4-22 後輩ちゃんは、お泊り会の緊張を隠せない
続けて、空っぽの学食。
窓からは斜陽が差し込み、ワックスの効いた床を
「ところで、陽花。明日ってなにか用事、ある?」
「いえ、特には」
「だったらさ、学校の準備が終わったら……
遊星は言葉がつっかえないように、それでいてイヤらしさを感じないように提案する。
「それって、前にお話してた……」
「うん、夕飯のお誘い。陽花も僕の料理、食べてみたいって言ってくれたから」
どことなく緊張した空気が、二人の間に漂う。
陽花も当然、家に千斗星がいないことくらい聞いてるだろう。
つまり、遊星の家に二人きり。前にお見舞いで来てくれた時とは、状況が全然違う。
最悪、断られても仕方ないとは思っている。再開してから四ヶ月経ったとはいえ、しっかりと恋人関係になったのはまだ一ヶ月だ。
花火大会の帰りにキスをしたのも、勢いみたいなもの。着実に進展が欲しいとは思ったけど、さすがにこのタイミングは急ぎ過ぎたかもしれない。早くも後悔に近い感情が沸き上がってくる。
でも賽は投げられた、投げてしまった。
だから遊星は引っ込めることはせず、あとは陽花の返答を待つのみ。すると……
「その件で、ひとつご提案なのですがっ!」
しばらく沈黙を貫いていた陽花が、えらく緊張した様子で口を開く。
「そのお誘い頂いた明日なんですがっ。……遊星さんのお家に、お泊りしたらご迷惑でしょうかっ!?」
「え?」
……え??
(…………え???)
こうして明日の夕飯デートは、withお泊りで決定したのである。
***
こうなってしまっては、体験入学準備の話なんてしてる場合ではない。
二日目の準備は終了した、それ意外に語ることなんてない。
学校の用事を済ませた二人は、夏の一番暑い時間にスーパーへと買い出しに向かった。
直射日光は危険、ということで陽花の日傘に入れてもらいながら。
「日傘の相合傘なんて新鮮だなぁ」
「いいですよ、日傘。遊星さんもぜひ持ち歩きましょう」
「うーん、でも変じゃない? 男の僕が日傘してると」
「大丈夫ですよ。遊星さんは可愛いので絶対似合います」
「……可愛いって関係ある?」
「あるに決まってます、これからは日傘男子の時代です」
陽花がすっと傘の外に出て、こちらにスマホを向ける。パシャリ。
戻ってきた陽花のスマホには、目を丸くした遊星の日傘姿が映っていた。
「はぁ……なんてワォなんでしょう」
「まったくわからない」
「この暑くて少し疲れた感じの表情が、なおさらワォです」
「これは悪しきワォだよ」
「ワォにネガティブな修飾語はつきません」
「度し難い」
くだらない会話をしつつ、スーパーに到着。野菜売り場から順番に、二人で目を光らせながら食材の物色をし始める。
あらかじめ陽花には今日の
もちろんサプライズでのお披露目も考えたのだが、アレルギーや嫌いな物を引き当てたら目も当てられない。それに陽花にも手伝いたいと言われてしまったからだ。
『手料理をご馳走していただけるのは嬉しいのですが……出来るまでの間、なにもせず待ち続けたら申し訳なさに潰されてしまいます』
人の家で料理ができるまで、ひたすら待つ。確かに陽花の性格を考えれば、しんどいのかもしれない。
陽花は尽くしてくれる女の子だ。黙って厚意を受けるのも据わりが悪いのだろう。だからいっそのこと、手伝ってもらうことにした。
それに最近は誰かと一緒に料理をする機会もなかった。
調理研究会にもノリで入ると決めたわけだし、ここで陽花と予行練習としゃれこむのも悪くないだろう。
「あれっ、遊星さん。ウナギなんて何に使うんですか?」
「ちらし寿司だけど?」
「……あっ、遊星さんのお家ではウナギを入れるんですね」
