4-8 後輩ちゃんは、夏休みの学校でイチャつきたい

 ボランティアの生徒も一通り集合し、学校説明会の準備が始まった。


 集まった人達を七つの班に分け、各教室にて映像機器の準備や資料の振り分け、その他いろいろ。


 その中で遊星と陽花は……気を効かせてくれたのだろうか、運よく同じ班になることができた。


 一緒に担当の教室へ向かう途中、陽花が不思議そうにこんなことを聞いてきた。


「学校説明会って、教室で行うんですか?」

「そうだね、毎年そうだったと思うけど」

「本当ですか? 去年、私が説明会に来た時は体育館だったのですが」

「ああ、教室でやるのは夏だけだね。クーラーの効いた部屋でやらないと、みんな熱中症になっちゃうから」

「なるほど。そういえば私が参加したのは、十一月頃の説明会でした」


 今更だが説明会とは来年の入学を検討する、保護者や生徒に向けての情報発信のことを指す。


 教育理念や指導方針、授業や部活動の映像、そして部活成績や進路実績。そういったものを資料や映像で開示し、また実際に足を踏み入れることで入学時のイメージを持ってもらうことが目的だ。


 説明会当日の進行はすべて学校側で行うが、準備については生徒のボランティアも募っている。


 説明会準備は今日を含めて三日間。


 それが終わった後は八月中旬に体験授業の準備もある。遊星はその手伝いにも参加するとに決めていた。


「陽花は体験入学に参加しなかったの?」

「そちらは秋の初めくらいに終了していたので……」

「もし夏の体験入学に来てくれれば、僕と会えたのに」

「……その時はまだ、いめちぇん前だったんですっ!」


 ぷんすこ怒った陽花が、遊星の腕にちょっぷをお見舞いした。



 担当された教室では、岩崎の指揮に従って各セッティングを行った。


 岩崎はスマホで連絡を取りながら、去年のマニュアルに目を通しながら的確に指示を行っていく。


(……岩崎、競歩大会の頃に比べたら本当に変わったよな)


