4-12 天ノ川遊星は、波打ち際でNTRに目覚める

 バーベキューが終わって一段落した頃。


 遊星と陽花は隣同士に腰かけて、食後の休憩をとっていた。


「ごめんね。昼は二人きりのはずだったのに、別の予定になっちゃって……」

「いえ。大先輩のお誘いは断るわけにはいきませんし……私も楽しい場に混ぜてもらえて、嬉しいです」

「そう思ってくれてるなら良かった」


 二人は遠目に離れた四人が談笑する姿を眺める。


「生徒会の皆さんはとても仲がいいのですね」

「そうだね。懐かしい先輩に会えて、みんなも嬉しそうだ」

「私も初対面だったのに、すっかり安心してしまいました。どこか包容力のある、素敵な方です」

「……見てたよー? 宇佐美先輩の肩に寄りかかってるの」


 遊星が拗ねた口調で唇を尖らせると、陽花もイジワルな顔で言い返す。


「なんですかぁ、遊星さん。もしかして嫉妬してくれたんですか?」

「するに決まってるよっ! 初対面で陽花に甘えてもらえるなんてっ!」

「ふふっ、女性同士ですし、いいじゃないですか。……それを言うなら遊星さんだって、藤先輩にだいぶ鼻の下を伸ばしてるように見えますよ?」

「そ、それはっ……」

「藤先輩にあーんされてた時も、会長が横から入らなかったらお受けしていたのではないですか?」

「そんな、ことはっ……!?」


 陽花が瞳を細めて挑発的に聞いてくる。だが遊星が言い淀んだかと思うと「冗談です」と笑って矛を収めた。


「でも遊星さんに嫉妬してもらえるの、なんだかちょっと嬉しいです」

「そんなことに楽しみを見出さないでよ……」

「いいじゃないですか。遊星さんもたまには後ろ暗い感情も見せてください。そうやって執着してもらえるのって、それなりに嬉しいんですよ?」

「ええ? 男の嫉妬なんてキモいだけでしょ?」


 陽花はその質問に首をぶんぶんと振り、拳を握って力説する。


「そんなことありません、私だって遊星さんに嫉妬されたいです! してくれないのであれば……これからは色々な方に甘えて、嫉妬させてみせます!」

「ダメダメ、絶対! そんなの魔性ましょうだよ、魔性の陽花は解釈違いだよっ!」

「ふふ。なに慌ててるんですか、遊星さぁん? かわいいところ、あるんですね?」

「う、うぅっ! 陽花がワルい子になってしまった……!」

「遊星さんが悪いんですよ? 私と出会ってからずーっと余裕のある表情をしてたので、慌てた顔も見たくなっちゃったんです」

「困らせて楽しんでるっ! やっぱりワルい子!」

「はいっ、ワルになりました!」


 陽花が楽しそうにワルを自称する。海に来たという解放感からなのか、今日はいつも以上にゴキゲンである。


 だが、きっとそれだけじゃない。陽花のテンションの高さには……宇佐美がいることも影響している。


 宇佐美がいる場は女性上位になりやすい。男性上位になりやすい組織という場で、強い同姓が上に立つという安心感は大きい。


 去年の生徒会も宇佐美が上に立ち、役員たちをめいっぱい可愛がった。


 おかげで女性陣が自信を持ち、発言力も強くなっていった。だからこそ桐子・美ノ梨というリーダーが現生徒会に残った。


 宇佐美に可愛がられた陽花も、その煽りを受けてちょっぴり大胆になっているのだろう。


「さあ、遊星さん。決めてください。私はいまから生徒会の誰かに甘えに行きます、誰の元に送るか選んでくださいっ!」

「そ、その話続いてたの? っていうか送り出すってなに!? 僕にNTR属性はないっ!」

「なんですかNTRって?」

「脳トレの略だよ!!!!!」


 二人がぎゃあぎゃあ騒いでいると、自由人の美ノ梨が突っ込んでくる。


