4-20 天ノ川遊星だって、たまには小悪魔にやり返す
「ご無沙汰しております、師匠」
「あ、師匠って本当に呼ぶんだ」
「当然じゃないですか、それとも神の方が良かったですか?」
「ぜひ師匠でお願いします」
苦笑する遊星に、颯は真っ直ぐな視線を返す。そんな二人に思わず口を挟んだのは、事情を知らない椎だった。
「……二人とも、仲いいの?」
「仲がいいってのとはちょっと違うよ、姉貴。俺が一方的に師匠を慕ってるだけだから」
「師匠に、慕ってる……?」
「色々あるんだよ、男同士には!」
「へ、へえ?」
弟の口から出てくる奇妙な単語に、椎がわずかに戸惑った表情をする。
それに颯が入ってきてからの椎は、視線をキョロキョロさせて落ち着かない。先ほどまで遊星を散々からかって来たのがウソのようだ。
(これは……きっと、あれだな)
遊星にも憶えがある。
家族と友達が顔を合わせた時にあるアレだ。
双方に取る態度が違うから、二人が一同に会した時どう振る舞えばいいかわからなくなる現象だ。
――友達といる時、自分の姉はこんな話し方をするんだ。とか、
――弟には結構大きい態度取るんだな、とか。
双方にそう思われるのがイヤで、ぎこちなくなってしまう。
そんなぎこちない態度を見られるのもイヤなので、結局口を閉ざさざるを得なくなる。そんな心境だ。
まさに椎の表情にも書いてある。
『颯には長いこと留まらず、さっさと帰って欲しい……』って。
だが椎の願いは叶わず、颯は気づかわしげに遊星へこう問いかける。
「それより師匠、姉貴がなにか迷惑かけてませんか? 家だと細かいことネチネチとうるさいので」
「ちょ、ちょっと!?」
家族が迷惑をかけてないかの不安。家族がその友達と顔を合わせた時の、あるあるな会話のひとつ。
遊星も一瞬は当たり障りのない答えを用意し、颯に微笑みかけた。……が、思い留まる。
――ぶっちゃけ、椎には結構迷惑をかけられている。
嫌いなわけではないし、好かれていることを嬉しくも思う。
もちろん遊星にも反省すべき点はあるが、最近のちょっかいはライン越えであるとも感じている。
陽花とのトラブルも直接的ではないとはいえ、椎の軽率な
……だったら、たまにはやり返してもいいのでは? そんなことを考えた。
「…………実は、椎にはとても困ってるんだ」
「ほ、本当ですか!?」
遊星がクソデカため息をつくと、颯が声を荒げ、椎の表情が凍り付く。
――きっと無難な答えを口にしてくれる。そう考えていた椎の額から、冷や汗が流れ落ちる。
「さっきもさぁ。服の中に指突っ込まれて、無理矢理に地肌を覗かれちゃって……」
遊星が深刻そうな表情で言う。すると颯が信じられないような表情で、椎に視線を向ける。
「姉貴っ!?
「ち、違っ……」
椎は否定しようとするも、思わず口ごもってしまう。遊星の言葉にウソはないからだ。
「それに僕の両親と顔を合わせた時も、付き合ってもないのに自分が彼女ですって名乗り出て……」
「ハ、ハア!? なんでそんな意味の分からないことを!?」
「わからない……僕と陽花が付き合ってるのを、妨害したいみたいなんだ」
「マジで言ってるんですか……」
自分の姉がガチの迷惑をかけていたことを知り、颯も深刻な表情をし始める。
「そ、それわぁっ……」
椎の表情は焦りと羞恥に染まって、すごいことになっている。
だが、もう一押しだ。あれだけやりこめられていた、椎の弱った表情に……背筋がゾクゾクしてくる。
心の中でニチャァと笑い、その嗜虐心を満たそうとトドメを口にする。
「颯くんには言ったけど、僕には彼女がいるんだ。でも椎はそれを知ってて、ほっぺたに……」
「あ゛ああっ~~~!!!」
椎が顔を真っ赤にしながら、半狂乱で叫び声をあげる。
「許してっ!
「あ、姉貴……」
颯はドン引きした表情で、自分の姉が頭を下げるのを見下ろす。
その謝罪こそが、真実であることの裏付け。
自分の姉が師を害そうとした、
「……いいよ、僕も悪かったんだ。椎の言っていた通り、僕がイジメがいのある顔をしてるのが悪いんだよね?」
「師匠にそんなこと言ったの!?」
「そ、そういう意味じゃなくてぇっ……!」
いつものクールな椎はどこへやら。好きな男にかけたちょっかいを家族にバラされ、恥も外聞もなく止めにかかる。
「ごめんなさいっ! これからは節度ある関係を維持するから!」
「まあ、椎がそこまで謝ってくれるならいいけど……」
「うぅっ、ありがとう……」
椎は涙目になりながらも、悔しそうに奥歯を噛みしめている。その表情を見て遊星は――
(気ン持ちイィィィィィーーー!!!)
椎を屈服させた快感に、打ち震えていた。
颯と道ばたであったあの日。遊星はなにげなく外出した自分を、褒めてやりたい気持ちでいっぱいだった。
なにげなく手を貸した少年との繋がりは、小悪魔を抑制する最高の切り札として現れてくれた。
(人への親切って……素晴らしい!)
「それより師匠、話は逸れますけど。この店ってお客さん全然来ないですね?」
「そういうこともある」
―――――
客だって空気を読むのです。
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