4-11 魔王軍は夏休みの海を満喫する

「えーーーっ!? せっかく海に来たのに、水着回じゃないのーー-っ!?」

「学校から制服のまま来ましたからね……っていうか、誰に言ってるんですか?」

「ただのお気持ちひょーめー!」


 例の透けワイシャツに身を包んだ美ノ梨が、海岸沿いのキャンプ場でくるくると楽し気に回っていた。




 学校を出た遊星たちは、宇佐美がレンタルしていたミニバンで千葉の海へと出発した。


 ナビは片道三時間と言っていたのだが、なぜか一時間で到着した。理由は説明しないことにする、ちなみに助手席の岩崎はひどい車酔いになっていた。


 海岸に到着した遊星たちはすぐに海――ではなく、近くのキャンプ場へ移動。屋根付きの調理場でバーベキューをすることにした。


 ブロック塀を積み上げたコンロの中で、着火した炭がパチパチと爆ぜている。煙のツンとニオイが漂い始めた頃、宇佐美が威勢のいい声を上げた。


「ヤロウ共ッ、肉を焼くぞッ!」

「「「おーーーーっ!」」」


 近くに置かれたクーラーボックスには、かなりの食材が詰まっている。ミニバンには詰める量ではないし、来る途中に買ってきたわけでもない。


 このクーラーボックスはキャンプ場のスタッフが、わざわざ運んで来てくれた物だった。


「宇佐美さん、お待たせしましたっ……!」


 肌の焼けたサーファー風の男が、汗だくになりながら殊勝な態度で声をかける。


「ご苦労サン、お前も混ざっていくか?」


 すると男は美ノ梨・陽花と、ワイシャツ姿の女性陣を眺めまわし――最後に宇佐美の顔を見て、迷いなく言った。


「いえ、遠慮しておきます……」


 引きつった表情で、男は逃げるように去って行った。


 ……以前、学校でもよく見た光景だ。宇佐美の側にいると、どこからか腰の低い舎弟しゃていのような人間が現れる。


 きっと彼も宇佐美になんらかの弱みを握られているのだろう。まさか学校外の、しかも千葉のキャンプ場にもいると思わなかったが。


「ちっ、つまンねーなァ。軽い男は度胸がねェ、第一印象くらいでしか勝負できないなら声かけてくんなっての」

「ホントですよねー、だから美ノ梨もナンパっぽいのは好きくなーい」

「いざって時にはイモ引く男ばっかだ。それに比べたら……ヒナのが、よっぽどキモ座ってやがる。なァ!?」

「ありがとうございますっ!」


 陽花の隣に座っていた宇佐美が、華奢な肩を抱きながら言う。もちろん陽花は抵抗することもなく、ニコニコしながら宇佐美のスキンシップを受け入れていた。


(……なんか、嬉しいな。こうして陽花がみんなと仲良くしてるのを見ると)


 令嬢モードを持つ陽花は、誰が相手でも好意を惜しまない。それが相手に伝わるからこそ、陽花は人に好かれるのだろう。


「ほら、そろそろ火力がアガってきたぞ?」

「ホントだ、ファイヤーーーッ!」

「ちょっと美ノ梨、騒いでないで早くそっちの肉をひっくり返して」

「岩崎、そろそろ体調大丈夫そうか?」

「おかげさまでな。俺のことは気にせず先に食べててくれ……」

「岩崎先輩、お水です。良かったら少し飲んでください」


 六人で網を囲み、自由に食材を載せて食べたいときに食べる。


 燦々さんさんと降り注ぐ日光が芝生を青々と照らし、水平線の向こうには入道雲が空高くそびえ立っていた。


「おい、ユーセー! ガク! そこらへんの肉焼けてるっ、会長様と副会長様に取って差し上げろ!」

「はいっ!」

「うす……!」


 二人同時に返事をし。遊星は焼けたお肉を桐子の紙皿に乗せてあげた。


「ありがとう、天ノ川くんもしっかり食べてね」

「はいっ!」


 桐子の言葉に笑顔で応えると、その様子を横目でに見た宇佐美がどこか寂しげに笑ってみせた。


(……先輩にはちょっと申し訳ないことしちゃったかもなあ)


