4-9 後輩ちゃんはめずらしく、先輩に友達を紹介する

『お昼に言いそびれてしまったんですが。明日、会って欲しい方がいるんです』


 陽花からそのメッセージが届いたのは昨夜、遊星が眠る直前のことだった。


 人を紹介したいなんてめずらしい。


 断る理由もないので二つ返事で了承した、その翌日――説明会準備・二日目。午前作業を終えた休憩中、その人物が遊星たちの前に現れた。


「はじめましてっ! 私はぁっ、大西おおにし仁千夏にちかと申します! 伝説の天ノ川先輩とお会いできて、恐悦きょうえつ至極しごくでございますっ!」

「うん、よろしく」


 とても元気な、一年生の女の子だった。


 背丈は陽花と同じくらいのメガネっ子、だがその小さな体からはとてつもない元気を溢れさせている。


「村咲さんっ、私から直接お話させていただいても、よろしいでしょうかっ!」

「ええ、もちろんです」


 彼女である陽花の同意を得た仁千夏は、一歩前に歩み出ると仰々ぎょうぎょうしく頭を下げた。


「実はこの大西、天球高に調理研究部ちょうりけんきゅうぶ発足ほっそくさせたいと考えているのですっ!」

「調理研究部?」

「はいっ! 具体的には料理をする部活、と考えていただいて構いません!」

「名前からしてそうだろうとは思うけど……どうして僕のところに?」

「それはですねっ! 私のご友人でもあり、天ノ川先輩のガールフレンドでもあらせられる村咲さんに、入部いただくことになったからです!」

「……そうなの?」


 陽花が困ったような笑みを浮かべてうなずいた。


「はい。当面は人数募集に注力するので、すぐに活動することはないとの事でしたので……ご相談せずに決めてしまって、すみません」

「それは全然いいんだけど……」

「ありがとーーーーっ、ございまぁーーーーす!!」


 仁千夏の爆裂感謝が教室に響きわたる。


「村咲さんをお預かりするにあたって、彼氏様へのあいさつは当然とうぜんのこと。本日はそのために参上した次第でありますっ!」

「なるほど。とてもしっかりした部長さんで安心したよ」

「なんとお優しいお言葉。これがS級美少女に並び立つ、S級彼氏の立ち振る舞い……さすがですッ!」

「ははは……」


 個性的な人だ。


 でも大声でS級彼氏とか言わないで欲しい、周りで休憩している班員に聞こえてないわけがない。恥ずかしいったらありゃしない。


「しかし村咲さんのお名前を借りて尚、まだ部としては認められていません。部の発足ほっそくにあたっては……」

「五名以上の部員、そして三ヶ月以上の活動実績が必要。だからね」

「さすがは元生徒会役員、おっしゃるとおりです!」

「発足の目途は立ってるの?」

「……お恥ずかしながら、まだ私と村咲さんの二人です」


 てへへ、と仁千夏が誤魔化すように笑う。


「とりあえず人員が揃い次第、活動実績を作って行きたいと思ってます。それまで村咲さんに迷惑を掛けないようにしますので、なにとぞ……」

「――僕も入ろうか?」


 遊星の提案に、陽花と仁千夏が目を丸くする。


「僕だって料理は好きだし、いまは部活や委員会にも入ってない。都合がつけば名前だけじゃなく、活動にだって参加してもいいよ?」

「……えっ、はっ、ほ、本気でおっしゃってるんですか!?」

「もちろん。陽花も――」


 それでいい?


 と、聞こうとして視線を向けると、陽花は嬉しそうにふわりと笑っていた。


「……実は、私も同じことを考えていました。遊星さんと部活ができたら、楽しそうだなって」

「だよね。僕だって料理は好きだし、名前だけなんてもったいないよ」


 陽花とはもっと時間が作れたらとは思っていた。学年もクラスも違うので毎日会えるとはいっても、昼休憩と下校を共にするだけ。


 それなら同じ部活に入れば作れる時間は倍以上だ。むしろ入らない理由の方がない。


 もし問題があるとすれば……部活で夕飯を作るのが遅くなり、腹ペコ千斗星ザウルスが暴れるくらいだろうか。だがそれも事前の連絡で、どうにでもなる。


「入部届、ある?」

「も、もちろんです! あ、まだ部ではなく研究会なんですけどっ!」

「じゃあ手っ取り早く、調理研究会を部に昇格させちゃおうか?」

「はいっ!!」


 仁千夏は感激に打ち震えながら、遊星に入会届を差し出した。


 遊星は特にためらうこともなく入会届に署名をし、研究会会長である仁千夏に手渡した。


「これからよろしくお願いします。大西会長」

「あ、頭を上げてくださいっ! 天ノ川大先輩にそのようなことを……」

「私からもお願いします、会長」


 陽花も真似して頭を下げると、仁千夏がパニックにでもなったように騒ぎ出す。


「あ、あわわわっ。お二人が私の部下だなんて……過剰戦力な研究会を作ってしまってのでわっ!?」


 こうして帰宅部であった二人は、夏休みという半端な時期に調理研究会――通称、調研ちょうけんにその名をつらねたのだった。


 大西と連絡先を交換して、研究会のグループトークも作成する。こういったグループに入ったのも生徒会以来なので、遊星も少しワクワクしてしまう。


「とりあえず夏休み中の活動予定はありません。もし、あるとすれば……上手くできた料理の写真や、レシピのシェアでもしていきましょう」

「楽しそう」

「いいですねっ」


 三人は早くも意気投合し、和気あいあいとした空気のままその日は別れた。


 そして休憩も終わった午後の作業中。


 ふと、気になったことがあったので陽花に訊ねてみた。


「そういえば大西さんって、どうして今日学校に来てたの? ボランティアのメンバーじゃなかったよね?」

「今日、文化祭実行委員の会議があるみたいです。それに参加するため、と聞きましたが」

「大西さんって文実ぶんじつのクラス委員も担当してるんだ。大変だね」

「いえ、クラス委員は別の方だったはずですが……」

「じゃあ、どうして文実の会議に参加してるんだろ?」

「……どうして、ですかね?」


 二人の疑問が解消されるのは、二学期が始まった後のことだった。




―――――


 仁千夏はすぐ話に絡まないので、ふんわりと覚えておいていただければ幸いです!

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