4-19 天ノ川遊星、夏休みに小悪魔同僚と再会する

 陽花と、キスをしてしまった。


 あれから遊星たちはイチャイチャをたっぷり堪能し、予定した二時間でネットカフェを後にした。


 なんとも素晴らしく有意義な時間だった。陽花パワーを十分に補給した遊星は、今日も朝から幸せ気分だ。


 ファーストキスがなし崩しになった心残りはあるが、それでもしっかりと進展を持てたことが嬉しい。


 だからあのキスから数日経ったいまでも、遊星はたびたびその瞬間を思い出して浮かれてしまうのだった。



「どうもありがとうございました~、またお越しくださいませ~♪」


 バイト先のコンビニで、遊星がやたらゴキゲンなあいさつをする。対する椎は引きつった表情で、不気味なものを見るような目を向けてくる。


「……なに、遊星くん。テンション高すぎて気持ち悪いんだけど」

「そうかな? でも仕事だし、あいさつくらいは元気なほうがいいかな~って!」


 椎と顔を会わせるのは約一か月ぶりだ。互いにアルバイトは週一出勤になったため、六月みたいに頻繁に顔合わせることもなくなった。


(と、いっても椎とは色々あったし、このくらいのペースがちょうどいいよね)


 遊星は浮かれ気分が抜けないので、本来は気まずい関係の椎がとなりにいても気にならない。



 機嫌のいいことを否定しない遊星と、それを訝しむ椎。


 人と顔合わせづらい夏休み。その中で遊星を浮かれさせるようなことは、ひとつくらいしかない思い当たらない。


 そう当たりをつけた椎は……遊星が着ているシャツのネックに指を突っ込み、肩をはだけさせる。


「ひゃあぁぁっ!? なにやってんの!?」

「ふむ。ガブ子さんの噛み痕はないわね」

「ガブ子いうな! っていうか、そんな日常的に噛まれてるわけじゃないし」

「本当? でも噛まれるの好きなんでしょ?」

「好きじゃないよ!? っていうか噛まれて喜ぶほどMじゃないから!」

「どうかしらねえ」


 椎が悪魔的笑みを向けてくる。


「遊星くん、押しに弱いもの。ガブ子さんに襲われたら断れないんじゃないの?」


(ぐっ……あながち否定もできない)


 陽花と出会ってから、自分でも薄々感じることはある。


 基本、攻めに出るのは陽花の方が多い。


 過去の遊星はグイグイだったこともあるが、陽花との付き合いに関しては受け手である。


 きっと出会い頭が”陽花の好意に付き合う”スタンスだったせいで、そういう関係が自然になったせいだと思う。


 先日のネカフェでもファーストキスが終わり次第、陽花はキス魔になってしまった。


 もちろん遊星に拒むつもりはない、一度タガが外れた陽花は事あるごとに唇をくっつけたがった。


 遊星もお返しにすれば受け入れてくれるし、首筋にも…………と、椎の視線で我に返る。


「いかにも心当たりがあるって顔じゃない。とてもピンクな妄想をしてるように見えたわ」

「そ、そんなことないぞ? それに僕はちょろい男じゃない!」

「なんて信憑性のない言葉なのかしら。でも押しに弱い男の子なんて可愛い。……それを横から掠め取ることができたら、どんなに楽しいかしら?」

「ヤメロヤメロ! 近づくな、魔女め!」

「そうやって激しく抵抗されると燃えちゃうかも。……あっ、いらっしゃいませー」

「その手には乗らん!」


 以前、ニセのあいさつに引っかけられて、頬にキスをされたことがある。しかもその現場を目撃されて陽花とは一悶着あった。


 その経験もあったので遊星は、椎のあいさつを無視したのだが――目の前にはしっかりお客様がいらっしゃった。


「……その手には、って。どういう意味ですか?」

「あっ!? いえ、すみません……」


 遊星が顔を真っ赤にしてレジ打ちを始めると、椎はプークスクスと嗤っていた。


(くうぅぅぅっ、椎のヤツ……っ!)


 遊星は羞恥で顔を真っ赤にしながら、お客さんへのレジ対応を済ませる。そして無事にお帰りいただいた後、不服そうな視線を椎に向ける。


「あまり揶揄からかわないでよ? 頼むから……」

「わかったわ、ごめんなさいね」


 椎だって本気で怒らせようと思っているわけではない。


 だから素直に謝る。こうやってきちんと謝罪ができるからこそ憎み切れず、余計タチが悪いと言えるのかもしれない。


「でも遊星くんだって悪いのよ。そうやってイジメがいのある顔をするから」

「うわっ。イジメっ子の理論だ」

「違う。遊星くんはちゃんと相手をしてくれるから、つい揶揄からかっちゃいたくなるの」

「迷惑してますー、やめていただけますかー」

「そうやって怒ったりせず、下に出るところも……」


 その時、新たな来客があった。


 遊星はその時、その瞬間。が来てくれたことを未来永劫、感謝することになる。


「おおおお! 師匠、マジで姉貴と同じバイト先だったんですね!」

「なっ……そう!?」

「あ、颯くん」


 遊星の口から弟の名前が出てきたことに驚き、椎が目を丸くする。


「遊星くん、颯のこと知ってるの!?」

「うん、まだ知り合ったばかりだけど……」


 先日。天球高へ道案内をした風見かざみそうが、尊敬のまなざしを遊星向けていた。

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