第6話 鍵を解く 〜解放〜

『矢野!!』



五年間名乗ることもなかった

懐かしい名前をやっぱり先輩は

知っていた



でもどうして‥‥

今になって‥‥



涙でぐちゃぐちゃな視界を

目的やあてもなく走るせいで息があがる



逃げたくないのに

現実を受け入れられない私は

どうしようもなく恐くて

足を止められない




『矢野!!』



「ツッ!!」



小さい私が

すぐに捕まるのなんて分かってる。

でも、心はまだ追いついてないの

だから‥‥‥‥‥




掴まえられた手首が

ゆっくりと後ろに

引き寄せられたらおしまい



大好きな先輩の腕の中に収まり

逃げようとする私を包んで離さない




「瀬木さ……お願い……離し‥て」



『落ち着いて‥

 大丈夫‥‥大丈夫だから』



「ヒック………ヒッ……」




私にしてみたら

全然大丈夫じゃなくて、

もう今後一緒にいられなくなる恐さで

涙が止まらない




『ごめん、混乱させて。

 でもさっきの課題の答え見て

 もう知らないフリするの

 限界だった‥‥‥』



課題……?



溢れる涙のせいで

綺麗な白樺の世界が歪んでく。



突然訪れたことと

走ったせいなのか

呼吸がどんどん

出来なくなる



「ハァ……ハァ……苦し‥‥ハァ」



『矢野………や……の?‥‥おいっ!!』




どうしよ‥‥

息が‥‥できな‥‥



アシスタントの仕事も

楽しくなってきて、

このままお互い知らないままで

いられたらって思った時もある



でも

しまっておいた思いは

自分が思うよりもずっとずっと大きくて、

たった一言で簡単に壊れてしまうほど

もろかったのだ



先‥ぱ‥‥い

ごめ‥‥なさい‥‥



「ツッッ!!」



意識が途切れる瞬間

私の体に送り込まれる酸素に

苦しくて辛い私は抵抗もできず

だんだんそれを受け入れ始める



手や足も酸素不足で

痺れ出しているのに、

息を送り込まれているその場所が

一番痺れていった



綺麗な顔を悲しそうに歪ませて

私に何度も優しく息を送り込む姿に

どうしようもなく涙が溢れる







『‥‥このままでいいから聞いて』



唇がゆっくりと離れた後

瀬木さんはホッとしたのか

力強くもう一度私を抱きしめる



呼吸が落ち着くまで

ずっと何も言わずに

背中を撫でてくれている‥‥



あとわずかな時間でも

ここにいられる幸せを

瞳を閉じて感じてしまうものの

涙が溢れる



瀬木さんは

私を膝の間に抱き抱えると

一緒に白樺の木を背にもたれた。



『立花が話してくれるまで

 本当は待とうと思った。』



優しい手が

私の頭を何度も撫でてくれている。




『五年前

突然いなくなった矢野の事が

ずっと忘れられなかった。』



ドクン



『初めて図書館でその子を見た時、

 大事なものを見つけた時くらい

 嬉しそうに本を眺めていてさ‥‥。

 それから話す機会もなかったけど、

 いつも図書館で本を読みながら

 表情をコロコロ変えてる子が気になって

 なんとなく遠くから見てた』



…………先輩が私を‥見てた?



見てたのは私じゃなくて

私と出会う前から?



涙が溢れる目元を

綺麗な指が丁寧にそれを拭ったあと

瀬木さんが少し笑った気がした



『その子とやっぱり話してみたくて

 読み終えたあの前編の本を

 自分から声かけて

 渡したのを覚えてる?』



私が初めて先輩を知ることになった

出来事が頭に浮かび

小さく頷くと

涙がどんどん溢れ

瀬木さんの指がまた拭っていく



『あの時真っ赤な顔して

 嬉しそうに本を

 大事に胸に抱えた子を見て

 ああ‥俺‥この子のこと

 好きだって思った』



えっ?



好き………って

先輩‥‥‥なに‥言ってるの?



