第二話『旅の理由』

頁捌__旧知

 おや、今日も来たのですね。ご予定の方は──え、しばらくは麓の街で過ごす? 家族にも話してあるから大丈夫?

 ……何と言うか、準備が良いですね……。それ程までに、彼女の話を聞きたかったのですか。

 ええ、嬉しく思ってますよ。あの後も、彼女はこんなにも──


 ……いえ、今はこちらの話が先ですね。幸いにも、まだ僕の時間は残っているようですから。

 悔いを残さないためにも、出来る限り彼女との思い出を語りましょう。


 先日は僕と白咲さんが出会い、共に旅立った所まで話しましたよね? ……ああ、良かった。

 流石にこの歳になると物覚えも悪くなってしまいますから、一応の確認です。

 では、道中の些細な出来事はある程度省いて……特に印象に残った部分、あるいは外せない部分だけを語りましょうか。


 という訳で、今回は外せない部分──前の白咲さんを知る人物との出会いと、僕が彼女と旅をしようと決意した理由を自覚した時の事をお話しします。



──────


 あれは旅を始めてから、およそ一ヶ月は経った頃。

「動きやすいから」と白咲さんに買っていただいた洋服にも馴染み、野宿のやり方や旅宿の選び方、買い出しの際の値切り方……そんな旅の心得も覚え、僕も一端の旅人らしくなっていました。

 ですが、これらの心得は主に隣で見聞きして覚えたものであって、白咲さんが一々教えてくださった訳ではありません。

 錬金術に関しても、僕が何か質問をした時は答えてくれますが、それ以外に何らかの指導が入る事はありませんでした。

 旅立つ前の宣言通り、一度として弟子と扱われた事はないのです。

 あくまでも、『ただの旅の同行者』──それが、僕達の関係でした。


 そんなある日、情報収集と休憩のために立ち寄った町で、急に白咲さんの肩を叩く人物が現れました。

 彼は当時としてはかなり珍しい金髪の持ち主であり、橙の目も合わさって、まるで太陽のような人でした。

 彼は白咲さんの肩を軽々しく抱くと、彼女の頭を乱雑に撫で回しました。

 本当に唐突な出来事だったので、白咲さんも対処出来なかったのでしょう。

 しかし仮にそうだとしても、怒りもせずされるがままの白咲さんに少しだけ驚いてしまったのを覚えています。


「なんだよお前、来るなら手紙なり電報なり寄越せよなー!」


「貴方がこの町にいるなんて知らないのに、出来るはずもないでしょう?」


 我慢の限界が来たのか、彼の手を払いのけると白咲さんはと彼の整った顔を睨みつけました。


「……まったく、突然絡んでくるのは止めなさい。そういうの、自重した方が良いと言ったでしょう?」


「悪い悪い。久々だったし、こんな所で出会えると思ってなかったからつい、な!」


「あ、あの……白咲さん。この方は?」


 間に入っていいものか迷いつつ、それとなく尋ねると、


「ああ……。彼は南呑夬留なみのかいと。私と同じ錬金術師よ」


 と紹介してくれました。


「おう、よろしくな後輩!」


『後輩?』


 突拍子もない発言に白咲さんと二人揃って首を傾げていると、彼はニヤリと笑って言いました。


「だって、そうだろう? 俺もかつては、白咲と一緒に旅した仲なんだからな!」



──────



「立ち話もなんだし、そこで話そうぜ」と近くの食堂に入り、それぞれ注文を終えて落ち着くと、南呑さんは改めて自己紹介をしてくださいました。


「一応、俺からもきっちりと名乗っとくか。俺の名は南呑夬留なみのかいと。母が独逸ドイツ人、父が日本人の混血児だ。この輝かしい金髪も、何を隠そうお袋譲りなんだぜ」


「なるほど……それで……」


 混血児……ええっと、今は『ハーフ』と言うのでしたっけ。

 当時は開国してから半世紀ほど経った頃でしたが、それでも彼のようなハーフの方は珍しい存在でした。

 少し日本人離れした顔立ちと地毛の金髪も相まって、より目立った事でしょうね。


 しかし、南呑さんは町によく馴染んでいるようで、食堂でも何人かと親しげに挨拶を交わしていました。

 彼の明るい性格と人好きにする態度が、その理由だったのかもしれません。

 何せ、初対面で緊張していた僕も、すぐに親しく話せるようになれたのですから。


 しばらくの間、三人で──と言っても、主に話していたのは南呑さんだけでしたが──雑談をしていると、ふと南呑さんが僕に話しかけてきました。


「ま、俺が言うのも何だが……アンタも随分な物好きだな? こんな無口で無表情で無愛想な、正に無い無い尽くしの女と旅するなんてさ」


「ちょっと、聞こえてるわよ」


「聞こえるように言ってるんだから、当たり前だろう?」


「……春君かずくん、彼は放っておいても勝手に喋り続けるから相手しなくてもいいわよ。そこら辺の雑音だと思いなさい」


「はあ? お前が極端に無口すぎるだけだろうが。なあ?」


「あ、あはは……」


 二人の遠慮も容赦もない掛け合いに、僕はただ困り果て愛想笑いを浮かべる事しか出来ませんでした。

 え? ……ああ、言い忘れていましたね。


 『春君』と言うのは、白咲さんから頂いたあだ名のようなものです。

 彼女曰く、「一々『春成君』と呼ぶと長くて面倒でしょう?」──だそうで。

 今でも親しい人にはそう呼ばれています。

 貴方も、もしも良ければ……すみません。話が逸れてしまいましたね。


「その、ところで……南呑さんは今、何をなされているんですか?」


 少し剣呑な雰囲気になりそうだったので、話を逸らすべく質問をすると、南呑さんは空の皿にスプーンを置いて答えました。


「この町で便利屋みたいな事をやってんだ。ここは大都会って程じゃあないが、かと言って辺鄙な田舎でもない、丁度良い感じだろう? おかげで大繁盛さ」


「へえ、凄いですね」


「だろう? お前らも何かあったら相談に乗ってやるぜ。勿論、貰うもんはきっちり貰うがな!」


「貴方、本当に変わらないわね」


「お前もな!」


 南呑さんはしばらく豪快に笑っていましたが、食事が終わってお開きになりそうな空気になると、急に真面目な顔になって白咲さんに問いかけました。


「なあ、白咲。──お前の旅は、まだ続きそうなのか?」


「…………当分の間は」


「そうか」


 相槌を打った次の瞬間にはまた明るい笑顔に戻っていたので、まるで一瞬だけ見た夢のようでした。

 ですが、今なら分かります。おそらく彼はその事がずっと気がかりで、それだけを聞くために食事に誘ったのでしょう。

 ……ただ、どう切り出せばいいか迷っていただけで。

 今考えると、僕の存在は邪魔だったのかもしれません。悪い事をしました……。


 ともかく、その後は格安だけど良い宿や、旅人相手にも吹っかけたりしないお店の情報などを教えていただき、その日は別れました。

 彼の愉快な様子は──そう、ムードメーカー。正にそんな存在でした。

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