頁拾壱__回答
買い出しを終えて宿に戻った後も、僕は南呑さんの問いかけと忠告について考えていました。
何故、白咲さんと行動を共にしようと思ったのか。
彼女にどのような想いを抱いているのか。
……いつか訪れるであろう別れの先に、どうするべきなのか。
無意識のうちに逃げ回っていた問題に対して、どう答えを出すべきか──。
……ええ。おそらく、南呑さんが語った白咲さんの実像は正しいものでしょう。
彼女はとても強い人でした。不死者との戦いだけではなく、心に関しても。
そこに僕のような者が入り込む余地などあるはずもなく、むしろ足手纏いに近いのかもしれません。
それなのに、何故僕は彼女と共に在りたいなどと、不相応に思ったのか……。
どれだけ考えても、やはり答えは出ませんでした。
その時、白咲さんは情報収集に出かけていたので、部屋には僕一人だけでした。
布団に寝転がって天井を眺めていると、ふと「白咲さんにも、こうして一人で天井を眺めた夜があったのだろうか」と思いました。
実は、僕には眠れない夜に仰向けで天井を眺める癖がありまして。
そうしているうちに、悩みや不安といったもやもやした気持ちが上へ上へと昇っていき、天井も突き抜けて、遠い空の果てにまで飛んでいくように思ったものです。
しかしそれは同時に、「己はもう家族のいない天涯孤独の身である」という孤独を再認識する瞬間でもありました。
何故なら、この癖は両親を亡くし、独りになった時から始まったものだからです。
気楽に相談出来る相手もおらず、ただ一人で耐えるしかないというのは、想像以上に辛いものでした。
……だから、もしも仮に、彼女もそうだとしたら?
本当はただ強がっているだけで、本当は僕と同じように……普通の人間のように。
静寂の中で孤独に震える夜が、彼女にもあったとしたら?
……はい、これはただの憶測にすぎません。
見当違いかもしれませんし、恥知らずにも『孤独』と言う共通点から、彼女に対し自己投影していたのかもしれません。
だとしても、ずっと孤独を背負い続ける彼女に対して、僕は──
ようやく答えの糸口を掴みかけた、その時でした。
「ちょっと、春君?」
「えっ!? あっ、白咲さん!?」
白咲さんが顔を覗き込んできたので、僕は驚いて仰け反ってしまいました。
「どうしたの、ぼうっとして」
「少し考え事を……」
「そう」と一言返しただけで寝支度に入る白咲さんに、やはり先程までの考えはただの見当違いなのではないかと思ったまま、僕も眠りにつきました。
──────
──僕は、あの日の夢を見ていました。
旅に出たその時から、何度も繰り返し見ていたものです。
全て違わず、鮮烈に、一分の狂いも無く。未だ、目蓋を閉じれば思い浮かびます。
それは、月光に照らされた彼女の姿。
風に舞う灰と共に、すぐさま崩れ去ってしまいそうな儚さと、愁いを帯びた顔。
優しげな月明りと同じ優しさを秘めているはずなのに、その瞳は虚ろに見えて。
過酷な戦闘で勝利したのにも関わらず、瞬きの間に消えてしまいそうな──
……あの時、もしもこの手を伸ばさなければ。
実際にそうなっていたのかもしれません。だから、きっと、おそらくは。
貴方から、他人から見れば、取るに足らない理由かもしれませんが。
僕はただ、白咲さんに消えてほしくないと──これ以上、孤独であってほしくないと感じたから、共に旅をしたいと思ったのです。
例え、白咲さん自身がその孤独に対して、何も感じていなかったとしても。
僕が側に居るだけでは、その孤独が癒せないのだとしても。
この独り善がりが許されるまでは彼女の隣に居たいのだと──そう思ったのです。
そこで、僕は目を覚ましました。
眠る前の悩みは全て吹き飛び、一転して気が楽になりました。
大層なものでもないですが、これで良いのだと自分が納得出来たからでしょうね。
今すぐ結論を伝えたかった僕は、先に目を覚まして旅立つ準備をしていた白咲さんに許可を取り、急いで南呑さんに会いに行きました。
「あの……っ! 僕、ようやく分かったんです。自分が、どうしたいのか……!」
「……そうか。答え、聞かせてくれよ」
「僕は、白咲さんを独りにしたくありません。だから、最後まで一緒にいます!!」
彼は答えを聞いてしばらく呆気にとられた後、何故か頭を抱えてしまいました。
……いや、おそらく今の僕も同じような反応をするとは思いますが、これも若気の至りという事で……。
「……はあ~~っ……まさか、そこまで救えねえ馬鹿だったとはなあ……」
「えっ……やっぱり、こんな理由じゃ駄目ですかね……?」
「そうだなあ、俺の忠告も完っ全に無視してるしなあ……」
ぼやく南呑さんを不安そうに見ていると、彼は僕の頭を乱暴に撫で回しました。
「まあ、それでお前が納得するならしゃあねえか! ただ、そこまで言ったからには男らしく貫けよ!!」
「はい!」
背中を叩かれ背筋が伸びた僕に、「じゃあこれは餞別だ」と南呑さんが四つ折りのメモを渡しました。
メモには、連続誘拐や殺人事件など──そう、白咲さんが不死者探しに使っている情報が書き連ねてあったのです。
「あくまでも噂だから、精度までは保証しねえがな。ま、使えるなら使ってくれや。白咲によろしくな」
「何から何まで……。本当に、ありがとうございます!」
「おう、頑張れよー!」
南呑さんと別れて走り出した僕は、町の出口で白咲さんと落ち合いました。
「もういいの?」
「はい、伝えたい事は全て言えました。……あと、これは南呑さんからです」
貰ったメモを渡すと、それを見た白咲さんは少しだけ……本当にほんの少しだけ、微笑んだように見えました。
「……そういう所も、相変わらずなのね。これは有効活用させてもらいましょうか」
メモを仕舞い、いつもの無表情に戻った白咲さんは、一度も振り向かずに町を後にしました。
「行きましょう、春君」
「はい!」
そして、僕達は二人で歩き出しました。
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