『やっと気持ちに気づけたのに

 いなくなる前日に言われた言葉に

 相当へこんだ。』



ズキン



やっぱり

先輩を物凄く傷付けていたことに

申し訳なくて胸が苦しくなる




『次の日会って

 もう一度ちゃんと話そうとしたら、

 二度とそこに矢野は来ることはなくて、

 後から転校したって分かっても、

 また明日来るんじゃないかって

 図書室でずっと君を想ってた。』



自分が言った何気ない一言が

一番大切にしたかった人を

とても苦しめてたのに、

私は逃げてばかりだったんだ



先輩はずっと思ってくれていたのに

ツラくて忘れたい自分のことばかりで、

身勝手な時間を過ごしていたのが

恥ずかしくて情けない




『立花‥‥伝えたいことがあるから

 聞いてほしい。』



ドクン



もう駄目だ……

きっとクビになり

何処かへ行けと言われるだろう



先輩は最初から

矢野 日和と知っていて

一度も責めることなく

何も言わずに側に置いてくれていた



そして、

私に大好きな本のことを

時間を割いてまで沢山教えてくれた。



いい思い出が出来たじゃない‥



これで………

本当に離れられる




罵声を浴びさせてくれても構わない。

優しい方がかえって別れがツラい





『俺は今でも忘れられないその子に

 ずっと変わらず恋してる。

 五年前言った言葉が本当なら諦めるけど

 違うというなら教えて欲しい』




えっ?



出ていけって‥‥言わないの?



顔も見たくないから

消えろって言わないの?



嘘ついて知らないふりして

あんなに沢山傷つけたのに‥



涙が溢れたまま俯いた顔を

キレイな手が包んで上を向かせると、

その先に泣きそうな顔が見えた



『‥‥好きだ』




「‥‥ずっと

 あの日のことを忘れない日は

 …なかっ…た。

 でも、私は子供で…ヒック………

 転校するしかなくて……辛くて

 先輩のこと忘れたくて………」



親指が涙を端に避けてくれるのに

全然涙が止まらない……



真剣に私に想いを伝えてくれたから

もっとしっかり伝えたいのに

先輩が優しい顔をしてるから

嗚咽が止まらず泣いてしまう





「‥大嫌いなんて……

 二度と‥ヒック‥‥顔も見たくないなんて

 嘘です。

 出会わなければ‥‥良かったなんて

 ……酷いこと言って‥ごめんなさい。」




『ん、分かってる。』




「私も……初めて会った…ヒック……

 あの日から先輩にずっと

 ………‥‥‥ずっと恋してます。」



五年経った今、

ようやく言えた言葉に

胸の中がすーっと軽くなり

重い鎖が切れていく




『やっと聞けた』



瀬木さんが私をそのまま引き寄せて

腕の中に閉じ込めれば、

小さな安堵の溜め息が聞こえた



軽くなった心と、

繋がった心が

この腕の中で

溶けてしまいそう



こんな私を

大切に思ってくれていたなんて

知らなかった



この腕の中に入る日が来るなんて

思ってもみなかった。



大好きでどうしようもない人に

思いを伝えることが出来るなんて

もっと思ってもみなかった。



瀬木さん‥‥

先輩‥‥

本当にありがとうございます




----------------------------------------




「…あの頃の先輩の彼女……

 素敵な人でしたね。

 私の憧れでした。」



あれから暫く何もせずに、

鳥の囀りを聞いたり

白樺の木々の間から差し込む日差しを

眺めていた私達



彼女を見て微笑む

先輩の笑顔が大好きだったから、

私は彼女の事が

一度も嫌いにはならなかった。



『‥‥彼女?……誰のこと?』



えっ?



驚いた私は、

瀬木さんの腕の中から抜け出す



「先輩あの頃、

 毎日図書室で彼女を待ってましたよね?

 ‥すごくキレイな人でしたから

 今でも覚えています」




『…………プッ……アッハッハ……』



えっ?

ええっ!?



なんで笑ってるの?

私何かおかしいこと言った?