「そうだよ。言われてみれば、家庭ごとでレシピは少し違うのかもしれないね」
それからも談笑しながら食材を揃え、お会計を済ませた後は早々に自宅へ向かう。
家に着いたのは十五時。
予定よりだいぶ早く帰り着くことができた、夕食を作るにはまだ少し早いくらい。
クーラーの効いたリビングに入り、陽花とそこで一息つく。
冷蔵庫に食材を放り込むと同時、テーブルで休憩する陽花に麦茶をお出しする。
「ありがとう、ございます……」
「暑かったね、ゆっくり休んでて。クーラーが寒すぎたら言ってね?」
「はい……」
日傘があるとはいえ、炎天下の中を歩けば体力も消耗する。
陽花もたくさん汗をかいてしまったようで、出された麦茶も一息に飲み干してしまった。
タオルハンカチを取り出して、せっせと汗を拭いている。可愛い。
だが、そこで遊星はやらかしてしまった。
汗をかく陽花を気遣って、親切心で口にした言葉だったのだが……それが要らぬ誤解を生むことになった。
「陽花、先にお風呂入る?」
――今日の遊星と陽花は、至って普段通りだった。
昨日は陽花にお泊りのお願いをされた後、二人は会話もままならないほどに照れてしまった。帰り際にはほとんど会話もできず、また明日と手を振るだけで精いっぱいだった。
もちろん、陽花となら恥ずかしげな空気だってイヤじゃない。でもどうせだったら当日はいつも通り、彼氏彼女として仲良く過ごしたい。
陽花もきっと同じ気持ちでいてくれた。だから二人とも平常心を装い、いつもと変わりない態度でここまで来ることができた。
だが遊星の質問を、陽花は少し違った意味で解釈してしまった。
「お、お風呂、ですかっ……!?」
陽花が、ぽぽぽと顔を赤く染めていく。
彼氏の家でお風呂、というシチュエーションに陽花の平常心が揺らぎ始める。わざと頭の隅に追いやっていた、起きるかもしれない特別なコト。
まあまあ強い妄想癖を持つ陽花は、お風呂という単語を聞いて変なスイッチが入ってしまう。一方の遊星は冷蔵庫に食材を詰めるのに夢中で、そんな陽花の異変には気付けない。
「うん。まだ夕飯の準備には早いし、先に済ませておこうよ」
「先に、済ませる!?!?」
「さっぱりしてからの方が、気持ちよくできると思うし」
「あ、あわわわ……」
「それともお風呂に入らず、いますぐ始めちゃう?」
遊星がオープンキッチンから身を乗り出し、陽花に笑いかける。
無論、遊星は夕飯準備の話をしているだけに過ぎない。だがピンクな思考に捕らわれた陽花は、その質問が「いますぐか、風呂の後か」の二択を意味していた。
陽花だってそれを意識して来ていることに変わりはないが、さも当然のように迫られてしまい返答に窮する。
だが一方で遊星は、陽花が突然おとなしくなったことに違和感を覚える。しかも、こんなに顔を赤くして。
「陽花、大丈夫? 熱中症だったりしないよね?」
様子を見ようと遊星が近づくと、陽花はバッと椅子から飛び退いて後ずさる。
「だ、大丈夫ですっ! ただちょっと、いきなりで驚いたもので……」
「……そう?」
いきなりの意味はわからないが、とりあえず頷いておく。
「お風呂、先にいただいて来ます……ね? その間に、心の準備しておきますから……」
「そう? ごゆっくり?」
夕飯を作ることにどんな心構えが必要なんだろうと思いつつ、遊星はバスタオルを用意して浴室に案内する。
――そして陽花がお風呂から上がった後。
遊星が平然と夕飯の用意を始めたのを見て、なぜか陽花はどっと疲れた顔をして見せるのだった。
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