4-14 天ノ川遊星は妄想が止められない
「おみやげと勝利の報告、期待しててね~」
インターハイのため、千斗星が北海道に旅立った。
家に一人残された遊星はどうしていたかというと……夏休みの課題を片付けるため引きこもっていた。
説明会準備のボランティアに、海への小旅行。
夏休みの序盤は色々と予定が詰まっていたので、少しは気を引き締めようと課題に向き合っていた。
来週には陽花と花火大会に行く約束も控えている。その日までずっと遊び惚けていました、では立つ瀬がない。
陽花と会う時はできるだけ心に余裕を持っておきたい。そのためにも空いた時間に、少しでも課題を進めておかなければ。
……とは思っているものの、遊星の集中力は続かない。
(陽花、どんな浴衣を着てくれるんだろうな……)
――頭の中で色んな種類の浴衣に身を包んだ陽花が、慎まやかに微笑みかけてくれる。
遊星の側にちょこんと控える陽花に、くいくいと袖を引っ張られて顔を寄せると……そのままほっぺにキスをされる。驚きに目を見開く遊星の背後で、打ち上げ花火が大輪の花を咲かせた。
(~~~っ! ああ、いけないっ! 勉強に集中しろっ……!?)
だが、そう思えば思うほど次々と別の妄想が襲い掛かる。
――花火大会を終えた二人はすっかりいい雰囲気になってしまい、帰り道を歩く陽花は腕にしがみついて離れない。
陽花はわざと胸のふにふにを押し付けてくる。そして駅のホームでバイバイをするはずだったのに、陽花は遊星と同じ電車に乗り込んでしまった。
『今日は遊星さんの部屋にお泊りしたいです。……その、覚悟だってしてきましたから』
恥じらう陽花の、切なげな吐息が首筋を撫でる。その
「シークレット・ワオォォォォーーーーン!!!」
夏休みの午前中、自宅で悶々としたオオカミの遠吠えが響きわたる。勉強机の上に突っ伏して、はあはあと息も荒げて奥歯を噛みしめる。
「ダメだ、本格的に集中力が……」
なんとか意識を正常に保とうと、数学の教材に目を向ける。だが円周率を示す記号の読み方がパイであることに気付くと、真っ先に陽花の胸部のことを思い出した。もうダメだ。
(ヤバイなぁ、勉強が本格的に進まない……いっそ、場所を変えて図書館にでも行こうか?)
家で一人というのが良くないのかもしれない。少しは人の目ある場所の方が、逆に気が引き締まるような気がする。
だが図書室を思い出すと同時に……椎から聞いた話を思い出す。
『夏期講習のない日は図書館で勉強してるから。私に会いたくなったら気軽に会いに来てね?』
挑発的に嗤う、ワルい同僚のことを思い出す。
そんなこと言われて飛び込むようでは、まるで誘いに乗っているようじゃないか。飛んで火にいる夏の虫にはなりたくない。
(別に椎に会いたくないわけじゃないけど……)
なんだろう、椎と一緒になるといつも妙な展開になる。
ちなみに遊星と椎は、週一ペースでアルバイトを続けている。六月に欠員となっていたスタッフ二名は、七月に復帰しているので過酷なシフトはもう必要ない。
時給も通常に戻ったが、別にやめるほどではない。そう思ったので名前は残している、椎もおそらくそんな感じだと思う。
とりあえず図書館はやめておこう、鉢合わせた時がややこしい。でもこのまま机に向き合ってても、きっと課題は進まない。
「ちょっと散歩……いや、スーパーにでも行ってくるか」
午前中とはいえ、日の昇っている時間は常に猛暑だ。
だが気分転換にはなる。汗だくになって冷たいシャワーでも浴びれば、少しは気がまぎれるかもしれない。
「会わなくても陽花に翻弄されるとか……好き過ぎかよ」
いや好き過ぎなのだが。ともあれ寝ぐせだけを解かし、軽装で外に出かけることにした。
***
遊星はあえて自転車を使わず、太陽の下を歩きだした。
当然、すぐに後悔する。
スーパーに着く距離の半分も歩いていない。だがせっかく外に出たのだ、夜の買い物まで一緒に済ませてしまおう。
ハンドタオルで汗を拭きながら歩いていると……スマホをじっと凝視する、中学生くらいの少年を見かけた。
目鼻立ちのしっかりとした、真面目そうな男の子。遊星と同じように汗をかきつつも、スマホを眺めたままその場から動こうとしない。
不思議に思ってその少年をチラリと見る。
すると手には「天球高校――」と書かれた封筒を持っていることに気付いた。それと同時、少年も遊星の姿に気付いたようだ。
「あの、すいません。お訊ねしたいのですが、天球高校はどちらの方角にありますか?」
「……もしかして、体験入学希望生?」
「はい。お兄さんはもしかして、天球高の生徒ですか?」
「うん、よければ学校まで案内しようか?」
「いいんですか!?」
「夏休みだからね、それに君は未来の後輩かもしれないから」
遊星の言葉に、少年も笑みを返してくれる。
買い物ならいつでもできると踵を返し、学校までの道を一緒に歩き始めた。
「それにしてもこの暑い中、よく出てきたね? ネットでも体験入学の申し込み、出来るんじゃなかったっけ?」
「はい。ですが当日に迷いたくないので、実際に足を運んでおこうと思って……」
「いいね、君はとても真面目だ。裏口入学できるよう、僕が教頭先生にクチを
「本当ですか!?」
「あ、ゴメン。いまのは冗談で……」
「あっ、そ、そうですよね!? すいません……」
遊星の冗談を真に受けた少年が、恥ずかしそうに顔をうつむける。
(うわ、ウブな中学生を騙してしまった。罪悪感……)
遊星が教頭にクチ利きなんてできるわけない。むしろヤブヘビなので触りたくない。
初対面でブッ込んだ遊星も悪いが、中学生ってこんな冗談を信じるほどピュアなのか。
可愛いと思う反面、先輩の自覚を持って接しないと……そんなことを考えながら、少年と学校へ向かう遊星だった。
―――――
そういえば一人だけ弟フラグを立ててた人がいましたね。
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