頁漆__旅立
その後、応接間に移動すると、白咲さんは最初に自身の左腕を取り付け、次に僕の怪我を錬金術で治療してくださいました。
治療の最中、「どうしてあそこで逃げなかったの?」とか「生き急ぐような真似は止めなさい」と言ったお叱りは受けましたが……。
まあ、これは明らかに僕が悪いので、全て甘んじて受け入れました。
「……治療はこれでおしまい。一応全て治っているとは思うけれど、心配なら医者に診せなさい」
「痛みもないですし、大丈夫だと思います。……あの、白咲さん」
「今回の事は全部忘れなさい。もしも難しいのなら、手荒な方法で『忘れてもらう』事も──」
「いえ結構です! ……でも、本当に忘れないと駄目ですか……?」
僕の問いかけに、白咲さんは少し怪訝そうにしながらも言いました。
「だって、見ていて気分の良いものではなかったでしょう? それに、私にとっては憎き不死者であっても、この村に住む貴方達にとっては違うはず。だからと言って、謝罪や罪滅ぼしを求められても困るけれど……」
気まずそうに目を逸らす白咲さんに対し、僕は感謝を込めて、
「いえ、彼がどれだけこの村で善行を積んでいても、あの所業や本性が許される訳ではありません。……凶行を止めてくださり、ありがとうございました」
そう告げ、深々と頭を下げました。……ええ、もちろん本心からです。
もしも白咲さんがこの村に訪れなければ、被害者は更に増えていた事でしょう。
僕も失意のまま、無駄な努力をし続けるだけだったかもしれません。
……まあ、どの道『もしもの話』ですから。
本当にこれで良かったのかまでは、きっと誰にも分からないでしょうね。
「そう。……優しいのね、貴方」
ぽつりと呟く白咲さんの姿は、どこか安心したように見えました。
「どうか、貴方はずっとそのままでいてね。そうすればきっと、いつかは素晴らしい錬金術師になれるはず。──さようなら、春成君」
不意に雲の隙間から柔らかな月光が差し込み、彼女を照らしました。
返り血が灰と化したのか、零れ落ちたそれが風に舞うと、光を反射して輝いて。
その様子はとても美しかったのに、何故かとても儚く感じられて──
「あの! 僕も……僕も貴女の旅に同行させてください!!」
気が付けば、そんな事を口走っていました。
「……どうして?」
僕もつい勢いで言ってしまったので自分で自分に驚いていたのですが、白咲さんもいつもの無表情を崩すほどに驚いていました。
不可解なものを見るような、疑問に満ちた感じです。
「言っておくけれど、貴方の師匠にはならないし、なれないわよ。それに、私の旅は復讐の……私の手足を切断し、弄んだ不死者を殺すための旅。どう考えても、貴方が得をするような事なんて微塵もないはず」
……ええ、はい。『どうして』と問われても特に明確な答えはないですし、何らかの打算があって同行を願い出た訳ではありません。
ただ、それでも今は、彼女と出会えたこの奇跡を逃したくはなかったのです。
何度か押し問答を繰り返すと、とうとう白咲さんは折れてくれました。
「……仕方ないわね。そこまで言うのなら、私の旅が終わるか、貴方の気が済むまで付き合ってあげる」
差し出された右手をしっかりと握り、僕は彼女と握手を交わしました。
「よろしくね、春成君」
「はい! よろしくお願いします、白咲さん!」
僕は急いで家に戻って旅支度をすると、軽い書き置きを残して村を出ました。
こうして、僕と白咲さんの長いようで短い旅は始まったのでした。
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