不安になる私を他所に

こんなに声を出して笑う

瀬木さんを見るのが

初めてで驚いてしまう



『はぁ、残念‥‥‥あれは兄貴の彼女だよ』



「えっ!?………でも先輩、彼女が来ると

 嬉しそうに笑ってましたし

 二人でいつも帰ってましたよね?」



嘘でしょ‥‥

てっきり恋人同士だと思ったし

まわりの子たちもみんな

そう言っていたから信じてた。





『杏奈は生まれた時からの

 幼馴染みだから仲は良かったよ。

 心配性の社会人の兄貴に頼まれて

 男よけで登下校は一緒にしてたけど、

 まさか………勘違いしてた?』




「……………」



そんな………



どう見ても

お似合いの恋人同士にしか

見えなかったもん



とんだ勘違いをして

恥ずかしくて俯く私に

もう一度手がのびて頬を包まれる





『立花、キスしていい?』



ドキン



あまりにも目の前の彼が

嬉しそうに笑っていて、

顔が赤いであろう私は

色々な意味での恥ずかしさから

小さく頷くことしか

出来なかった




さっき呼吸が苦しい時に

塞がれたのとは違う優しい唇に

静かに瞳を閉じる



初めてでどうしていいか

分からない私は、

なかなか離してくれない先輩を前に

瞳を閉じるしかなくて、

緊張で体が震える






『立花、 ………もう逃げようとしても

 離さないからずっとここにいて。』




一度離れた唇が

もう一度長く塞がれて

私は震える手で

必死で先輩にしがみついた




もう

離れなくてもいいんだ…

あんな思いは大切な人に

二度とさせてはいけない



忘れようとしてた思いが

外に溢れ出し

全身に潤いが行き渡るように

温かさで満たされていく





『立花‥‥白樺の花言葉は

『あなたを待ちます』

 って言うんだよ。』



唇が離れた後、

耳元で囁かれたその言葉に

笑顔が出てしまう



裸足で飛び出した事に

お互い気付いたのは

それから暫く後のこと。



二人で汚れた服を見て

空気の澄んだ

空を見上げながら笑った



----------------------------------------



次の日




七時を過ぎても

起きて来ない瀬木さんに

寂しさもありつつ

カウンターで一人で朝食を食べていた



昨日は沢山色々な事があり

いっぱい泣いたから

寝れると思ったのに



瀬木さんと添い寝して

抱き締められて何度も交わした

口付けのせいで

むしろ寝られなかった。




『あら、立花さん暑いかしら?』



「い、いえ‥‥なんでもないですから、

 ほんと、大丈夫です!」



仲さんに伝わってしまうくらい

もしかしたら顔が赤いのかもしれない。





結局

私は長い間

先輩と彼女のことを

勘違いをしてただけで、

素直に気持ちを伝えれたのに、

言わなくてもいいことを言った

大馬鹿ものだ



「(離さないから……)」



あの言葉がずっと耳に残って

全く眠れない夜を過ごしたから

また寝不足だ‥



『立花さん食欲ないの?

 今日は全然食べてないじゃない。

 あら?一人だと寂しいかしら?』



「えっ?……あ、違います!!

