4-18 後輩ちゃんは、ネットカフェでひたすら恥ずかしい思いをする

『ハーイ! それじゃあ撮るヨー? サン、ニー、イチ――』


 真っ白な大型撮影機プリクラの中で、陽花と並んでピースを構える。


 何枚かの撮影を終わるとカーテンを出ると、二人はタッチペンで撮った写真に落書きをし始めた。


「こうして並んでみると……遊星さんってやっぱり背が高いですね」

「平均よりちょっとくらいだけどね」

「それでも私の考える、理想の身長です」

「僕も陽花くらいの高さのコが一番好きだよ」

「ぶう。私はもう少しだけ大きくなりたかったです」

「そんなことより、ほら。落書きの制限時間終わっちゃうよ!」


 二人は画面の前できゃいきゃい言いながら、撮られた写真にラメやスタンプをデコっていく。


 中心には浴衣姿の二人。今日の日付やらサマーバージョンなど適当な落書きを施して、思い出を面白おかしく茶化していく。


 陽花もプリクラの加工が楽しくなったのか、途中から暴走し始めた。一番映りの悪かった写真を使い、遊星をキンキラ目玉のスーパー美白に改造した。


「見てください! この遊星さんブキミですっ!」

「ちょっと!? 人の顔で遊ばないでよ!?」

「キレイなものって、ついつい壊したくなっちゃいますよねっ!」

「陽花……? ウソだよな……?」


 興奮した陽花が見せた特殊性癖に戸惑いつつ、二人はプリクラを均等に切り分けてゲーセンを後にした。


「プリクラ、初めて撮りましたけど楽しいですね!」

「そ、そうだね……」


 振り返った陽花は、瞳をきらきらと輝かせている。なにやら違う方向へ楽しみを見出された感はあるが、楽しんでくれたなら良しとしよう。


 ご機嫌になった陽花が先を行き、遊星がその少し後を歩く。


(……さて、これからどうしようか)


 ゲーセンを出たはいいが、これといって向かう先がない。花火会場は住宅街の近くなので観光施設もなく、時間も遅いため行ける場所は限られている。


 近くの公園に寄ってベンチでイチャイチャできたら……なんてことも考えていた。だがみんな考えることは同じなのか、公園のベンチは既に他のカップルで埋まっていた。


(クソッ、僕たち以外のカップル全員爆発しろ!)


 このまま歩き続けても不毛だ。それに今日の陽花は慣れない草履ぞうりを履いている、足を痛めたりしないためにも座れる店を探そう。


 そんなことを考えていると、陽花に裾をくいくいと引っ張られた。


「遊星さん、そこのお店に入って見ませんか?」


 陽花が指差したのは――ネットカフェの看板だ。


 三時間○○円という表記を見て、別の店と勘違いしたのは秘密である。


「も、もちろんいいよ。なにか映画でも見よっか……」

「はい……」


 ネカフェに入るだけなのに、なぜか二人の間には恥ずかしげな空気が漂っている。


 中に入れば個室で二人きりになるとわかってるから、なのかもしれない。遊星もいくらか緊張するが、モジモジとしてはいられない。陽花との時間は有限だ。


 遊星は陽花の手をギュッと握りしめ、狭い入り口へと入っていくのだった。



***



 店に入ってからは受付に向かい、学生証を出して会員カードを発行。


 実のところ、ネットカフェに来るのは今日が初めてだ。だが初めてとはいえ遊星も男として、戸惑った姿は見せたくない。


 遊星はスマートな手続きを意識して、二時間のコースでと店員へ伝える。だが「会計はお帰りの際に自動精算されます」と言われ恥をかいた。


 他にも会員カードをかざして開く自動ドアに戸惑ったり、無料のドリンクサーバーに感動してしまったり。まあまあの初心者っぷりを見せてしまい、陽花にも笑われてしまった。


「今日の遊星さん、ちょこまかしてて可愛いですね」

「そ、その可愛いは嬉しくないっ……!」

「褒めてるんですよ? 甚兵衛姿だってやっぱり可愛いですし」


 今更だが二人は着替えでないので和装のままだ。どこかシックな雰囲気の内装とは、なかなかにミスマッチである。


「……なんだか静かな雰囲気ですね」

「ね。ちょっとワクワクするかも」

「わかります、こういったところには入らないですから」


 二人はひそひそ話をしながら、指定されたペアシート席に移動。床がマットになった鍵付きの個室である。


(うわ。陽花と個室に二人きりだ)