「ねーねー、二人とも海に行こうよー」

「海……って、僕たち制服ですよ?」

「別に泳がなければいいじゃーん、足に浸かるだけでも絶対楽しいよー」

「私も行きたいですっ!」


 美ノ梨の提案に陽花がノリノリで手を上げる。


「ひーちゃん、ノリいいねー! ほーら、ゆーくんもっ!」

「それはいいですけど……昼の砂浜って灼熱じゃないですか? 靴で歩くにしても沈んで大変ですし」


 遊星の気勢を削ぐような現実的発言に、宇佐美がパンパンと手を打ち鳴らす。するとグラサンをかけたアロハシャツの舎弟が現れた。


「オイ、聞いたな?」

「……はっ、人数分のビーチサンダルでよろしいでしょうか?」

「よきにはからえ」

ぎょ


 一分後、宇佐美の元には六人分のビーサンが用意された。


「はー、やっぱイオ先輩ってすごーい!」

「任せろ」

「……いつか恨みを買って、刺されたりしないでくださいね?」


 ともあれ最低限の装備が整ったので――魔王軍一行は、ビーチに向けて走り出した。


 美ノ梨はもちろんのこと、その次に飛び出していったのは陽花だった。


「遊星さん、見てくださいっ! 海ですよ、海っ!」


 眼下に広がる大海原を前に、目を輝かせて大はしゃぎ。


 まばゆいほどキンキンに光る砂浜に、鼻をつく濃厚な磯の香り。心を落ち着けるほど安らかに響く波の音。


 海なし県で暮らす遊星たちにとっての、非日常がそこにあった。


「ほら、遊星さん行きましょう!」

「うん!」


 陽花に手を引かれ、波打ち際まで一気に駆けていく。先に着いた美ノ梨は早くもサンダルをポイポイと履き捨てて、素足で海水に突っ込んだ。


「きゃほーーー! 母なる海に帰って来たー!」

「藤先輩っ、冷たくありませんかっ!?」

「ぜんぜーん! ぬるいくらいだよー!」

「……ホントですねっ、ぬるいですっ!」

「ちきゅーーー、おんだんかだーーーっ!」


 美ノ梨が両手を上げてバカ騒ぎ。すると陽花もそれを真似して、


「おんだんかーーーっ!」


 と両手を上げて叫ぶ。二人のテンションの高さに思わず吹き出してしまう。


「ほらっ、ゆーくんもっ!」

「えっ、えっ?」

「遊星さん、早くしてくださいっ」

「お、おんだんかー?」

「声が小さーーーい!」


 美ノ梨が海面を蹴っ飛ばし、遊星に水しぶきを飛ばす。


「うわっ、なにするんですか!?」

「もっと、マジメに! ほら、おんだんかーーーっ!」

「お、おんだんかぁーーーーーっ!?」


 遊星が声を張り上げてバンザイをする。海に足をつけたまま、両手を上げ続ける制服三人組。


「……あの、これいつまでやってればいいんですか?」

「もうちょっと待って! もうすぐでゴクーの元気玉が完成するからっ!」

「ゴクーって誰!?」

「なにバカみたいなことしてるのよ……」


 遅れてやって来た桐子が呆れた声で言う。桐子はいつの間にか麦わら帽子をかぶり、肩にはクーラーボックスをかけていた。


 そして離れた位置にクーラーボックスを置き、そこに座って足を組む。


「ちょっと桐子ぉー、なにそんなとこでボーっとしてんの? 早く入ってきなよー」

「行かないわよ、濡れたら制服が磯クサくなるじゃない」

「じゃあハダカになればいいじゃん」

「バカ言うんじゃないわよ」


 桐子はあくまでその場から動かないつもりのようだ。ちなみに宇佐美と岩崎は……桐子のさらに後ろ、パラソルの下にいた。


 宇佐美だけはいつの間にか水着姿になっていて、うつ伏せでこちらに向かって手を振ってくる。その横では岩崎が得も言われぬ表情で、黙々とその背にサンオイルを塗り続けていた。