 仲さんの料理はとても

 美味しいですから。」



『そう、ありがとう。』



心配させちゃいけないと

目の前のふわふわの

オムレツを食べ始める



夜中に喉が渇いて起きたときに、

離れの明かりがまだ付いていたから

瀬木さんきっと

遅くまで仕事をしてたと思う。



私のせいで

かなりタイムロスをさせてしまい

アシスタントとして反省だ。



カチャ



まさに瀬木さんがいる

部屋を眺めていれば

ちょうどドアが開いたので驚いた



「(ああ……やっぱり寝てない‥)」



ダルそうに欠伸をしながら

歩いて来る瀬木さんの綺麗な顔が

かなりの疲れを増してしまってしいる。



「‥‥おはようございます」



『ん……おはよ』



いつもと変わらない雰囲気のまま

瀬木さんは静かに

カウンターの椅子に座ったので

私は何も言わずにキッチンへと向かった




都内では暑くてのんびり

仕事が出来ないからと

瀬木さんはここに来てるのに、

アシスタントとして業務を

遅らせたことは

失格な行為だ



「どうぞ……何か食べられますか?」



熱いお湯でおとしたブラックコーヒーを

新聞に目を通す彼の前に置いた



眼鏡もかけたままだし……

まだどれくらいお仕事

残ってるのかな‥‥



『立花ありがと。

 座って一緒に食べよう。

 仲さんお腹すいたから

 パン焼いてもらえる?』



『はい、少し待ってて下さいね』



良かった……

今日は食べてくれるんだ。



昨日沢山無理をさせて

心配をかけてしまったから

すごく疲れてるはず



これからはもっと

力になれるよう頑張りたいな‥



瀬木さんが完食しただけで

とても安心した私は

片付けをしていた



いつもは言葉が足りない瀬木さんが、

昨日はあんなに私に思いを伝えてくれた



だから私は、

任された仕事をまずはきちんとやろう。

それが瀬木さんの願いだから。




それにしても眠そう…‥

大きな欠伸をしてる姿に

また倒れないか心配してしまう




シャワーに向かった瀬木さんが

いないうちに、昨日のように

ベッドシーツを変え終えた私は

二階の掃除も終えて

瀬木さんの仕事部屋を訪れた




『昨日の続きからやってて』



「はい、分かりました」



頭に置かれた手がくすぐったくて

恥ずかしくて俯く私。


昨日と同じなのに

どこか違う感情にまだ慣れない



『俺は少しだけ寝るから

 出来たら起こして』



そう言って眼鏡をはずすと

ベッドのシーツに潜った瀬木さん



良かった‥‥

本当に不規則でハードな

お仕事だからこそ

寝れるときに寝させてあげたいと思う



よし、

イメージトレーニング

今日も頑張ろう……



イメージトレーニングをすることで、

自分の考え方や欠点も

見えてきたから面白い



『立花』



「は、はい!どうかされました?」



デスクから顔をずらして見れば、

ベッドからこちらに向けられた

綺麗な顔に

ドクンと鼓動が高鳴る



『六問目やり直し』



六問目………?



「ツッ!!」



『おやすみ』



答えを見た私が

瀬木さんの方に視線を向ければ

小さく笑った後

瞳を閉じてしまった



昨日瀬木さんが言ってた事って

多分この事だ……



恋について考えていたら

あの五年前の事が色々出てきた



書いた記憶がないから

無意識に書いてしまったのだろう




"尾田先輩との悲しい思い出"



