4-17 二人は花火大会を、無邪気に楽しみすぎてしまう

 花火会場であるオートレース場には、打ち上げの一時間前に到着した。


 藍色の空には星がちらつき始め、会場近くの夜店には時間を持てあます来場客で賑わっている。


「すごいたくさんの人ですね」

「ね、ようやく涼しくなってきていい感じだ」


 陽花と手を繋ぎながら人ごみの中を歩く。休日で夏休みということもあり、多くの家族連れと子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。


「どうせだから、なにか食べて行こうよ。リクエストはある?」

「そうですね……りんご飴、でしょうか」

「いいね、行こう」


 それから遊星たちはいくつかの夜店を回る。


 りんご飴にソースせんべい、たこ焼きに牛串。あまり量は多くないけれど、そのおかげで色々な物を食べられて幸せな気分だ。


 お代はアルバイトをしていることもあって、遊星に出させてもらった。


「その、本当にいいんですか?」

「たまには見栄を張らせてよ。陽花にはいつもお弁当も作ってもらってるんだから」

「では……ご厚意に甘えさせていただきます」

「任せて! 陽花に甘えられるなら、どんなことでも大歓迎」

「既に遊星さんには、だいぶ甘えてしまってると思いますが……」

「まだ足りないっ! 陽花の甘えだけでしか得られない成分が、まだまだ不足しているっ!」

「なんですか、その成分……永遠に不足しててください」

「ええっ!? 栄養失調になっちゃうかも」

「栄養のことも考えてお弁当は作ってます。安心してください」


 陽花がキリッと澄ました表情で言う。


 だが遊星が「そんなあ」と残念がってみせると、イタズラっぽく笑って遊星の腕にきゅっと抱きついてきた。


「私なんかに甘えられたいなんて、遊星さんは変わり者ですねっ」

「変わり者にさせたのは陽花でしょ。僕を落とすために、あの手この手で攻めてきて」

「ちゃんと効いて良かったです」

「効きまくりだよ、こうして抱きついてくるのもあざとい」

「でもお好きなんでしょう?」

「大好き」


 望み通りの言葉がもらえて嬉しくかったのか、陽花が抱きついて来る腕に力を籠める。ほわほわとした気持ちで、それからも夜店を冷やかしに周る。


 その途中、気まぐれに寄ったお店で意外な事実が発覚した。


 なんと、陽花はヨーヨー釣りのプロだった。


 小型のプールに浮いたヨーヨーを、釣り針で掬うお祭り定番の遊び。


 そこで二人は何個釣りあげられるか勝負を始めたのだが――惨敗。


 遊星は一個も釣れず、陽花はなんと七個も釣り上げた。

 あっさりと五個釣りあげたところで、陽花は二個まとめて掬いに行き始めるも続けて成功。


 お店のおじさんも苦笑いを見せ始め、四個同時釣りに挑戦し始めたところで……ようやく失敗。


 さすがに七個も持ち歩くわけにいかなかったので、近くの失敗した子供たちに配ってあげることにした。


 残ったヨーヨーは、陽花が遊星にくれたひとつだけとなった。


「陽花の分はなくても良かったの?」

「はい。私の両手は巾着と、遊星さんで埋まってますから」

「そっか。でも陽花の神業、すごかったよ」

「ヨーヨー釣りは私の持つ少ない特技のひとつです。ちょっと遊星さんに見せびらかしたくて、挑戦してしまいました」

「参りました、あなたがヨーヨーの神です」


 遊星が頭を下げると、陽花も腰に手を当ててドヤ顔をして見せる。


「陽花にもらった二個目のプレゼント、大事にさせていただきますっ!」

「…………二個目?」


 遊星の発言に、陽花がきょとんとした顔を見せる。


「そうだよ、二個目」

「……私、一個目ってなにをプレゼントしましたっけ」

「一個目はあれだよ。陽花がバイト先に遊びに来た時に奢ってくれた、プリン」


 遊星がすこし懐かしむように言うと――陽花は顔をすーっと青ざめさせた。


「あ、あわわ……私、遊星さんとこんなに長い時間を過ごしているのに。プレゼントしたのがプリンとヨーヨーだけなんて、いくらなんでもショボ過ぎます……!」