 二年の役員は他にも佐々木と橋本がいる。だが二人は家の用事やら夏期講習が重なり、ほとんど参加できないらしい。


 別にそれ自体は仕方のないことだと思う。だが岩崎は二人以上に生徒会に真摯に向き合っていて、強い責任感のようなものを感じる。


 遊星はあの真剣な目を知っている、あれは去年の桐子と同じ目だ。これは予想でしかないが、岩崎はおそらく――


 その時、正午のチャイムが鳴り響いた。

 チャイムが鳴り終わると同時、監督役の岩崎が声を張り上げる。


「じゃあ昼になったので休憩としまーす! 学食も開放はしてますが……涼しい部屋がいい人は、汚さないように気を付けて食べてくださーい」


 そう言われてしまえば学食に向かおうとする人は皆無だ。


 セッティング中の各教室にはクーラーがかけられている、作業中に倒れられないようにするためだ。学食にもクーラーはあるが、機会が古いせいかあまり涼しくは感じられない。


 遊星と陽花も近くの机を向け合い、昼の準備を開始する。そして陽花が保冷バッグの中から……お弁当を差し出してくる。


「……夏休み中なのに、本っ当にありがとう!」

「いえ、私が作りたかっただけですから」


 遊星は頭を下げ、弁当箱を両手でお受け取りする。


 なんと、陽花は説明会準備中もお弁当を作りたいと申し出てくれたのだ。


「ボランティアに参加するって言った時も驚いたけど、こうしてお弁当まで作ってもらえるなんて……僕は世界一幸せな彼氏だぁっ!」

「もうっ、大げさですよぉっ」


 ウソ泣きをする遊星にも、嬉しそうにツッコむ陽花。周囲に言い訳が出来ないほどのイチャつきぶり。


 教室には同じ班に振り分けられた生徒たちの目もある、だが二人に冷ややかな視線を向ける者はいなかった。むしろ得られた反応は逆である。


「おー、二人がイチャついてんの初めて見た」

「作業中は会話も淡白だし、実は付き合ってないのかと思ったよね~」

「さっき後輩ちゃんと話したけど、すっごい礼儀正しいのな。あんな完璧なコがはしゃいでんの見ると……なんか逆に安心するかも」


 校内新聞やら拡散やらで、二人が付き合ってるのは周知の事実。


 そのため同じ班になって初めて二人を見た者は、付き合ってる男女がどのように振る舞うのか観察しようとして――拍子抜けした。


 二人は作業中は特にベタベタするでもなく、淡々と目の前の仕事に集中していた。


 だからこうして休憩中にイチャつき始めても「ちゃんと付き合ってたんだ、良かった……」と謎に安堵してしまう有り様だった。


 食事中も遊星はウザいほどに料理を褒め、過剰な感想に文句を言いつつ満更でもなさそうな陽花。周囲の微笑ましい視線に気付くこともなく、二人は久しぶりのお弁当タイムをたっぷり堪能した。


「今日も美味しかったよ、ご馳走様でした」

「お粗末様です」


 揃ってご馳走様を終えると、陽花がお茶を注いでくれる。


「まさか夏休み中にも一緒にお弁当を食べられるとは思わなかったなあ……」

「早起き、がんばりました」

「休みなのに早起きできて、エラいっ! いつもありがとう、陽花っ」

「はいっ!」


 褒められ待ちの陽花に、遊星は望まれた言葉をかけてあげた。どこか芝居がかっていても、そんなやり取りが楽しい。


 だが陽花は嬉しそうな表情を少しだけ崩し、困ったような顔で寂しそうに言った。


「長いお休みは嬉しいのですが……お会いする時間が減るのだけは、少し寂しいですね」


 夏休みになれば、学校も授業もない。授業がなければ陽花が遠い自宅からやってくる理由がない。


 つまり、陽花と会う機会は激減する。


 これまで毎日のように顔を合わせていたが、長期の休みは陽花と距離を作ることにもなってしまうのだ。


 もちろん、陽花にはできるだけ会いたい。


 でも毎日会いに来て欲しいなんて言えないし、電車賃をかけて毎日会いに行くのも現実的ではない。


 だから陽花もそんな想いで、ボランティアに来てくれたのだろう。少しでも遊星に会うために骨を折り、時間を作ってくれた陽花には感謝しかない。


 ……だったら遊星からも、行動を起こさないと。


「陽花。来週末は一緒に、花火大会に行かない?」


 遊星は前もってスマホに保存していた、大会の告知サイトを見せる。


 花火会場は陽花の最寄りから四駅となり、歩いて十分ほどにあるオートレース場の敷地内。


「前に行こうって話はしてたけど、具体的な約束はしてなかったなって思って。……どうかな?」

「絶対に行きましょうっ!」


 諸手を上げての了承に、遊星は胸を撫でおろす。


 だが次に提案する内容が少しばかり恥ずかしい。遊星はドモらないように気をつけながら、照れくさい気持ちを抑えて声にした。


「それで……出来れば、なんだけどさ。前にも話した通り、もし用意してもらえそうなら、浴衣姿をリクエストなんかしてみたり……」

「……ちゃんと考えてますよ」

「ホントに?」


 陽花が視線を逸らし、弱々しくコクンとうなずいてくれる。


「それに遊星さんが私に求めてくれたことです。……彼氏さんの求めには、できるだけ応えてあげたいです」


 自分で言っていて恥ずかしくなったのか、陽花の顔がみるみると赤くなっていく。


(……僕の彼女、可愛いすぎか????)


 それに言葉選びが、卑怯だ。その言い方だとまるで遊星がお願いすれば、なんでも応えてくれるみたいじゃないか。


「じゃあ、お願い……します」

「後ろ髪は、上げて行ったら、いいですか……?」


 前に遊星がうなじがみたいと、変態発言した事を覚えていたのだろう。そこまで本気で言ったわけではなかったが、かなり本気で見たくて言っただけなので首をぶんぶんと縦に振る。


「超っ、お願いします」

「……善処いたします」


 なにやら言葉を重ねるごとに恥ずかしくなってしまい、どんどん顔が熱くなっていく。


 ……そして忘れてはいけないのだが、ここは他の生徒もいる教室である。


 二人の会話を盗み聞きをしようと、耳をそばだてていた班員たちも恥ずかしくなってしまい……涼しいはずの教室で、誰もが大量の汗をかいていた。

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