そう書かれた文字を

消しゴムで綺麗に消していく



昨日までは本当に

悲しくて切ない気持ちだったし

忘れちゃいけないからこそ、

あの気持ちはこのまま

大切に今度は胸にしまおうと思う



ここに来るまでには

辛くても私には必要だった

事かも知れない



将来の私に

出版社の仕事が

出来るかはまだ分からない



ただ


ダメでも大好きな本に関わりたい。

そういう思いで、北海道をでで

兄を頼りにここまでやってきた




和木さんや高城さんが来たら

色々お仕事のこと聞いてみようかな……




開けてある窓から

心地よい風が流れる部屋で

課題を悩みながらなんとかこなしていく



「(……とりあえずは出来たかな……)」



二十問をなんとか解いた私は

時計に目を向けた



まだあれから

二時間しか経ってない……



熟睡する瀬木さんを

二時間じゃさすがに起こせない私は、

大学のレポート資料の本を探しに

静かにあの本棚へと向かった



歴史といっても幅は広い



一年の時にはテーマがあったから

それの資料を大学の図書室で探して

何とか書けたけど、

纏まりが悪くて

評価はあまり良くなかった



二年目に出されたレポート課題は

海外の歴史という

アバウトな課題




何列目か過ぎたところで

見つけた洋書を手に取りながら

まずは国から決めないといけないなと

考え始めた




そう言えば

安藤くんレポート内容

どうするんだろう



歴史得意だって言ってたし

ある程度纏めるだけにして

帰ったら聞いてみようかな




風が木々の間を揺らしている音が心地よくて、

暫くそこで

気になる本を読んでいた





『‥ここにいた』



声がした方を見上げれば、

まだ少し眠そうな瀬木さんがいて

昨日のようにまた隣に座ってきた




『起こしてって言ったのに』



「ごめんなさい……

 瀬木さん寝不足だから

 少しでも寝てほしくて」




『立花は気を使いすぎ』



ドキン




駄目だ……


瀬木さんが側にいるだけでも

体温が上がるのに

抱き寄せられると心臓が騒ぐ



緊張している私の顎を

持ちあげられると

ゆっくり触れてきた唇に

読んでいた本を落とした




「‥‥んっ‥‥瀬木さ‥‥んっ」



瀬木さんの事は勿論大好きだけど、

昨日の今日で気持ちが

スタートラインに立てたばかりの私には

心臓がもたない



瀬木さんの手が触れる場所


優しく笑ってくれる時


コーヒーを飲みながら

新聞を読む時



そんなどんな小さな事でも

心臓がこんなにも高鳴るのは

たった一人だけ



「‥‥はぁ」



唇が解放されてすでに

顔が真っ赤であろう私を見て

クスッと笑った瀬木さんは

もう一度優しく抱き締めてくれた




『歴史の資料?』



「……すいません

 仕事中なのに探してしまって」



『敬語』



「えっ?」



『最初にも言ったけど

 もう使わなくていいよ。』



そんなこと

言われても………



肩に回された腕に引き寄せられた体が

瀬木さんにもたれかかる



『俺は立花の事やっと掴まえられた。

 だから立花も安心して

 いつも通りにしていいよ。』



瀬木さん……



瀬木さんの胸にくっついた耳元へ

私と同じような早い鼓動が届いてくる



あんなキスの後で

冷静で落ち着いてるかと思えば

鼓動の速さは同じで

何だか嬉しくなった




「私、普段通りにしたら

 言葉づかい悪いですよ?」



『クス‥‥そうなんだ。

 是非聞いてみたいね』



「瀬木さんのこと

 叱ったりするかも知れませんよ?」



『ハハッ‥それは楽しみだ』



「それに」



『立花はそれでいいんだよ』




瀬木さんはまるで

どんな私でも受け止めてあげると

言ってくれているようで

私は安心して

そのままその腕に包まれた



そんな穏やかな時間も束の間



仕事モードになると、

人格が変わったように真剣になり、

私が書いた答案に赤ペンの嵐が来て

思わず苦笑いしか出ない



前と違って、

瀬木さんが私にこうして

色々な顔を見せてくれる。



だから私も、

今の私を隠さず

瀬木さんに見せていきたい




『立花』



「なんです‥‥っと

 ……なに?」




顔を真っ赤にして

今の精一杯で答えた私に

声を出して笑った綺麗な顔



悔しいから

絶対沢山合格が貰えるように頑張ろう。




それから二日間


瀬木ゼミナールが

日中繰り広げられて

言葉だけではなく

色からの連想だったり様々な事を

学ばせてもらっている



『全然駄目』



『深く考えすぎ』



厳しい言葉を貰えば

デスクでもう一度悩んだり

資料を探しに行ったりした



だからこそ

悩んだ答えに近付けた時に貰えるマルは

相当嬉しかった



1週間が終わろうとしていた頃

瀬木さんも執筆が進まないのか

テラスに出て

珍しく煙草を吸ったりしていた



私には何もしてあげられないから

熱いコーヒーを淹れたり

今は一人にさせてあげたい時は

仲さんのお手伝いをした




『こんにちはー』



昼下がりに聞こえた声に

カウンターでカフェオレを

淹れてもらっていた私は

勢いよく玄関に走った




「高城さん、和木さん!!」



やっぱり声の主たちは

瀬木先生担当の高城さんと

和木さんだ



『こんにちは、日和ちゃん。』



相変わらず綺麗な高城さんは

いつものスーツじゃなく

ノースリーブの細身のワンピース姿



和木さんもTシャツに

薄手の半袖のシャツと

2人ともモデルのようで

いつもと雰囲気が違うから

ドキドキしてしまう



「早かったですね。

 突然でびっくりしましたよ。

 瀬木さんお仕事中ですけど

 呼んできますね」



『ああ、呼ばなくてもいいよ。

 多分今機嫌悪いだろうから』



えっ!?



