4-10 後輩ちゃんは魔王相手にもひるまない
説明会準備、三日目。
いよいよ今日が手伝い最終日。
だが昨日で作業のほとんどは片付いていた。学校による最終チェックに引っかからなければ、午前中に解散できるとの事だった。
遊星はそれを見越して、陽花に予定を空けてもらっていた。
特に行き場所は決めていない。六月に突発制服デートを決めた時のように、繁華街で昼食を取ってウィンドウショッピングでもと考えていた。
――突然のイベントが舞い込んでくるまで、は。
「それではみなさん。三日間のご協力、本当にありがとうございました」
体育館に集合した生徒たちを、桐子が通りのいい声でねぎらった。
解散のあいさつを聞き終えた生徒たちは、ようやく終わったと安堵の息を漏らす。
これから遊びに行く者、帰って惰眠を
それぞれが午後の予定を思い描き、体育館の出口に向かって行くと――扉の脇に立っている、長身の女性に気付く。
外見は一見すると、桐子に似ている。
だが似ていると言っても髪を切る前の桐子に、だ。
肩の下まである黒髪には白のエクステが何本が垂れ、オーバーオールのポケットに手を突っ込み、黙ってこちらを見据えている。
扉の脇を通って体育館を後にする生徒は、気付かない振りをする人もいれば、軽く会釈する人もいる。
ともあれ出口に向かう生徒に共通して言えることは、
(話しかけられませんように……)
という、恐怖から来るものだった。
一般的にはそんな印象を持たれる、カラスのように不吉な印象を持たせる黒の女性。
だが、遊星がその人を見つけた時。表情に浮かんだのは――満面の笑みだった。
「あれっ、もしかして……
出口にいる宇佐美と呼ばれた女性は「ようやく気付いたか」と笑みを作り、手を上げるとこちらにつかつかと歩み寄ってきた。
「久しぶりじゃん、ユーセー」
「お久しぶりですっ! 今日はどうしたんですかっ!?」
「どうしたって決まってンだろ? 夏休みだから後輩がなにしてっか見に来たンだよ」
そう言って宇佐美と呼ばれた女性は、ガシガシと遊星の頭を撫でまわす。
すると宇佐美が来ていたことに気付いた、生徒会メンバーも次々に驚きの声をあげる。
「あーーーっ! イオパイセンだーっ!」
「ミノリィ、元気してたか?」
「してたよーっ、もー来るなら先に言ってくださいよーっ」
美ノ梨が大はしゃぎで宇佐美の胸に飛び込んでいく。抱きつかれた宇佐美も当然のように美ノ梨に手を回し、頭をよしよしと撫でてやる。
そして桐子も二人に近寄って行き、大人びた笑みを浮かべて声をかける。
「宇佐美会長、ご無沙汰してます」
「バカ、会長はお前だろ」
宇佐美はドスの聞いた声を出したかと思うと、近寄ってきた桐子を見てキッキッキと笑い出した。
「お前、マジで頭やったのな?」
「すぐにケジメをつける方法が、それしか思いつかなかったんですっ……!」
「いいんじゃね? 似合ってるぞ、メチャカッコいい。なにより男らしい」
「う、嬉しくありません……!」
桐子が頬を染めて、子供のように拗ねてみせる。
「でも、その後は上手くやってるみたいじゃん。良かったな」
「……あの時は相談に乗ってくれて、ありがとうございました」
「当たり前だ。キリコだってオレのカワイイ後輩だからな」
宇佐美がそう言うと、桐子がどこか照れたように視線を落とす。
それに気付いた宇佐美が桐子に近づいて手を広げると、桐子は少し照れながらも胸に頭を押し付ける。
「がんばってンじゃねぇか、お前は立派に天球高の会長をやれてるよ」
「……はい」
――陽花はその女性の登場で、空気が一変したことに驚いていた。そして遊星に顔を寄せて、耳打ちでこっそり聞いてくる。
「……あの方は、どなたですか?」
「去年卒業した、前生徒会長。
桐子が鬼の生徒会長なら、宇佐美は――魔王だった。
宇佐美を少し知る者であれば、間違っても彼女と対立しようとは思わない。
口論になれば相手が折れるまで、絶対に自分の主張を曲げない。相手が
弱みを握る対象は生徒だけにあらず。宇佐美の目を真っ直ぐに見て話せる先生は、遊星の記憶にある限りゼロに近い。
だが魔王と呼ばれる宇佐美も、身内には甘い。
この人に守ってもらえるなら大丈夫。と、手放しで安心してしまえる絶対者。それが去年までこの学校に君臨していた生徒会長、宇佐美麟央だった。
「……今日いる役員はこれだけか?」
「んーん、まだ岩崎くんがいるけどー?」
美ノ梨が体育館の壇上に目を向けると……デカい図体を演題の影に隠し、震えている岩崎の姿があった。
すると宇佐美は壇上に昇り、演題に飛び乗った。そして演題の上からあぐらをかいて、怯える岩崎を見下ろした。
「おーおー!
