頁拾参__信念

 女将さんの話によると、栄犠さんはこの町で一番有名な錬金術師だったそうです。

『錬金術は等しく万人を救うための業である』という立派な信念を持っており、物の修理や怪我を治す時も、全て無償で行っていたと。

 それが申し訳なくて、町の人達はお礼に食料などを差し入れていたそうです。

 そんな彼が得意としていた錬金術は、機械人形オートマタの作成でした。


 ここで少し、機械人形オートマタについて説明いたしましょう。

 機械人形オートマタとは文字通り『機械で動く人形』の事を指します。人形と言っても、人型だけとは限りませんがね。

 今では『ロストテクノロジー』の扱いだと聞きましたが、当時はそう珍しい物でもありませんでした。

 例えば、白咲さんの持つ鞄のウィルもそうですし、他にも自動的に動く車椅子や、口頭記述機能のあるタイプライター、声紋認証付きの自動ドア開閉装置など……。

 錬金術による機械部分の小型化と、入魂にゅうこん──プログラムによる精密さのおかげで多種多様な機能を持つようになった機械人形オートマタは、人間を助け、人々の生活をより良いものにしてくれていました。


 ……お察しの通り、機械人形オートマタの所有者は主に富裕層の人達か、もしくは白咲さんのように自分で作れる錬金術師達でしたが……。こればかりは仕方ありません。

 機械人形オートマタの作成には高い技術力を必要としますし、作る物によっては材料費なども高くつくでしょう。

 存在は知っていても、庶民には手の届かない高嶺の花……それが、世間一般での機械人形オートマタのイメージでした。


 脱線はここまでにして、栄犠さんの話に戻りましょうか。

 彼は機械人形オートマタに関しても己の信念を貫き、なんと自分で作った機械人形オートマタを町の人達に無償で差し上げていたそうなのです。

 その上、修理や定期的なメンテナンスも無償で行っていたと。

 それを聞いて、僕も白咲さんもとても驚きました。


 先程の話を聞けば分かるかと思いますが、仮に有料で貸し出したり、公共物扱いで寄付するのならば、まだ理解は出来ます。

 しかし、惜しげもなく無償で……となると、彼の信念は僕達の想像以上に強いものだったに違いありません。


 その在り方に感心していると、女将さんは少しだけ自慢げに胸を張り……、すぐに元の姿勢に戻って話を続けました。


「栄犠さんには、一人娘がいましてね。ちょうどうちの子と同じ年頃で……名前は明百合あゆりちゃん。父親と同じように聡明で、お行儀も愛想も良い子でした。町の皆が、あの子を好いていましたよ。でも……」


 悲痛な面持ちで、女将さんは視線を逸らしました。


「運命って残酷なものですねえ。数年前に、明百合ちゃんは病を拗らせて亡くなってしまったんです。あの子の母親も昔っから体が弱くて、明百合ちゃんを産んですぐに亡くなったから……。多分、体質が似てしまったんでしょうねえ……」


「それは……お気の毒に……」


 僕も両親を流行病で亡くしていますから、思わず見ず知らずの栄犠さんに同情してしまいました。……あれは、本当に辛いものですから。


「ええ……。本当に、嘆き悲しむあの人の様子はとても見ていられませんでしたよ。私達も遠目から見守る事しか出来ませんでしたもの。……ですが、そのせいなのかもしれません。栄犠さんが、狂ってしまったのは……」


「──狂った?」


「ええ。明百合ちゃんが亡くなって十日ほど経った頃でしょうか。……栄犠さんが、あの子を錬成すると言い出したんですよ」


「なっ……!?」


 僕は驚きのあまり、絶句してしまいました。

 人間の錬成なんて考えた事も無いし、出来るはずもないと思ったのですが、


「……一応、理論上は可能ね」


 と白咲さんが肯定しました。


「ほ、本当ですか……?」


 疑う僕に、白咲さんは腕を組みながら説明を始めました。


「ええ。──けれどこれはあくまでもでの話。正確に言えば、人体の構成成分や骨格、内臓の機能などはある程度判明しているから、その通りに作れば問題ないの。死体や既存の人体を用いずに一から作れば、人体実験の違反にも抵触しないわ。……ただ、問題なのは魂の方」


「魂……と言うと、入魂が難しいという事ですか?」


「そうでもあるし、そうでもないと言えるわね」


 入魂は、今で言うプログラミングを指します。

 その通り、入魂に出来るのは『元から決まった振る舞い』を動作命令として対象に刻む事だけです。

 普通の人間のような思考や、細やかな感情表現まではどうやっても再現不可能……いえ、再現しようにも複雑すぎて全てを刻み込む事は不可能なのです。

 ──その人物の全てを、完璧に理解していると言えない限りは。


「貴方だって、ご両親の事を何から何まで覚えているわけではないでしょう?」


「それは……確かに……」


 そう説明を締め括る白咲さんに、僕はただ頷く事しか出来ませんでした。


 要するに錬金術では「肉体の再現」までは出来ても、「魂の再現」までは出来ない──という事ですね。

 現在の科学でも時折触れられる問題だと聞きました。同じ細胞を持つクローンは、果たして元の生物と同一の存在であるのか……。

 そういった倫理、あるいは心理的問題を孕むという事です。


「私の考えとしては、出来て『娘の形をした動く人形』が精々だと思うけれど。……果たして、そんな自我があるとも言えない、自分が想像出来うる範囲でしか動かないような人形は、『娘』だと言えるのかしら?」


「…………」


「話を逸らしてしまってすみません。続きをお聞かせ願えませんか?」


「は、はい。……栄犠さんは明百合ちゃんを錬成すると周りに言いふらした日から、家に籠って誰とも会わなくなってしまいました。外出せず、生きているかどうかすら確認出来ない有様で……」


 そんな日々が五ヶ月ほど続いたある日、栄犠さんは突然外に出てきたそうです。

 その有様はまるで浮浪者のようで、しかし瞳だけは爛々と輝いていたとか。

 彼は町の人達から差し入れられた食事を貪りながら、一心不乱に家具や研究道具、素材などを森へ持ち出し、森の中に家を建てて暮らし始めたそうです。


 心配そうに見つめる町の人達に対しては、「私は研究に一生を捧ぐつもりでいる。今まで作った機械人形オートマタの整備は受け付けるが、それ以外の時は近付かないでほしい」と言い残したと。


「以来、あの人はずっと森の中で暮らしている……という訳です」


「なるほど……。話してくださり、ありがとうございます」


「こちらこそ長話になってすみませんねえ。……ただ、こんな有様ですし、ちゃんと会えるかどうか……」


「確かに、少し難しそうな気がしますね……。白咲さん、どうしましょう?」


 僕が尋ねると、白咲さんは少し考えてから女将さんに一つ質問をしました。


「『機械人形オートマタの整備は受け付ける』と言い残したのなら、整備を依頼する方法を用意している……という事ではありませんか?」


「え、ええ。仰る通りです。栄犠さんは一週間に一度、食料の買い出しに機械人形オートマタを町に向かわせるんですが、何かあった時は、その機械人形オートマタの籠に手紙を入れる決まりなんですよ。確か、明日が丁度その日ですわ」


「と、いう事は……」


「私達の事を手紙に書けばいい、という事ですね? 分かりました」


 そこで話を終えると、白咲さんは早速手紙を書きました。

 彼女の筆跡はとても流麗で、もしかしたら高等教育を受けていたのかもしれないと僕は思いました。


 翌日、森からやって来た機械人形オートマタに手紙を預け、返事を待つ事二日。

『君達の訪問を心待ちにしている』という、栄犠さんからの手紙が届いたのです。

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