4-16 後輩ちゃんの浴衣姿はセクシー過ぎる

 いよいよ、その日がやって来た。

 兼ねてより約束をしていた、花火デートの日。


 遊星は朝から叫びだしたいほどのテンションだったが、昼までは修行僧のように課題に打ち込み、頃合いを見て出発。


 電車に乗って、陽花の地元まで迎えに行く。


 途中、ちらちらと乗客からの視線を感じる。


 今日の遊星は夏祭り、ということでじん兵衛べえに身を包んでいた。これは陽花からのリクエストである。


「私だって遊星さんの希望にお応えするんです。こちらの希望にも応えていただかないとっ……!」


 彼女さんのお申し付けは絶対だ。繁華街でショップの店員に見繕ってもらい、縦縞たてじま藍色ネイビーの柄を選択した。


 こんな格好で外を歩き回ったことがないので、遊星としては気が気でない。


(この服すごい風通しいいし、周りから笑われたりしてないかな……)


 そんな不安を抱えつつ、待ち合わせの駅に到着。電車を降りて改札の内で待つこと数分、ついに和装の姫が降臨した。


「……お待たせしました」


 控えめな笑みを浮かべた陽花が、はんなりと遊星に歩み寄る。


「ワ、ワォ……」


 遊星は二人の間だけで通じる感嘆詞を口にし、陽花の姿に釘付けになる。


 白地の浴衣にあしらわれた、水色のアジサイ模様。その腰に巻かれた群青の帯も、おしとやかな陽花のイメージと絶妙にマッチしている。


 髪型は遊星のリクエスト通り、後ろ髪をおだんごにまとめたアップスタイル。


 白い首筋の奥に覗く、ちょろりと垂れた細いおく。普段は隠されたうなじがセクシー過ぎて、思わずくらくらしてしまいそうだ。


 そしてこめかみの辺りに咲くのは、遊星がプレゼントした水色アジサイの髪飾り。


 なにもかもが可愛い、愛しの彼女さん。


 遊星がようやく次の言葉をかけようと、陽花に視線を戻すと……目をつぶってなにやらぷるぷると震えていた。


「……陽花? どうしたの、トイレ?」

「ち、違いますっ!」


 すると陽花は少しだけ眉を吊り上げて、頬を膨らませて見せた。


「遊星さんがあまりにもまじまじと観察されるので……恥ずかしすぎて耐えられなくなっちゃったんです!」

「そ、そっか……ごめん」

「ホントですよっ! …………それで」


 すると陽花は一転して、視線を落としモジモジと言う。


「感想は、ないんですかっ?」


 きゅっと上目遣いに見上げられ、一気に心臓を鷲掴みにされる。いつまでも見惚れてばかりいられない、しっかりと言葉にしてあげないと。


「とても似合ってるよ。大人の女性って感じがして、すごく……いいと思います」


 遊星の言葉を聞き、ピンクのリップの乗った唇が薄く弧を描く。


「……そう思っていただけたなら、がんばった甲斐があります」

「僕のために、がんばってくれてありがとうございます……」

「はい……」


 照れくささに耐え切れず、互いに視線を落としてその場に立ち尽くす。


 すると通りかかったウェイ系のカップルが、繋いだ手のトンネルを遊星たちに潜らせて「ヒュ~ヒュ~!」なんて言いながら立ち去っていく。


 ……そこで二人は、ようやく気付く。ここは改札出口のド真ん中で、周囲の注目を二人占めにしていたことに。


 微笑ましい視線に、冷やかすようなニヤニヤ笑い。


 二人はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤に染め、慌てて駅のホームに降りていくのだった。




***




 電車に揺られて十分ほど、二人は花火会場のある駅に到着した。


 夕方集合だったこともあって辺りは薄暗く、空も赤くなり始めている。なかなか風情のある光景だ。だが隣にいる陽花は周囲に目をくれることなく、ひたすら遊星に視線を注ぎ続けている。 