荷物をどさりと玄関に置いた二人、は

リビングの方へ向かい

仲さんに挨拶をしていた



和木さん何で分かったんだろう……



『二人ともいらっしゃい。

 コーヒーでいいかしら?』



「仲さんお手伝いします。

 私運びますね。」



私は二人にソファに座ってもらい

淹れたてのコーヒーと

仲さん特製のロールケーキを出した




「本当に瀬木さん

 呼ばなくていいんですか?」



『いいよ、俺達前倒しで来たから

 アイツ今頃必死に書いてるだろうから。』



前倒しって………



そっか‥

高城さんたちが来るということは、

自動的に原稿回収に来たということだよね。



『スケジュールが合わなくて

 予定より早く来たから

 先生が怒ってるのは分かるのよ』



凄い………

長年の付き合いというのだろう


二人方が瀬木さんの事を

分かっているのが

少しだけ羨ましくなる



『はい、これ、お土産』



「わぁ、いいんですか?」



取っ手のついた大きな紙袋を

和木さんに貰って

中を覗いた



「重いと思ったら

 ……………お酒ばっかりですね」



『酷いなー日和ちゃん。

 ちゃんとチーズやハムも

 買ってきてあるから』



「……………プッ」



楽しそうに笑う和木さんにおかしくなって

私も一緒に笑ってしまった。

こんな明るい二人が大好きだなぁって。



あれ?

そう言えば部屋ってどうするんだろう



私がお兄ちゃんのいた部屋に

1人で今いるけど

そうすると高城さんたちが自動的に

ツインになってしまう



私が高城さんと

ツインになればいいのかな?





カチャ



「(あ………)」



タイミングよく

部屋から出てきた瀬木さんに

みんなが視線を向ければ、

綺麗な顔の眉間にかなり

皺が寄った状態



『よお、瀬木先生、気分はどうだ?』



『‥‥はっ?最悪』




私の隣に腰をおろした瀬木さんは、

二人を見ることもなく

瞳を閉じてしまった




「瀬木さんコーヒー飲む?」



『ん、甘めにして』




珍しくブラックじゃないなんて

糖分を体が求めてるのだろうか?



あれから仲さんは

街へ買い物に行ったため

キッチンでコーヒーの準備をして

食べるか分からなかったけど

一応ロールケーキも持って行った




『先生、原稿の進み具合はどうですか?』



『早く書かせるためにわざと来たんだろ?

