第三話『父親の情』

頁拾弐__噂話

 いらっしゃい。……突然ですが、紅茶はお好きですか?

 実は、丁度良い物を頂きまして。確か……アールグレイ、だったかな。

 癒しの効果があるそうなので、リラックス出来るんじゃないでしょうか。

 ……はい、すぐに淹れますね。紅茶を飲みながら、ゆっくりとお話しましょう。


 え? ……ああ、いえ。少し、思い出した事がありまして。

 白咲さんと旅をした時も、似たようなおもてなしを受けたな……と。

 まあ、その時に頂いた紅茶はこれではありませんが。

 ……そうですね、本日の話はこの時の事にしましょうか。



 ──────


 さて、これは南呑さんと別れてから三週間くらい経った頃の話です。

 彼から頂いた情報は……正直に言うと、噂話なだけあって殆どがデマでした。

 しかし、その中の一つにだけ不死者に繋がる物が存在しており、白咲さんは無事に不死者の討伐に成功したのです。

 この勢いのまま次で最後となる噂を確認しようと向かったのが、今回の話の舞台となる町になります。


 そこは工業で成り立っているらしく、町外れには乱立した工場の煙突が、常に煙を吐いていました。

 そのせいで空は灰色がかっており、僕は少し空気が汚れているように感じました。

 ……当時は公害という概念自体はあっても、積極的にそれを阻止しようとする人はあまりいませんでしたので。それも仕方のない事だったのかもしれません。

 流石に、現在は改善されていると思いますがね。


 話を戻しまして。宿屋にて、僕達に懐いた一人の幼子がいました。

 宿屋の娘であるというその子は六歳だと言っていたのですが、年齢の割には小さいように思えました。……もしかしたら、先程の件が関係していたのかもしれません。

 ともかく、寂しそうに一人で遊んでいるのが気になってしまい、思わず声をかけて一緒に遊んであげたら、その子はすぐに懐きました。

 村にいた頃はそうやって村の子達の面倒を見た事もあったので、その時の癖が出てしまったのでしょうね。


 しばらく二人で遊んでいると、白咲さんも少女に遊びに誘われました。

 最初こそ小さい子の相手が苦手だったのか、何かと理由をつけて断ろうとしていたのですが、少女の目が潤むと渋々と言った様子で参加していました。

 しかし、遊びに付き合っている時の白咲さんは、いつもより穏やかで優しかったのを覚えています。

 今思えば、あれは──いえ、この話はもっと先の出来事でしたね。

 しばらくお預けという事でひとつ。


 三人で遊ぶ最中、少女は様々な話をしてくれました。内容はこの町の事です。

 例えば、「斜め向かいの食堂はライスカレーが一番美味しい」とか、「近所に凄く意地悪な年上の男の子がいて、会うたびに髪を引っ張ってくるから嫌い」だとか、「今日もお母さんに怒られちゃった」、「いつかうちを日本一にしたい」など……。

 そんな他愛のない日常と舌足らずな口調が、とても微笑ましく感じられました。


「ねえ、旅人さんたちは、どうして旅をしているの?」


 その話の途中で、ふと少女がそう尋ねてきました。


「錬金術のお勉強のためよ。他の人の研究を見せてもらって、もっと腕を磨くの」


 白咲さんは他人に旅の目的に聞かれた時、常にこう答えていました。

 当時は、己の更なる研鑽のために各地の研究所や著名な錬金術師の元を行き来する錬金術師や見習いも多く、白咲さんの答えも説得力のあるものだったのです。

 彼女の答えを聞くと、少女は突然目を輝かせて身を乗り出しました。


「えっ、おねえちゃん錬金術師なの!?」


「……おねえちゃんも、って事は、この町には他にも錬金術師がいるのかい?」


 僕がそう聞き返すと、少女は元気良く頷きました。


「うん! 町のずっとずうっと奥の森に、ひげがもじゃもじゃのおじさんがいるの。お母さんが、昔のおじさんはとてもすごーい錬金術師さんだって言ってたんだけど、今は誰も見てないんだって。わたしも他の人のお話で知ってるだけー」


「……その話、もっと詳しく知ってる人はいるかしら?」


 少女の話に白咲さんが興味を示したのは、錬金術師だからではありません。

 南呑さんのメモの中に、『森に棲む謎の錬金術師』の話があったからです。

 メモの内容によると、『森の中、人目に付かぬ所で、非道の実験をしている』──との事でした。

 まあ、この手の話は結構あちこちに転がっていたものですが……。

 それでも、現地の幼子ですら存在を把握しているというのは、噂の真実性を高めるものでした。


「お母さんならもっと知ってると思う!」と少女が呼びに行ってから一分も経たないうちに、彼女の母親──つまりこの宿の女将さんがやってきました。


「忙しいのに、すみません」


「いえいえ。うちみたいな小さい宿に、忙しい時なんかありゃしませんよ。おかげで旦那も工場に出稼ぎに行ってる始末ですし」


 謙遜する女将さんに対し、白咲さんが「ところで」と例の噂の話を振りました。


「娘さんから『森の奥の錬金術師』の話を聞いたのですが……、どのような方なのかご存じでしょうか?」


「ああ、栄犠えいぎさんの事ですね。あの人は……とても気の毒な……」


「と、言うと?」


「これはいたずらに話していいものじゃ……。どうしてそんなに知りたがるんですか?」


 訝しげに見る女将さんに、白咲さんは少女に話したものと同じ理由を語りました。


「お会いする事が出来ないのならすぐに諦めます。ですが、訪ねた時に失礼があってはいけませんから。何か事情があるのであれば、今のうちに知っておきたいんです」


 白咲さんがそう言うと、女将さんも納得したのか「私も、そこまで詳しいわけじゃないんですけどね……」と前置きして話し始めました。

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