 思いのほか、遊星の甚兵衛姿を気に入ってくれたらしい。


「はあ……シックな雰囲気の遊星さんもステキです」

「ホ、ホントに変じゃない?」

「ぜんぜんっ、変じゃありません!」

「売れない落語家みたいになってない? ギターで人斬ったりしそうじゃない??」

「もっと自信を持ってください! 遊星さんは自慢の彼氏さんなんですからっ!」

「は、はひ……」


 なよなよした遊星の態度に一喝。自信満々に胸を張る陽花の男らしさに、思わず胸キュン。


 だが眉を吊り上げた陽花の態度は続かず、こちらに視線を戻すとふにゃっとだらしない笑みを見せる。


 そして陽花は巾着からスマホを取り出し、様々な角度から写真を撮り始めた。


「はあ……遊星さん、とても可愛いです……」

「可愛い、でいいの? 陽花は甚兵衛を着た、シブい姿が見たいとか言ってなかった?」

「遊星さんの甚兵衛姿は爽やかすぎて、求めていたシブさは得られませんでした。ですが男性なのに肌が白く、こうして半袖姿を見せられると可愛いというか……胸がとてもウズウズしてしまいます」

「可愛いかあ」

「はいっ! とても可愛いので、ワンダフル・ワォですっ!」

「最上級……」


 なんだろう、褒めてくれてるのだとは思う。


 だがこうして撮られっぱなし&可愛がられっぱなしでいると、据わりが悪いというか……こちらもお返しに可愛がりたくなってくる。


 目の前には背を向けた陽花が、撮影した写真を見てニコニコしている。


 ふとイタズラ心が湧いて出た遊星は、指を伸ばして陽花のうなじをすすっと撫でてみた。


「ふにゃああああぁぁぁっ!?」


 陽花が素っ頓狂な声をあげ、飛び上がる。


 そして涙目になりながら批難めいた視線を向けてくる。


「な、ななな、なにをするんですかぁっ!?」

「いや……陽花のうなじが、えっちだったから」


 遊星が真顔のまま言うと、陽花が唇を引き結んで紅潮する。


「え、え、えっちって……遊星さんは、えっちだと思ったら、なんでも触ってみるんですかっ!?」

「時と、場合によっては?」

「いまは触ってもいい時と場合なんですかっ!?」

「だって今日は陽花が僕のために、えっちな……」

「わー! わー!!」


 陽花が大声を出して、遊星の胸に掴みかかってくる。


「ど、どうしちゃったんですか、遊星さん? 今日は少し倫理りんりかんに不具合が……」

「……んー、なんか陽花に猫可愛がりされてると対抗心が」

「も、もう可愛いって言うのはおしまいにしますからっ! だからいつもの遊星さんにっ、ふにゃぁぁぁっ!?」


 胸元にいた陽花を抱きこむようにして、後ろから首筋をすりすりと撫でまくる。 撫でられた陽花はふにゃふにゃ言いながら、涙目で力なくされるがままになっている。


(あっ、これヤバい……)


 まるで陽花がオモチャにでもなったみたいだ。ふにゃふにゃ言いつつも上手く抵抗できないのか、逃れられずにぷるぷると体を震わせている。


 遊星のイタズラ心が嗜虐心しぎゃくしんに変わってしまいそうな瞬間。陽花はすっと遊星の手から逃れ――イタズラをしていた手を乱暴にひったくる。そしてキッと眉を吊り上げて、ゆだった顔のまま言う。


「もう、おさわりは禁止ですっ!」

「そ、そんなあ……」

「そんなあ、じゃありませんっ! 悪いことをする手は、逮捕です!」

「でも片方の手はまだ空いてる」

「ダ~メ~で~す~! 次、おさわりしたらケンカですよ!?」

「ケ、ケンカは困る……」

「私もケンカはイヤです! だからガマンしてくださいっ!」

「代わりに肩を噛ませてあげるから」

「も、もう、そんなことしませんっ!」


 未練がましい視線で陽花を見つめたが、さすがに許してもらえそうにもなかった。


 むんずと掴まれた手を引かれ、陽花がのしのしと前を歩いていく。


 陽花に手を引いてもらえるのも新鮮でいいなぁ、と思いながら遊星たちは会場の方へ向かっていくのであった。




―――――


 なにやら倫理観に不具合がありましたが、デートはまだこれからです!

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