「ひ、ひいぃぃぃ!!!」
下の名前で呼ばれた岩崎は縮こまり、涙目で頭を抱えている。
「大先輩を前に隠れるたァ、いい度胸してンじゃねぇか!」
「い、いやっ、これは隠れてたわけじゃなくてっ……!」
「つべこべ言わずに出てこいやァ!」
「はいぃぃぃぃっ!!」
岩崎はビビり散らしながら、渋々と演題から姿を現した。宇佐美が岩崎の肩に腕を回して密着するも、岩崎は首をすくめてびくびくとしている。
「じゃあ、これで全員か……ン?」
宇佐美がこの場に残った生徒を見回す。
桐子、美ノ梨、岩崎、遊星……そして陽花。
「見慣れない顔がいるな、生徒会か?」
宇佐美が新顔にメンチを切る。が、陽花は動じずに一礼して名乗り出た。
「お初にお目にかかります。私は新一年生の村咲陽花と申します。はじめまして、宇佐美先輩」
「はい、はじめまして。オレは宇佐美」
「よろしくお願い致します」
あまりに礼儀正しい陽花を見て、宇佐美をなにを思ったか――
「ガオーーーーーッ!!!」
……と、大声を出して陽花を威嚇した。
だが陽花はニコニコ笑顔を崩さず、宇佐美の前に立ち続けている。
「お前は……ヒナって言ったか。オレのことが怖くないのか?」
「とんでもないです。会長や副会長とお話する様子を見て、とてもお優しい方なのだとわかりましたので」
「フン、そうか。なかなかキモが座ってんな。おい、ユーセー!」
「はいっ!」
「これがウワサに聞く、お前の女か?」
「はいっ、お付き合いさせてもらってますっ!」
「イイの捕まえたじゃねぇか、大事にしろよ?」
「もちろんですっ!」
遊星がハキハキと応えると、宇佐美はニヤっと笑い――肩を組んだままの岩崎に目を向けた。そして……
「ガオーーーーーッ!!!」
「ひいぃぃぃっ!!!」
岩崎が涙目で怯える。
「ったく、お前は去年と変わらずビビりだなァ」
「せ、先輩が怖すぎるんですよぉっ!」
「ったく。男としてのパーツはこんなにイイのが揃ってるのに、もったいねェなァ……」
宇佐美の指先が岩崎の首筋をなぞると、ぞぞぞっと背筋を震わせる。
「まーいいや。よし、じゃあ行くか」
「……行くってどこに、ですか?」
岩崎が弱々しい声で聞き返すと、宇佐美が当然のように言う。
「決まってンだろ? 海だよ、海。夏休みだぞ?」
「海って……県内に海なんてないじゃないですか」
「県外に行けばいいだろ。外に借りてきたバンが止めてある」
「あ、そうなんですね……でも、すいません。今日はちょっと用事が……」
「ガオーーーーーッ!!!」
「ひいぃぃぃっ!!!」
「海に、イクぞっ!!!」
「はいぃぃぃぃっ!!!」
岩崎がぶんぶんと首を縦に振る。
「お前らも、いいなっ!?」
「「「はいっ!」」」
拒否権がないことを知る生徒会の面々は、既に気持ちを切り替えて今日の予定をすべて投げ捨てる。
そして最後。
生徒会とは無縁の陽花にも、宇佐美が挑戦的な視線を向ける。
「……ヒナも当然、来るよな?」
すると陽花は満面の笑みを作って、
「はいっ!」
と、元気に返事をした。それに気分を良くしたのか、宇佐美はニヤリと笑って声を張り上げる。
「よーーーし、今日からヒナもオレの身内だ! 全員まとめて着いて来いッ!」
そうして陽花を含めた六人は、突発で海に出かけることになった。
―――――
夏といえば海! ということで強制イベント、生徒会メンバーで海を攻めることになりました!
ちなみに岩崎くんは出番が増えそうだったので、下の名前が授けられ「
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