4-15 天ノ川遊星、新たな信者を作ってしまう
炎天下の通学路を、体験入学希望の少年と歩いていく。
「へえ、君のお姉さんも天球高なんだ?」
「はい。……でも追いかけて入るわけじゃないですよ? 家からも近いし、学力的にもちょうどいいので」
「わかってるよ。
「お兄さんにもご
「妹がひとり。一緒だったのは小学校までだったけど、周りが無駄にからかってくるからからなあ」
「それ、めっちゃわかりますっ! 姉は頭がいいので俺も良く比べられました!」
少年は声のトーンを上げ、憤慨するような様子で言った。
「比べられたりもするよねえ。妹は運動神経抜群だけど、僕は全然だから」
「そうなんですか? 意外です。お兄さんはなんかスポーティーっていうか、運動できそうなオーラがあるんで」
「それが全然。野球じゃフライも取れないよ」
「マジっすか」
「マジマジ。一方の妹はテニスで推薦入学とって、いまはレギュラーでインターハイに行ってる」
「えぇっ!? めっちゃすごいじゃないですか!!」
目を輝かせて興奮する少年に、遊星も気を良くして口が軽くなる。
「インターハイに行くって聞いたのも夏休みに入ってからでさ。なんで黙ってたのか聞いたんだよ。そしたら『そっちのほうがカッコいいから』だって、舐めてるよね?」
「おちゃめな妹さんじゃないですか」
「うるさくて生意気なだけだよ。それより君のお姉さんはどうなの?」
「姉は……騒がしくないけど、小うるさいですね。ソファに寝そべるなとか、靴はキレイに並べろだとか」
「お母さんみたいなタイプだね。でも同じ高校に行くのはイヤじゃないんだ?」
「……まあ、そうですね。勉強とかは教えてくれますし」
「いいお姉さんじゃん、僕も妹より姉が欲しかったなあ」
「俺も妹のほうが良かったって思いますよ」
いつだって隣の芝生は青い。
初対面で意外にも意気投合した少年と歩いていると、いつの間にか天球高の校門前にたどり着いた。
「職員玄関はこっち、せっかくだから最後まで案内するよ」
「ありがとうございます」
流れで私服のまま学校に来てしまったが、気にせず中に入る。少年が書類の提出さえしてしまえば、それで用事は終わりだ。
だが二人が職員玄関に入ると、一番顔を合わせたくない人物と鉢合わせてしまった。教頭だ。
遊星を見つけた教頭は、すぐさま不快感をあらわにした。
「おい、天ノ川っ! 夏休みなのになにをしに来た? しかも私服で職員玄関から入ってきてっ、学生のお前はっ……」
教頭はひと口にそこまで言い切ったところで、後ろにいた少年に気付いたようだ。言い淀んだのを機に、さっと説明をしてしまう。
「体験入学希望の学生さんを見かけたので、学校まで案内してたんです。ご迷惑でしたか?」
遊星が言い返すと教頭はハッとした表情で、下手くそな愛層笑いを作り始めた。
「そ、そうだったのか。暑い中ご苦労だったな、申し込みはあっちの事務室だ。……どれ、なにか冷たい物でも持って来させようか?」
「あー、大丈夫っすー」
「そうか? まあ無理はするなよ、熱中症になったら大変だからな。そこの学生さんも、良かったら校内をゆっくり見学していきなさい。ハハ……」
「はい……」
ぎこちない親切心を見せる教頭を尻目に、遊星と少年はさっさとその場を後にした。
そして教頭からだいぶ距離が開いた頃、少年が耳打ちで聞いてくる。
「……お兄さん。なんか小物っぽい教頭先生ですね?」
「まあ、小物だね」
「裏口入学させる力なんて、絶対ないじゃないですか」
「だから冗談って言ったじゃん」
二人はクスクスと笑いながら、スリッパを鳴らして事務室の前に到着する。そして少年が体験入学の書類を提出すると、事務員が念のため名前を読み上げる。
「お名前は――
「はい」
(…………風見?)
