4-7 後輩ちゃんと真夏の生徒会

 今日は説明会準備。


 陽花を駅まで迎えに行き、校門を潜って集合場所の体育館に向かう。すると……


「あー! 彼女連れで来てる人がいるー!」


 二人が体育館に入ると同時、美ノ梨が指を差して冷やかしてきた。だがそんな冷やかしにも動じず、遊星は笑顔でこう答えた。


「もし問題であれば帰りますね、空いた時間でデートでもしてきますので」

「あー、ウソウソ! 来てくれてありがとー!」


 駆け足気味に寄ってきた美ノ梨に、陽花が一礼する。


「藤先輩、おはようございます。本日はよろしくお願いします」

「うんうん、ひーちゃんも久しぶりぃ。相変わらずぷりちーですね」

「ありがとうございます。ところで先輩、髪の色を変えられたんですか?」

「あっ、わかるー? 夏休みだから派手にしてみたのー」

「とてもお似合いですよ」


 陽花の言うとおり、美ノ梨の髪は栗色ではなく明るい金になっていた。これまではゆるふわギャルといった印象だったが、いまではギャルそのものだった。


「っていうか美ノ梨さん、その色大丈夫なんですか? 体験入学の生徒にでも見られたら……」

「鉢合わせないようにするからダイジョ-ブ、いちおー黒染めスプレーも持って来てるし」

「でも教頭先生や生徒指導に見られたら家に帰されますよ?」

「帰してもらえるならラッキーじゃん。暑い中、働かなくて良くなるんだよ?」

「う……確かに」

「むしろみんなで髪染めよー? そして手伝える生徒がゼロになればー、先生たちが自分で準備をするハメになる。カンペキ☆」


 美ノ梨はそう言ってけらけらと笑っている。この副会長、最強につき――


 それでなくても美ノ梨はいつになくルーズな格好だった。

 明らかに学校指定ではない半袖ワイシャツにネックレス、着ているシャツはよほど生地が薄いのか……緑のブラが普通に透けている。


「あっ、ゆーくん。いまブラ見たでしょー」

「……み゛っ、見でません」

「絶対見たよー! ね、ひーちゃん?」


 話を振られた陽花はそれに答えず、仮面のような笑顔を遊星に向けてきた。


「見たんですか? 遊星さん」

「い、いや、その……」

「見たんですか?」

「あ、その、はい。見ました……。見ざるを得なかったというか……」


 白状させられた遊星が、暑さ以外の汗をかいていると呆れた声が聞こえてきた。


「美ノ梨、どうしてもそのシャツを着たいならこれも羽織りなさい」


 ワイシャツの美ノ梨に、桐子が冬服のブレザーを肩に被せる。久しぶりに顔を合わせた桐子は少し髪が伸びており、ベリーショートくらいの長さになっていた。


「無理に決まってんじゃーん、こんなの暑くて熱中症になっちゃうよー」

「じゃあ体操服にでも着替えてきなさい。他の男子だって目のやり場に困ってるじゃないの」

「それはほらー。ボランティアに参加してくれたみんなへの、リップサービスみたいなもの?」

「いいから早く」

「もーしかたないなぁ」


 美ノ梨はぶう垂れつつも素直に従った。桐子は呆れのため息をついた後、遊星たちの方を見て肩の力を抜いた。


「二人とも、今日は来てくれてありがとう。本当に助かるわ」

「いえ、先日の焼肉分は働かないといけないので!」


 遊星が以前のようにハキハキ答える。桐子はどこか優しい目をした後、となりにいる陽花にも礼を言った。


「村咲さんもありがとう。せっかくのお休み中なのに、ごめんなさいね?」

「とんでもないです。私なんかでお役に立てるようであれば、是非ともコキ使ってやってください」

「そんなこと出来ないわよ、そしたら天ノ川くんに怒られてしまうわ」

「会長はそんなことしませんよ。少なくともいまの会長であれば……ね?」


 遊星のわざとらしい聞き方に、桐子もおどけたように答える。


「そうね、その信頼に答えられるようがんばるわ」


 謙虚に答える桐子に、遊星の胸は暖かい気持ちに包まれる。


(……やっぱり桐子さんはすごい。過去の自分としっかり決別できたんだ)


 完璧な人間なんてこの世にはいない。大事なのは現状に満足せず、常に変わっていこうとする姿勢そのものだ。


「それじゃあ悪いけど、もう少し待ってて。時間になったら班分けをして、仕事を振り当てるから」

「了解です」


 桐子はそこで会話を切り上げて、仕事に戻って行った。


「……鬼弦会長は、とても強い方ですね」

「ね。きっと大変なことだって多いと思うのに」


 停学明けの桐子は、断髪と謝罪である程度のケジメをつけてみせた。


 だが当然、それだけで過去をなかったことにできるわけではない。いまでも桐子が会長を続けることに不満を持つ層はいて、一度のみそぎでチャラにしようとすることを嫌悪する人達もいる。


 それに対して桐子ができるのは、今後の行動だけしかない。


 ゼロから始めるのではなく、マイナスからのスタート。その重圧は桐子の立場になってみなければ、想像することさえできない。


 だが桐子は蔑む視線にも怯えず矢面やおもてに立ち、謙虚な姿勢で信頼回復に努めている。


「やっぱりカッコいいなあ、桐子さんは」

「惚れ直されてしまいましたか?」

「ライク的な意味では何度も惚れ直してるよ。失礼かもしれないけど、桐子さんほど男らしい人もいないと思うから」

「……私はカッコ良さとは無縁ですからね」


 となりにいる陽花を見ると、わずかに頬をぷくりと膨らませていた。


「陽花だってカッコいいじゃん」


 遊星がなにげなく言うと、陽花は目を輝かせて問い詰めてきた。


「ほ、本当ですか!? それは一体いつ、どんな時にそう思ったんですか!?」

「さっきなんかもそうだよ。令嬢モードで美ノ梨さんの髪褒めて見せたり、会長に大人なあいさつをしてみせたり」

「……ちょっと待ってください。令嬢モード、ってなんですか?」

「あ」


 そういえば陽花に向かって直接、令嬢モードという言葉を使ったことはなかった。


「僕や千斗星意外を相手にすると出てくる、優雅なしゃべり方をする陽花のこと」

「え、ええっ!? 遊星さん、私のことそんなふうに呼んでたんですか!?」

「うん。猫かぶりって呼ぶよりかは……いいでしょ?」

「う、ううっ……! 遊星さん、ちぃのイヤなところがちょっと移ってますぅっ~!!」


 涙目になった陽花を笑い、そして軽く謝って遊星はその場を切り抜けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る