「別に物の価値は、値段で決まるものじゃないし……」

「私は素敵なペンダントに、手作りの髪飾りまでもらったのにっ!?」


 陽花があり得ないことに気付いてしまったと、わなわなと震えだす。そしてなぜか逆ギレまでし始めた。


「なんで遊星さんは言い寄ってきた小娘に、自分から手作りの送り物なんてするんですかっ!?」

「ええっ!? どうして怒られてるの!?」

「どうして誕生日が十一月なんですか? 誕生日プレゼントだって、ずいぶん後になっちゃうじゃないですか!」

「ひっ、中途半端な時期に生まれてすいません!」

「なに言ってるんですか! 生まれてきてくれてありがとうございますっ!」


 人生で初めてキレ感謝をもらった瞬間だった。



***



 陽花の理不尽な怒りが収まった頃、レース場の入り口が開門した。


 せっかくだからということで、遊星と陽花はレース場の中まで入って観客席に腰かける。


 花火の打ち上げはレース場の中心センター部分で行われる。


 そのため場内で観覧すると、至近距離からの迫力ある花火を見ることができる。……のがウリだそうだ。


「遊星さん、始まりますよっ。打ちあがりますよっ!」

「いよいよだね!」


 花火を間近にして陽花のテンションは最高潮。遊星も楽しみな気持ちは同じ、ではあるのだが……


(くっ! 当初から考えていたプランとは、だいぶかけ離れてしまった!)


 以前より、遊星は妄想していた。


 今日の花火大会で陽花といい雰囲気になれることを。


 だが密集したレース場の中では、ロマンチックに花火を眺めてしっぽり――とは程遠い状況だ。


 観客席は確保できたが見事なまでの満員御礼で、至る所から人の声が飛び交っている。いい雰囲気になってキス、なんて不可能である。


 あくまで、臨機応変に。


 花火が終わった後でも、そんなチャンスはあるはずだ。


(もしかしたら花火の途中でも、状況さえ変わればいい雰囲気になる可能性も!?)


「……ご来場の皆さん、長らくお待たせしました。これより〇〇回、花火大会を開催します!」


 そして、花火が打ちあがり始めると――


「うおおおおぉっ!!! すっげえええぇぇぇ!!」

「わっ! 音が大きいっ! お腹にまで音が響きますっ!!!」

「あっ、あれ、なんかの顔のマークだっ!!」

「きゃーーー!!!」


 下から眺めるド迫力の花火に、二人して大はしゃぎ。


 気付けば一時間たっぷり騒ぎ続けてしまい、気付けば拍手と共にレース場を後にしていた。


「楽しかったですねっ、遊星さん」

「そ、そうだね……」


 近くの夜店からも少しずつ灯りが消え、閑散とした空気が広がり始めた。


 陽花はご満悦の表情だ。


 遊星も間違いなく楽しかったのだが、参加者の一人して楽しみ過ぎてしまった。


(今日はせっかくのデートなんだし、もうちょっと大人っぽい空気を楽しんでみたかったなあ……)


 遊星が顔に出ないよう、内心でため息をついていると。


「あっ、遊星さん。首のあたりにススがついちゃってますよ」

「ホント? この辺かな」

「違いますっ」


 陽花が背伸びをし、指でパパっと首のあたりを払ってくれる。


「はい。これで綺麗に……」


 背伸びをした陽花と、至近距離で目が合う。


 だが遊星は意識し過ぎていたせいか、その小さな唇に視線が吸い寄せられてしまう。


 まじまじと見過ぎていたことに気付いて顔を上げると、陽花がすっと視線を逸らす。……唇を凝視していたことに、気付かれてしまったようだ。


 うつむいた陽花が赤くした耳を見せながらも、遊星の手をきゅっと握ってくる。


「あの、遊星さん」

「は、はい……」

「今日はもう少しだけ、一緒にいてもよろしいでしょうか……」

「も、もちろんっ」


 デートの続きがしたかったのは、遊星だけではなかったらしい。

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