 宇佐美は去年、遊星の恋を後押しする第一人者だいいちにんしゃだった。


 一目惚れをして桐子を追い回す遊星に、生徒会見習いという立場で関わるチャンスをくれたのも宇佐美だった。


 きっと面白半分ではあったものの、二人が恋人同士になればいいと思ってくれていた。だから遊星も宇佐美に助言を求めたし、宇佐美もそれに応えた。


 遊星の恋心を利用して、生徒会に楽をさせる目的もあっただろう。未来の生徒会役員を青田あおたいしただけなのかもしれない。


 でも宇佐美の優しさにウソはなかった。もし遊星がウソを見抜けなかっただけだとしても、そのウソに騙されてもいいと思える人だった。


 だが一年経ったいま、遊星のとなりに立っているのは桐子ではなかった。


 先ほど見せた宇佐美の表情は、二人に存在しない未来を見たのかもしれない。


 もちろん遊星は別の未来を差し出されても、手に取ることはない。だから宇佐美がどう思っていようと、遊星には辿り着いた場所で胸を張ることしかできない。


 遊星にできることといえば、こうして焼き肉を取り分けてやることくらいだった。


「ほーら、ゆーくんも食べなー? 美ノ梨があーんしてあげるよ」


 しばらく呆けていたのだろうか。黙っていた遊星に向かって、美ノ梨がお肉を挟んだ箸を差し出してきた。


「えっ、ちょっと!? みんなの見てる前で、困りますよっ!」

「あ、そっかー。美ノ梨のあーんをキャッチしてくれるのは、二人っきりの時だけだったねー?」

「誤解を招くようなこと言わないでくださいっ!!!」

「じゃーみんなの前でやっちゃおー。はい、あーん?」

「そういう意味じゃなくてっ!」

「あー、お肉が箸から落ちそー! もったいなーい!」


 美ノ梨が急かすようにわざとそんなことを言う。


 からかわれる遊星を見て、宇佐美もニヤニヤと笑っている。だが遊星が恐れるのは、無言の笑顔で圧をかけてくる陽花の方である。


「あー、落ちるぅーー!」


 美ノ梨が謎に折れない精神で、遊星の前に肉を差し出していると――横から顔を出した桐子が、パクっと肉をさらった。


「ちょっと桐子なにすんのー?」

「海辺で無防備に食べ物をさらして置く方が悪いのよ。油断してると飛んできたタカに掻っ攫われるんだから」

「「「ぶっ!」」」


 遊星と陽花と宇佐美の三人が、示し合わせたかのようにむせ始める。


 ハゲ。


 その単語を聞いた遊星は、停学明けの桐子を思い出してしまう。校門前で全校生徒にあいさつをし、頭を朝日に輝かせていた時のことを。


 すると現生徒会の岩崎と美ノ梨が、おおおと感心したように目を丸くする。


「会長のハゲネタがしっかりウケてる……!」


 岩崎がどこか感動したように言う。


「……いや、結構オモシレーだろうが。なんでお前ら平気そうな顔してンだよ?」

「だって桐子しつこいんだもーん。ハゲネタがウケると知ったら、毎日のように笑わせようとしてきてさー」

「冗談だろ? あのビビりでお堅いキリコが自虐ネタなんて――っ!?」


 宇佐美がふたたび桐子の方に視線を戻し、目をひん向いた。


 なぜか桐子はどこからか取り出したコンディショナーで、三センチほどしかない髪の補修を始めていた。


「おい、ヤメろっ! 真顔でそんなことすンなっ!」

「最近、寝ぐせがひどくて……」

「ヒイィィィッ……!」


 宇佐美が奥歯を食い縛り、涙を流しながら震えている。遊星も笑い過ぎて頭が痛くなってきた。


 陽花も前髪で表情を隠し、お腹を押さえてぷるぷると体を震わせている。


 三人が笑いをこらえるのに必死でいると、桐子は焼けた肉を次々と自分の皿にのせていく。そして遠慮なく口に放り込み……ドヤ顔で言った。


「人が笑ってる隙に肉を総取りなんて……これが坊主、丸儲けってやつね」

「……っ!? 会長、やめてくださいっ。お腹が、お腹がつりそうですっ!」


 ――陽花の、令嬢モードが陥落した。


 腹筋よわよわの陽花は涙を流して笑い始め、宇佐美の肩に寄りかかって足をバタつかせる。


 それを見て遊星が巻き込みでショックを受ける。


(ひ、陽花の僕以外の人に甘えてるっ……!? 宇佐美先輩とは会ったばかりなのにっ!?)


 初日で宇佐美は陽花の信頼を勝ち得てしまった。格の違いでも見せられたような気がして、遊星が勝手に凹み始める。



 笑いが取れて誇らしそうな桐子。笑い転げる宇佐美と陽花、凹んだ遊星。そして爆笑する三人を、どこか白けた顔で眺める美ノ梨と岩崎。


 突発的に始まった小旅行の前半戦は、そんな混沌の中で始まったのだった。



―――――


 突然ですがカクヨムコンに向けて、異世界ファンタジーの新作を投稿し始めました。お時間があればそちらも読んでくださると嬉しいです!


https://kakuyomu.jp/works/16817330665419777096


 もちろん後輩ちゃんの更新も継続します!

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