行の範囲を広げていくのだとか。
もしくは、引っ越しや旅先で人を殺す事もあるそうです。
しかし、どれほど巧妙に隠そうとしても、何か特殊な事情が無い限りは必ず何らかの証拠が出るはずだと。
……そもそも、不死者が何故凶行を繰り返すのか?
そうですね、僕も気になって白咲さんに尋ねた事があります。
彼女は、一言こう答えました。
「実験のつもりなのでしょう」
一体何の実験なのか──それまでは、答えてくれませんでしたが。
ともかく、そんな話をしながら歩き始めて、十分かそこらは経った頃。
森の曲がりくねった獣道を歩き通した先に──目的の家が現れました。
家は主に丸太で組み上がっている……そうそう、ログハウスですね。
二階建てでしたが、高床式だったので普通の家より大きく見えました。
一人よりも、二・三人の家族で暮らしていそうな……。
家の前にはそれなりに大きな湖があり、澄んだ水には魚が泳いでいました。
僕達をここまで案内した
主である栄犠さんに僕達の到来を知らせに行ったのでしょう。
扉を開けて中に入り、扉を閉め直す一連の動きも滑らかで、白咲さんが興味を持つのも納得出来ました。
あれは最早、中で人間が動かしていてもおかしくありませんでしたから。
言われた通り家の前で待っていると、一人の男性が出てきました。
猫背の中年で、無精髭を生やしてはいましたが身なりはきちんとしていました。
黒髪は適度に切り揃えてあり、目の色は青緑です。
女将さんから聞いた話から、てっきり骨と皮しかない骸骨のような老人が出てくるとばかり思っていた僕は、失礼ながら健康そうな彼の様子に驚いてしまいました。
「やあ、君達が手紙をくれた旅人さん達だね? 我が家へようこそ。ここまで辺鄙な道だらけで、大変だっただろう?」
言葉も笑顔も穏やかで、心優しい人のように感じました。
彼にお辞儀すると、白咲さんと僕はそれぞれ自己紹介をしました。
「白咲さんに、明哉君か。……いやあ、あの白咲に出会えるなんて光栄だなあ」
「いえ、私もまだ未熟な身。むしろ、貴方のような偉大な術師に出会えた事こそを、光栄と言うべきですよ。……あと、こちらは旅の最中に買った観光地の名産品です。お口に合えば良いのですが……」
いつの間に買っていたのか、白咲さんは手土産を栄犠さんに渡していました。
「これはこれはご丁寧に……さあ、中へどうぞ。と言っても、ろくな物もないがね。ああ、靴は履いたままで結構だよ」
互いに好印象になったであろう顔合わせを済ませ、僕達は家の中へ招かれました。
内装は全体的に洋風の家具でまとめられていましたが、それらは判道さんのように豪奢な物ではなく、木製の温かみのある素朴な造りでした。
「お茶を淹れてくるから、そこの食卓に座って待っててくれ」
「ありがとうございます」
示された食卓には、椅子が四つありました。
僕達のような訪問者と話すための物なのかもしれませんが、その様子はまるで家族の団欒のためにあるようで、僕は少し切なくなってしまいました。
何故なら、女将さんの話から察するに、それはかつて家族が幸せだった頃の──
「待たせたね」
僕が物思いに耽っていると、栄犠さんがお茶を持ってきてくださいました。
「森に生えている薬草を煎じた、自作の茶だよ。少し苦いかもしれないが健康効果は保証しよう」
お茶を飲みながら、僕達はしばらく
……はい。お察しの通り、主に話していたのは栄犠さんと白咲さんの二人です。
いくら勉強しているとはいえ、当時の僕は錬金術師ではありませんから……。
ただ、今なら分かりますが、あの時の話は錬金術が使えるだけの一般人はおろか、平凡な錬金術師でも内容を理解するのは難しかったはずです。
「いやあ……とても専門外とは思えない知識量だ! きっと君の師匠も、君のように優秀な人だったのだろうね」
「ありがとうございます。……実は、私の師匠は義肢装具士でもありまして。
「なるほど。確かに、義肢と
え? 義肢と
……言われてみれば、今は色々と違うのでしたね。
ただ、これに関しては話が長くなりますし、いつか話す機会が訪れると思うので、出来ればその時に。
ともかく、二人の話がひと段落した頃。
部屋の隅にある階段から、ぺたぺたという裸足の足音が聞こえてきました。
そして、
「おとうさま?」
階段の手すりの壁に隠れるように、一人の少女が顔を出したのです。
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