第3話 嘘つき
「宿を気に入って頂きありがとうございます」
宿の女将が僕を部屋に案内しながらそう言った。部屋は和室で、既に布団が敷かれていた。長時間車を運転していたので、この気遣いはありがたい。
部屋のテーブルに腰を据え、僕はお茶の準備をしている女将さんに話しかけた。
「女将さん。聞いてもいいですか?」
「えぇ、なんでしょう?」
初老の女将さんは、やさしい顔で僕の質問を待っている。
「あの
「あぁ~。あれは、更正施設なんですよ」
そう言って、はっと気付いたように説明を加える。
「更正といっても、凶悪なものじゃなくて…何て言いうのかしら? 心を病んでいる人たちの社会復帰の訓練場所のようなんですよ。この辺りは自然も豊ですし」
だから安心してくださいね。と女将さんは言い、挨拶を交わした後、部屋を去っていった。
スマホを見ると、
そうだよな。いつも僕が悪いんだ。
そういうところが
この感情は罪悪感だ。
◇ ◇ ◇
勢いで戻って来てしまったが、
それでも僕は
「
白い影の様な姿が湖の前でたたずんでいるのが見える。そう彼女だ。昨日の僕と同じように、じっと湖面を見ていた。
優しい太陽の光が
「
彼女の本当の名前じゃないかもしれない。それでも僕は彼女の名前を呼ぶ。
でも彼女は僕の声が聞こえないのか、一歩また一歩と湖に足を進める。
僕は慌てて彼女の後を追いかける。夏だというのに湖の水は冷たい。それでも僕はバシャバシャと勢いよく水を跳ねのけ、
「
「よかった…」
水面は僕の腰のあたりまで来ていた。
僕は
「会いに来たよ」
「なぜ?」
「なぜって約束したから」
もっと気の聞いた言葉はなかったんだろうか? 僕は自分のセンスを呪った。でも、もう一度会いたかったのは事実だから。
「約束…?」
「うん。約束」
僕は果たせなかった長い間の約束を今、やっと果たせたような気がしていた。よくわからない感情が、止められない何かが僕を狂わせていく。
僕はそっと
だから僕は、
水が跳ねる音、
僕たちはこの地球上に二人きりであるかのように、二人でいることが当たり前のようにお互いを求め、深い口づけを交わした。
「大丈夫、僕はどこにも行かない。」
なんとも無責任な言葉が僕の口から吐き出される。
どこにも行かない? それは嘘だ。僕は嘘つきだ。
もうすぐ日が登り、観光客が現れる時間だ。少し落ち着いた
「もう、戻らなきゃ」
「えっ?」
「会いに来てくれてありがとう。そして…」
「そして、さよなら」
「なっ、何で?」
「あ…」
スマートウォッチを見ると、「
「私たちはいつもそう…、出逢わない方がよかったの」
「
僕は情けない。彼女を追いかけることも、
「また明日、ここで! 待ってるから!」
今度は僕が待つ番だ。
僕の声が
「守れない約束はしないで…」
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