 見え見えなんだよ、お前らは』



『そんなこと言わないで下さいよ。

 たまたまですよ、たまたま。』



美しい高城さんが綺麗な猛獣と

にこやかに戦ってる。



和木さんより恐いのはもしかして

笑顔の高城さんだったりして‥‥。




私が言葉使い汚いですよって

言ったのを許すのは

瀬木さんも締め切り前に

こうなるからだと思う



「あの瀬木さん」



瞳を閉じたままの瀬木さんが

ゆっくりと私を見る



『どうした?』



「あの、お部屋だけど、

 私が移動しないと

 高城さんたちツインになるから

 変わった方がいい?」



まだリビングに2人とも荷物あるし、

今ならシーツ変えたてだから

すぐにでも私は移動できそう



『コイツら付き合ってるから

 立花は気にしなくていいよ』



「…………ええっ!!?」



私の驚きように

瀬木さんも喉を鳴らして笑い、

高城さんたちにも笑われてしまった



だって………

知らなかったし

気づかなかった。



馬鹿なことを聞いて

恥ずかしくて仕方ない私は

顔を押さえて俯いた



「ごめんなさい」



美男美女でかなりお似合いとは

思っていたけど

恋人どうしだったとは……



『日和ちゃん、いいのよ。

 私たちも言ってなかった訳だし、ね?』



『そうそう

 第一先生が自分のことで

 いっぱいいっぱいで

 言わなかったのも悪いしな?』



何か……空気感が似ていて

二人ともやっぱり大人で

格好いい



二十歳の

幼児体型な私には

高城さんのような色気は

絶対出せない



瀬木さんも背が高くて

容姿も整って綺麗なのに

何故こんな平凡な私を選んだのだろう



『いつまでいるんだよ』



甘いコーヒーと

ロールケーキを食べる姿が

珍しい瀬木さん。


あとは表情もいつもみたいに

柔らかかったら、なおいいのに。



『とりあえず三日の予定。

 出版社というか俺たちはこれが限界だ。』



『ということで、先生宜しくお願いしますね』



『言ってろ』



ロールケーキを食べ終えた瀬木さんは、

立ち上がると仕事部屋へと

向かってしまったので

慌てて追いかけた



「瀬木さん?」



『ん?』



デスクに積み上げられた本や

印刷したであろう資料が

散らばるデスクを見た私は

そこに入るのを躊躇った



「あの‥‥

 締め切りまで三日しかないですし、

 今回は私のページを足すのは

 無理だと思います。」



『‥‥立花、こっちにおいで』




「せ、瀬木さん!?」



『疲れたから充電させて』




近づくと抱き締めるというよりも

もたれかかってきた大きな体を

支えることになった私



155センチ程しかない私に対して

180センチはある体はとても大きい



「瀬木さん……

 無理しすぎたら倒れるよ?」



背中を叩いてあやしていると、

瀬木さんは体を起こして

私を抱きしめてくれた



『立花に任せたいから』



ドクン





『ふーん』


『へぇ………そういうこと』



えっ?‥‥‥!!



聞こえて来た声に慌てると

ドアの入り口で

ニヤニヤしている二人と目が合った



「瀬木さん!!高城さんたちいるよ!?」



『ほっとけ』



こんな状況見られてて

ほっとける訳ないでしょ‥




強引に体を引き離した私は、

二人を部屋から押し出して

リビングへ向かわせた




どうしよう……



絶対見られたよね?

というか見てたし

ニヤついてたし

笑ってたし。



『日和ちゃんー

 いつの間に隼人と

 そんなことになってたの?』



未だに顔が

真っ赤であろう私は

二人の背中を押しながら

離れからの廊下を歩いてる



「和木さん!ち、違いますから!」



何とか元いたリビングに

連れ帰った私はすぐさま

二人に拘束されソファに連行された



『で?』



「……」




片側のソファに

大の大人が3人窮屈に座る時点で、

悪質な取り調べ感がすごい



『ま、何となく?隼人がまず

 マンションに女なんか入れる時点で

 おかしいなとは思ったけどな?』




『そうよね

 ハウスクリーニングも解約して

 なんとか側に置いときたい感が

 すごーくあったしね』






ここから逃げ出したいのに、

両腕に絡みついた腕は解かれそうもなく

私は何も言えないままだ




「そ、そうだ!!

 私、出版社のこと聞きたかったんです」



何とか話を変えなければと

身動きできない私は

ありったけの明るい声を出してみる



『ここまで来て出版社の話なんて嫌よ!!

 私は日和ちゃんの恋話が聞きたいの!!

 あのクールな瀬木先生が

 あんな甘い顔する相手があなたなの!!

 日和ちゃん、分かってるの!?』



「……‥‥分かりません」



ああ‥‥


この人たち話すまで

絶対離してくれない



両脇でギャーギャー騒ぐ姿は

さっきカッコいいと思えた二人とは

別人のようだ。



観念した私は、

さすがに恥ずかしいから

詳しくは話せないけど

少しだけ話した。



「はぁ……以上です。

 帰ったら出版社の話聞かせてください

 って…えっ!!」



大きく溜め息をついた私の肩に

今度は腕が巻き付き

その重さに体が潰れそうになる



『日和ちゃん!!

 隼人のこと見捨てないでね』



「そ、そんなことしませんよ!」



『あー先生の甘い恋物語早く読みたいわ。

 既に今回書いてたりして‥‥フフ。』



「…………」




この二人のテンションが

常に同じなことに気が付いた私は

恋人同士で再度納得した。



『そう言えば日和ちゃん、櫂は元気?』



「えっ!?

 お兄ちゃんのこと知ってるんですか!?」



あれから何とか腕から逃れて

向かい側に座った途端

和木さんから

お兄ちゃんの名前が出て驚いた



『知ってるも何も櫂は大学の同期だし

 隼人が執筆に詰まってたときに

 櫂を紹介したの俺だから』



お兄ちゃんの同期?



しかも大学も一緒!?



『ちなみに私も櫂君と仲いいわよ』



高城さんも!?



