頁玖__銀弾

 南呑さんから紹介された宿で、僕はいつものように白咲さんに質問を……。

 え、部屋割りですか? いつも同室でしたが……。

 えっ、あっ、いや、全然、何もありませんでしたよ!?

 ええ、本当ですとも! あくまでも宿代の節約のためですから!

 変な勘繰りしないでくださいよ、まったく……。


 こほん、話を戻しまして。……僕はいつものように、白咲さん質問をしました。


「あの、今まで聞きそびれていたんですが……。どうしてあの時、判道さんを殺……ではなく、倒せたんですか? 『死なない者』と書いて『不死者』なら──」


「殺せるのは矛盾している、と言いたいのね?」


「はい」と頷くと、白咲さんは説明の仕方を考えているのか、しばし沈黙しました。


 ……ちなみに、判道さんの一件からこの町に至るまで、他の不死者と遭遇した事はありませんでした。

 いえ、ただ闇雲に探していた訳ではありません。

 彼女は『噂』……例えば、誘拐事件や連続殺人などの噂を元に不死者を探していました。

 しかし、その頃は『とある村の洋館にあった無残な死体達と消えた犯人』の話題で持ち切りで、特に目ぼしい情報がなかったのです。


 なので、白咲さんのストレスにならないよう、不死者にまつわる質問は避けていたものの……。やはりどうしても気になって、尋ねてしまった訳です。

 まあ、白咲さんは特に機嫌を損ねていなかったので、僕の杞憂だったようですが。


「そうね。長い話になるから、ある程度掻い摘んで説明すると……『錬術』という言葉が示すように、かつての錬金術師達は金の錬成を目指していたわ」


「……主に、ですか?」


「ええ。彼らは金を『完全な物質』と定義して、それを得る方法を長年探し続けた。現実に……物理的に黄金を求めた人もいれば、己の肉体や精神に完全の概念を求めた人もいた。これが、物理的錬金術と概念的錬金術が分かたれた理由ね」


「なるほど……。でも、それが不死者の件とどう関係するんですか?」


「関係するどころか、ここが肝よ。……彼らは、金という『完全な物質』の一歩手前にあるのは銀だと定義したの。『完全からは一つ欠けた物質』であるとね。つまり、これは純化の逆。純水に墨汁を一滴垂らすようなもの」


 要するに不死者という『完全な存在』に対し、銀の弾丸という『一つ欠けた物質』による傷を負わせる事で、完全を不完全へ……殺害が可能な状態へと変化させる事が可能になるのです。

 この時、銀の弾丸は貫通していても体内に残っていても同じで、ただ『一つ欠けた物質による傷』という結果のみが大事なのだとか。

 この点は錬金術というよりかは、まるで魔術のようですよね。

 白咲さん曰く、不死者の成り立ちには魔術的作用も少なからず含まれているので、こんなに明確な『弱点』が存在するそうです。

 以上の事を説明した後、白咲さんはこう締め括りました。


「……と言っても、私の説明も受け売りに過ぎないわ。この理論は、私がかつて所属していた秘密組織──『不死者総滅隊ふししゃそうめつたい』の長が編み出したの。これも元は彼が考案した物だそうよ」


 そう言うと、白咲さんは懐から一個の弾丸を取り出しました。

 銀色に輝く表面には細やかな刻印が施されており、一目で普通の弾丸ではない事が分かりました。


銀の弾丸シルバーブレッド──異国では、『切り札』の意味もあるそうね。確かに、これは私達の切り札よ。……ただし、この弾丸に使われている素材や加工技術は特別なもので、並の錬金術師なら一年に一つ錬成出来ただけでも上出来、という代物なのだけれど。私も、ここまで完璧な物を作れるかどうか……」


 今思えば、あの刻印は不死者討伐のための術式陣じゅつしきじんだったのかもしれません。

 改めて、僕はそこまでして不死者を殲滅せんとする白咲さんと、彼女がいたという秘密組織の執念に身震いしました。


「そ、そんなに貴重な物だったんですね……」


「ええ。だから、無駄遣いは出来ないわ。これは確実に息の根を止める時か、窮地を切り抜ける際にしか使えない切り札。……組織がなくなった今、補充も出来ないから気を付けないと……」


「組織が、なくなった……?」


 気になった発言をオウム返しすると、今度は彼女の逆鱗、と言うより弱点、あるいは心の傷に触れてしまったようで、突然殺気の籠った目で睨みつけられました。

 僕は慌てて何度も頭を下げましたが、白咲さんが「何でもないわ。八つ当たりしてごめんなさい」と逆に謝罪してきたので、つい呆気に取られてしまいました。


「……もう遅いわ、寝ましょう。おやすみなさい」


「はい、おやすみなさい……」


 灯りが消え闇に包まれた視界の中、僕はぼんやりと先程の白咲さんの様子について考えていましたが、いつしか眠気に負け、すっかり寝付いてしまいました。

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