どこかで聞き覚えのある――というか聞き覚えしかない名字を聞き、少年の横顔を改めて観察する。
似てるといえば、似ているような気がする。くっきりした目鼻立ちに、どこか余裕のある大人びた表情。
そして受付を終えた少年が、テクテクとこちらに戻ってくる。
「お待たせしました、お兄さん」
「……うん」
「ご親切に案内してくれて、ありがとうございます」
「気にしないで。……それよりひとつ、聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
「君のお姉さんって、もしかして二年の風見椎、さん?」
姉の名前を指摘された少年――
***
「驚きました。まさか姉と知り合いなだけでなく、アルバイトまで同じだったなんて」
「すごい偶然だよね」
遊星と颯は軽い自己紹介を終えた後、来た時とはまた違う気分で雑談を交わしていた。
「やっぱり姉はアルバイト中でも小うるさいですか? あの仕事やれ、次はこれやれとか」
「いやぁ……どっちかって言うとバイト中は、僕が色々とお願いしちゃってるかも」
「本当ですか? ちゃんと天ノ川先輩の指示に従います?」
「聞いてくれるよ。もしかして内心では生意気~って思ってるかもしれないけど」
「あー、ありそうですね」
颯は共通の話題ができたことで、これまで以上に気安い態度を取ってくれるようになった。
そして親しみのある笑顔でこんなことを言ってくれた。
「……さっきは姉より妹って言いましたけど、もっと言えば天ノ川先輩みたいなお兄さんが欲しかったですね」
「本当? でも君のお兄さんになれたところで、なにかできるかな。きっと空気みたいな存在になりそう」
「それがいいんじゃないですか。男同士だったら変にベタベタせず、必要な時だけしゃべればいいって感じで」
「確かに、それはそうかも?」
「ですよねっ? そしたら家の中がいまよりも、グッと静かになりますよ」
実際、千斗星のいない自宅は静かだ。
だからといって千斗星がいなくなればいいなんて欠片も思わないが、代わりに颯が居たら面白いかもしれない。
でも同時にこうも思う。
「けどお姉さんがいなくなったら、それはそれで寂しくない? しかもあんなに美人だし」
「それはまあ……ブサイクだとは思いませんけど」
「なにかイヤなことがあった時でも『家に帰ればクールな姉が居るしな』とか思わない?」
「居たところでなんになるんです?」
「さあ……」
フォロー失敗。
どうやら家族の容姿は、颯にとってなんの自信にもならないらしい。
しかも下手な質問をしたせいで、変に勘繰られる結果にもなってしまった。
「ていうかお兄さん。姉のこと美人とか思ってるんですね」
「え!? ……まあ、一般的に見たら美人でしょ」
「もしかして姉のこと、好きなんですか?」
「いやあ、お姉さんとはこのまま良好な友達関係でいたいというか……」
「そう言わず嫁にもらってくださいよ。そうだ! 二人が結婚すれば天ノ川先輩が俺の義兄さんになるじゃないですか!」
「ヤメロヤメロ! その天才的発見をした、みたいな顔を今すぐやめなさい!!!」
勝手に外堀が埋まって、妙なフラグが立つことだけは避けなければ。そう考えた遊星は、颯少年が早とちりをしないよう彼女がいることも伝えてしまった。
「めっちゃ可愛い子じゃないですかーっ!」
「ふふん、そうでしょ?」
あじさい寺でデートした時の写真を颯に見せてあげた。すると颯はまた興奮した様子で、その写真に釘付けになっていた。
「天ノ川先輩、すげえっす! こんな可愛い彼女もいるなんて……尊敬します!」
「そ、そう? ……し、しかもそのコさ、一年前に助けてたことを覚えてて、僕を追って同じ高校に入学してくれて……」
「すげえええええ!!!」
颯に持ち上げられた遊星は気持ちよくなってしまい、陽花の献身っぷりまでつい自慢してしまう。
陽花とのエピソードを聞いた颯の反応も良く、遊星も
しかも颯は惚気を聞いてウンザリすることもなく、美少女をモノにしたスゲー先輩として神格化させたようだった。
「天ノ川先輩は、神っす! 俺、絶対天ノ川先輩みたいな
颯の光り輝く瞳を見て、遊星はやりすぎてしまったことをようやく察する。
「そ、そう? でも信徒はあいにく間に合ってるかな……」
「そんなこと言わないでください! 今日から先輩のことは……師匠と呼ばせてください!」
「し、師匠かぁ。なにか教えてやれること、あるかな……?」
「大丈夫っす、なにかあれば俺が勝手に技を盗むんで!!」
そこまで食い下がられては断れず、遊星は押される形で颯と連絡先を交換した。
図らずとも遊星に第二の信徒が誕生した瞬間だった。
―――――
次回は第一の信徒と、花火デート回です!
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