何だかもう知らなかっただけで

みんな凄い繋がりがあったんだね。



瀬木さんとの再会が

最初から仕組まれてたかのように

思えるほどだ。



夕食時



強引に仕事部屋から和木さんに

連れてこられた瀬木さんは

相変わらず機嫌が悪かった



『ほら、飲め』



『飲んだら書けないけど?』



『たまには付き合え』



和木さんが買ってきたのは

高そうな年代物の

白ワインとシャンパンだ




「瀬木さん

 後でお仕事のこと

 聞きに行ってもいい?」



『ん、いいよ、おいで。』



少しだけ不機嫌ながらも

私には優しく笑ってくれたのが嬉しくて

自然と笑顔になってしまう



『はいはい、

 甘い雰囲気出すのは

 俺らのいないところで頼むよ』



『だったらすぐ帰れ』



ほんとに瀬木さんにとって

この人達は大好きな人なんだって分かる。

あんな話し方してるけど

実際楽しそうだもん



これからもっと

先輩の沢山の表情を見たい。

五年分見れなかったから

今は素直にそう思えた



あれから高城さんたちは

部屋で飲み直すと

二階へ行ってしまい、

後片付けを終えて帰る仲さんを見送った



『飲みすぎた……』



「ふふ、和木さんに

 沢山飲まされてましたもんね。」



リビングに戻った私は、

ソファに項垂れて上を向く

先輩の姿に笑ってしまう




『立花‥‥部屋行こう』



「……ツッ……」



私は手を繋がれただけでも

恥ずかしくなるのに、

瀬木さんはお構いなしに

頭や頬に沢山触れてくる。



もしあの時気持ちを言えてなかったら

瀬木さんは黙って知らないフリをして

今も私を側に置いてくれてたのかな…




『はい、これが立花に任せたいページ』



寝不足と酔いで瞼が重たそうな

瀬木さんから渡されたものに

寝不足な私の脳も目が覚める



「…わぁ……凄く綺麗」



『そう?それ俺が撮ったんだ‥』



「瀬木さんが!?」



渡された写真は二枚で

一枚は早朝なのか

光が差し込む中に

映える白樺の木々



もう一枚は夜に同じ場所で撮ったのか

白樺の木々の間から満月が映し出されたもので

こちらもとてと綺麗な写真だ



「これをどうすればいいんですか?」



『巻頭と巻末に

写真を一面に載せるんだけど

そこに立花がイメージした

メッセージを入れてほしい』



「私が!!?」



巻頭巻末って

凄く大切な場所でしょ?





『イメージの練習しただろ?

 その感じで立花がこの絵から

 伝えたいことを

 素直に書けばいいよ』



「(さっき赤ペン

 あんなにつけられたのに?)」



『ちなみに今回は

 初めて恋愛物を書いたから

 参考までに読む?』



「読みたい!」



高城さん喜ぶだろうな。

まさか本当に恋愛物書いてたなんて

驚きだ。



『ククッ……分かったよ。

出来上がった分をコピーしてあるから

捲りながらで読みにくいけどどうぞ』



「嬉しい……

ありがとう、瀬木さん」



渡された分厚い束を胸に抱えて

大好きな相手にお礼を言うと

瀬木さんの温かい腕の中に

閉じ込められた



『変わらないな‥‥

 あの頃と一緒。やっと見れた。』



「‥んっ」




そのままゆっくりと触れた唇に

私も静かに目を閉じる



先輩とこうしてると

恥ずかしいけどどんどん安心感が

増していく



『‥はぁ‥眠い』



「‥‥じゃあ私部屋に行きますので

 少し横になってください。

 読んだら明日…わっ!!」



『何処に行くの?』



腕の中からすり抜ければ

今度は後ろから抱き締められて

耳元を掠める声に

電気が体中に走る



どうして触れられるだけで

こんなに私はドキドキするんだろ



『‥ここにいて』



ドクン



『ここで読めばいいから‥』



少しだけ抱き締める力が強くなり

私は恥ずかしさと緊張で

なんとか小さく頷いた



仕事の邪魔になると

いけないと思ったので

窓辺に座り

ベッドを背にもたれた




瀬木さんの作品を読むのは初めて。

そして初めての恋愛物なんて

もっと嬉しい‥‥




仕事のためにもしっかりと

読ませて頂きます



---------------------------------------------



静かな部屋に

瀬木さんのキーボードを打つ音と

私が時折捲る紙の音が暫く続き

私は次第に本の世界へと旅立った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る