4-6 天ノ川兄妹の夏休み

「……目覚ましを掛けなくてもいい朝、サイコー」


 時期は少し飛び、夏休みがやってきた。


 昨夜も陽花と遅くまでメッセージをして、起きる時間も決めずに爆睡。


 こうして朝の十時に目を覚ましても焦る必要はないし、誰に怒られることもない。あまりの解放感に、なんだって出来るような気がしてくる。


「とはいえ、ダラけてばかりもいられないよなぁ」


 夏休みの宿題に、あさってからは学校説明会の手伝いに行く約束もしている。


 それに勉強だってちょっとはしないとなぁ、とも思う。


 なぜなら椎と勝負していた先月の期末試験、またしても椎に一位を取られ負けてしまったのだから。


 今回は数学の問題が難しく、平均点も五十点を割っていた。遊星もそこで大きく点数を落としてしまい、前回より少し下の四位にまで落ちてしまった。 


 椎も数学で点を落としたようだが、同じような条件下でもしっかりと好成績を残している。


(ここが志望校を持つ人と、持たない僕との違いかな……)


 椎に提案された夏期講習の誘いだって、家でも勉強はできると言って蹴ったのだ。


 このままでは格好がつかない、少しは今後について真面目に考える必要があるだろう。


 遊星は将来のことをぼんやり考えながら一階へ降りていく。


 リビングに入るとソファに寝転がった千斗星がスマホを眺めていた。


「お兄、起きるのおそー」

「お前は意外と起きるの早いな」

「まあねぇ、千斗星は勉強で忙しいから」

「スマホ見ながら勉強とか、よく言うわ」


 テーブルに出しっぱなしの食パンをトースターに放り込み、椅子に座ってボーっと待つ。


 手持ち無沙汰になったので、やたら真剣にスマホを眺める千斗星に声をかける。


「千斗星は夏休み中、部活ないの?」

「あるに決まってんじゃん、北海道だって行くし」

「…………は? 北海道?」

「インターハイ、行くから」

「マジ? そんな強いのか、お前の高校?」

「強いのは千斗星がいるから。千斗星、レギュラーで地方優勝したんだよ?」

「え? は??」


 寝起きに密度の高い情報を聞かされて、頭がパンクする。そもそもレギュラーになった話だって聞いてないし、大会を勝ち上がった話だって聞いてない。


「だから一週間後には北海道。ちょっと観光もさせてくれるみたいだから、八月の中頃くらいまで家にいないから」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんでそんな大事なことずっと黙ってたんだよ!?」


 すると千斗星がスマホから目を離し、こちらを向く。


「そんなの決まってるでしょ? さらっとインターハイ行くって言い出したほうが……カッコいいじゃん?」


 千斗星がニヤリと笑い、ピストルの形にした指をアゴにあてがって言う。


「……バカ。くだらない理由で大事なことを黙ってるんじゃない」

「でもさ、ちょっとはカッコイイって思ったっしょ?」

「正直、めちゃめちゃカッコイイ」

「だべ~~~~?」


 千斗星はしてやったり、とご満悦だ。ソファから飛び起きた千斗星が隣に座り、スマホの画面を見せてくる。


「見て見て。これが去年優勝した二年の選手なんだけど、反応速度エグくない? だからもし千斗星が相手するんだったらぁ……」


 先ほど千斗星が”勉強”と言っていた理由がわかった。どうやら動画を見てライバル選手の研究をしていたらしい。


 遊星はテニスに詳しくないが、インターハイへの出場がすごいことだけはわかる。


「……お前もちゃんとがんばってるんだなあ」

「がんばってるって言うか、単純にテニスが好きだからねー」

「そういうのを才能って言うんだろ」

「才能はあるっしょ、だから千斗星はこの才能で楽に生きていきたいっ!」

「そこまで言うなら優勝して帰ってこいよ?」

「まかせーい! 優勝インタビューで言ってあげるよ。このトロフィーは天国の兄に捧げます、って」

「勝手に殺すな」


 トースターの仕上がり音と同時に、千斗星が席を立つ。


「ということで、千斗星は旅に出ます。だからぁ……もし陽花を連れ込むんだったら、その間にスルこと済ませちゃってよ~?」

「お、お前なあ……。仮にも自分の友達だろ?」

「でもこんなチャンス、めったにないよ? もし千斗星がいる時にドッタンバッタンされたら、二人がハダカでも千斗星はクレームつけに行くかんね?」

「ハ、ハダカでドッタンバッタンなんてしません」

「陽花のカラダに興味ないの?」

「興味しかない」

「死ねっ!」


 千斗星はそう吐き捨てて、リビングを後にした。


(でも確かにチャンスと言えばチャンス、だよな……)


 両親は当たり前に帰って来ないし、千斗星も約二週間の不在。もしドッタンバッタンするなら、チャンスと言えないこともない。


 付き合って一ヶ月、お友達三ヶ月。


 誕生日デートに天ノ川会と楽しいイベントは過ごせたものの、具体的な進展はない。


 遊星だって男だ。


 その先を妄想して悶々としたりもする。だがキスも済ませてない状態から、二週間でその先にたどり着くのは……やや先走り過ぎな気がする。


 先日の誕生日デートでは、手つなぎや「あーん」を恥ずかしがって拒否なんてこともあった。


 帰り際には克服のきざしも見せてくれたが、過度に距離を縮めようとすればビックリさせてしまうかもしれない。


(でも部屋でイチャイチャくらいしたいよなあ。……前に陽花の部屋に行った時のように)


 ゴールデンウィークの日に、陽花の部屋で抱きつかれた時のことを思い出す。あの時は付き合ってもなければ、名前呼びすらしていなかった。


 それに遊星にも遠慮があった時期なので、どちらかというと陽花に甘えられただけ。


 でも誰の目もない場所で。


 また陽花にああやって抱きつかれたら……色々と耐えられないかもしれない。あの時は陽花に甘えられるだけだったが、いまは遊星だって甘えたい。


 それに陽花だって、具体的な進展を意識してるハズだ。


 誕生日デートであんなに照れていたのも、ハグやキスをする妄想で恥ずかしくなったと白状してたんだから。


 だったらその先だって、絶対に妄想してるハズ……!


(なんて言ったって陽花は学年一の天才、そんな陽花が……その先を想像できないはずがない!)


 まったくの無知な少女でいるよりは、頭のまわる妄想上手の方が、心の準備だって出来ているハズ!


(だが、落ち着けっ! 冷静になれッ!! 相手がその気になってると思い込むのは危険だぞ!?)


 さっきから○○なハズ、という前提に頼りすぎている。相手もその気になっている、迫られるのを待ってるなんて思い込み、いざその瞬間に拒否されたら恥ずかしい。


 陽花とは夏休みに何度か会う。


 デートの約束だってしてるし、説明会の手伝いにも来てくれることになっている。


『少しでも理由をつけて、遊星さんと会える機会を増やしたいんです』


 そんな可愛いことを言って。


「早く陽花に会いたいな……」


 やりたいことはたくさんあるけど、焦る必要はない。夏休みはまだ始まったばかりなのだから。


 とりあえず夏休みの課題は早めに済ませてしまおう。それからゆっくりと楽しい計画でも立てればいい。


 ようやくそんな結論を出し、遊星はこれからの日々に思いを馳せるのであった。




―――――



 リアル季節とは真逆ですが、ついに夏休みシーズンに突入しました!


 次回の更新からは、陽花と説明会準備の手伝いwith生徒会でお届けします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る