 ドキドキしないほうが無理というものである、しかも二人席だというのに部屋はとても狭い。これではひっつけと言われているようなものだ、ネカフェのインテリアを担当したデザイナーに最上級の感謝を捧げる。


 遊星は持っていた荷物を置き、マットの上にどかっと腰を下ろす。すると陽花も同じように腰を下ろし……遊星の肩にごろんと頭を預けてきた。


「……」


 陽花はなにも言わない。黙って遊星に頭だけを預けてくる。当たり前のようにひっついてくれたのが嬉しく、遊星も黙って華奢な肩を抱き寄せる。


「……」


 それでも陽花は黙ったままだ。一応、体調不良などが気になったので、お伺いを立ててみる。


「体調、悪いの?」

「……もうダメかもしれません」

「ええっ!?」

「遊星さんパワーが足りなくて、私はもうダメかもしれません」

「あっ、そういう……」

「大事なことですっ!!!」


 そう言って陽花がえいっ、と体を押し付けてくる。


「前にこうしてくっつけたのは、あじさい寺に行った時が最後です。もう一ヶ月もハグできてません」

「そ、そうだっけ?」

「そうですよっ、なんで覚えてないんですかっ」

「一応、手をつないだりしてたし……」

「おててつないで満足なんてしないでください!」


 そういって陽花は正面から思い切り、がばっと抱き着いてくる。


「私は満足できません。もっと場所も弁えずに……イチャイチャしたいです」

「も、もちろん僕だって」

「それ、ホントですかぁ……?」


 胸元に抱きついていた陽花が、訝しそうな目を至近距離まで近づける。


 もちろんイチャイチャ欲は遊星にもある。が、欲求の強さは陽花の方が上かもしれない。


 初めて家に遊びに行った時も陽花に押し倒されたし、二人きりになると急に腕に抱きついたりしてくることもある。


 外では令嬢モードな陽花が、自分だけに甘えてくれるのは嬉しい。遊星パワーが足りないなんて言ってたし、令嬢モードの維持にはたくさんのエネルギーが必要なのかもしれない。


「……男の僕からイチャイチャしたいなんて、キモくない?」

「全然キモくないです。むしろキモいと思われるほど、遊星さんにも求めて欲しいです」

「でも陽花、さっきおさわりは禁止だって」

「あ、あれはっ、こしょばゆいところを触るからっ」

「でも僕は、陽花のを堪能したい!」


 陽花が顔を寄せていたせいで、思わず真正面から変態告白をする羽目になる。


「……そこまで言うのなら、いいです、よ?」

「え、ホントに?」

「この髪型にすることもあまりないですし、遊星さんに喜んでいただけるのなら……」


 さすがに陽花も恥ずかしいのか、視線を逸らしながら耳を赤くしている。その恥じらい顔だけで100点なのだが、まだ満足するわけにはいかない。


「ど、どうぞ」


 陽花が背を向けると、おだんご頭の後頭部が遊星の前に現れた。

 

 おだんごのために引っ張られた髪の生え際には、陽花のほっそりとした首筋がのぞいている。


 髪の生え際にはまとめられなかったみじかな髪が、ぴょぴょいと跳ねている。キュート&セクシー&キューティクルワォである。


産毛うぶげみたいなの、生えてる」

「そ、そうでしょうね。髪の生え際ですから」

「触っても、よろしいでしょうか?」

「優しく、お願いします……」


 なにやら倒錯的な会話だ。そもそも遊星たちは映画を見るため、ネットカフェに入ったはずだった。だが気付けばこうしてイチャついてばかりいる。


 ……いや、最初から映画を見ないことはわかってた。本当に映画を見るつもりで、男女がおうちデートの約束をしないのと同じだ。


 同じように議員は選挙公約を果たすため議員になるわけではないし、テニスサークルにテニスを目的として入るのではないのと一緒だ。多分。


 とりあえず議員とテニスは頭の隅にやり、遊星はほっそりとした陽花のうなじを指ですすっと触ってみる。すると陽花が肩をプルプルと震わせて、首をすくめたくなる衝動をこらえていた。