「もー、せっかく来たんだから入らないと損だよー?」

「いいのよ、私はこうしてるだけでも十分楽しいから」


 昔に比べて愛想は良くなったものの、桐子はなにを気にしてか動く気はなさそうだった。


 ノリが悪いと美ノ梨も頬を膨らませ、半ばあきらめかけた頃――意外にも動いたのは陽花だった。


「会長、入りましょうよっ」


 陽花が桐子に近づき、可愛くお願いをする。


 あまり接点のない陽花に誘われたのが意外だったのか、桐子も少したじろいだ様子だった。


「……ごめんなさいね、村咲さん。いまはそんな気分じゃないの」

「でも私は会長と海に入りたいです。遊星さんの恩人である会長と、少しでも仲良くなりたいんです」


 意外にも食い下がらない陽花に、桐子が動揺し視線を逸らす。すると陽花は、ふっと悲しそうな表情をする。


「……はぁ、やはり会長は私のことがお嫌いなのですね」

「べ、別にそういうのじゃない……けど」

「でもこうして目を合わせるのもイヤなご様子で」

「ち、違うわ……そうじゃなくて、その……」

「ではっ、私と一緒に遊んでください!」


 陽花が桐子の手を握り、ぐいっと強引に引っ張る。


「ちょ、ちょっと!? ……もう、仕方ないわねっ」


 陽花の押しに負けた桐子は、どこか照れた様子で仕方なく波打ち際まで歩いてきた。そして陽花は桐子の腕に抱きつき――遊星の方を見て、妖しく笑いかけてきた。


(くっ……!? 陽花のヤツ、まさか僕を嫉妬させるためにっ!?)


 しかもそれは二重のショックを伴った。


 ひとつは陽花の腕抱きを、桐子がなんの苦労もなく享受していること。


 そしてもうひとつは……遊星のお願いをまったく聞き入れなかった桐子を、陽花があっさり攻略してみせたこと。


 しかも「仕方ないわね」は遊星が一年間、ずっと聞きたかった言葉だった。


「く、くうぅぅぅーーーっ!?!?!?」


 謎の悔しさが遊星の胸を襲う。


 目の前では陽花が令嬢モードの媚びた笑顔で、桐子に甘えてきゅうきゅうとくっ付いている。


 身を焦がすような嫉妬心が遊星の胸を襲い、そして――


「陽花ッ!」


 叫ぶような声に陽花が思わず振り返る。そこに目がけて遊星は、両手いっぱいに掬った海水を浴びせかけてやった。


「きゃあっ! なにするんですかっ!?」

「そうやってワルい事をしようとする子は、こうだっ!」

「も、もう濡れちゃいますってば!」


 そう言いながらも嫉妬を煽れたことが嬉しいのか、陽花はとても楽しそうだった。それを見て取った遊星は、もう後のことも考えずに陽花に海水をかけ続ける。


「ちょっと天ノ川くん!? 私にも水がかかるじゃない!?」

「知りませんよっ! 桐子さんだって少しくらい、塩辛い思いをすればいいんだっ!」

「そーだそーだ! 桐子が全部悪いっ!!」


 急に加勢した美ノ梨も加わって制服四人組は、じゃぶじゃぶと海水を掛け合い始めた。


 途中まで逃げに徹していた桐子も、気付けばサディスティックな笑みを浮かべて攻撃に転じ始めた。


 そうして四人が開き直ってずぶ濡れになるのを見て、宇佐美はフンと鼻を鳴らして笑う。


「オイ、見ろよガク。アイツらあんなに濡れやがって、車に乗る時どーするつもりなンだろうな」

「……でも楽しそうですね」

「まあな、お前もあっちに混ざりたいか?」

「えっ、いいんですか!?」

「オレの肌に触れるより、あっちに行きたいって言うンならな?」

「……うぅっ、ご奉仕させていただきますぅっ!」

「ハハ、よきにはからえ」


 こうして生徒会の面々は、存分に夏の海を楽しんだのだった。

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