(やば、鼻血出そう……)


 陽花の可愛さがピークを越えている。


 何度か指をなぞらせたが、陽花は文句も言わずに耐えてくれている。だがこしょばゆさは我慢できないのか、首筋にはわずかに鳥肌が立っていた。


「気持ち悪い?」

「い、いえ。くすぐったいだけです。……もう満足していただけました?」

「満足は一生できないけど……」

「え、ええっ!? ではもう少し、どうぞ?」

「いいの!?」

「はいっ、私は遊星さんにもらってばかりなので……」


 なんだか弱みに付け入るような形になってしまった。


 でも遊星にだってイチャつきたい欲はあるし、キモいと思われるほど求めて欲しいと言われたばかりだ。あっさり引き下がると逆にマイナスに思われるかもしれない。


 なので少し調子に乗って――陽花の首筋に口づけてみた。


「ひゃうぅっ!?」


 静かなネットカフェに、陽花が裏返った声が響きわたる。


「ゆ、遊星さんっ!?」


 涙目になった陽花が、弱々しいにらみを聞かせて小声で抗議する。


「い、いきなりお口を触れるなんて、卑怯ですよっ!」

「ご、ごめん、調子に乗ったか――っ!?」


 さすがに調子に乗りすぎた。そう思って謝ろうとしたのだが――――口が陽花の唇によって塞がれてしまった。


「!?!?!?」


 あまりの突然のことに、キスされた事実よりも先に混乱してしまう。


 だが陽花は唇を押し付けてくるのをやめない。やわらかな薄い唇の感触と、陽花の髪が放つ花の香りだけが遊星の頭を占めている。


 しばらく経った後、陽花はようやく押し付けていた唇を離してくれた。


 恍惚こうこつとした表情を見せたのも束の間、陽花は眉をひそめて抗議を再開する。


「なんで先にうなじに口付けるんですか! 遊星さんはうなじ目的で、私とお付き合いしたんですかっ!?」

「っ……うなじ目的て……」

「なに笑ってるんですか!」


 遊星は思わず吹き出してしまったが、陽花は大真面目だったらしい。


「まさか自分のうなじに、ファーストキスを奪われるだなんてっ」

「さっきのはキスじゃないよ、ぶつかっただけ」

「そ、それでも初めては真っ直ぐが良かったですっ!」

「ごめんごめん。でも陽花だって僕に、ぶつかってきたことがあったでしょ?」

「えっ!?」

「ほら、陽花がはじめてお見舞いに来てくれた時に」

「…………あ」


 遊星が風邪を引いて寝込んでいた時。陽花に頭を抱きかかえられ、ぶつけられたことがあった。


「だから今回のもノーカン! って言いたいけど、もう遅いよね……」

「~~~っ」


 陽花が顔を真っ赤にしてうつむく。さすがに先ほどのは、ぶつかったではすまない。とても情熱的なのをもらってしまった。


 すると陽花はコホンと咳ばらいをし、改まってこんな提案をしてきた。


「……では、やり直しを要求します」

「やり直し?」

「はいっ、私は先ほどの記憶を失いました。覚えているのは……今日のデートで、遊星さんとキスしたいと思ってたことだけ、です」


 陽花は顔上げず、少しだけイジけたように言う。


(同じようなこと、陽花も思ってくれてたんだ)


 その事実が嬉しく、また変な遠回りをしてしまったのだと反省する。とはいえ、陽花の後頭部に魅了されていたのは事実なのだが。


「じゃあ、今度は僕の方から……いい?」


 陽花は顔を上げずに、コクンとひとつ頷いた。




 ロマンチックな場所で、いい雰囲気の中で陽花とキスできたらいい。


 ……そんなことを色々考えて来たものの。花火大会の帰りに寄った、薄暗いネットカフェで二人ははじめてのキスをしたのだった。

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