4-3 後輩ちゃんは全校生徒に認められる

 いよいよ七月に入った。


 気温は三十度を越す日も増え始め、教室のクーラーも解禁された。


 真っ盛りの、夏。


 ……にも関わらず、遊星の教室では早くも十月の予定イベントについて話し合いが行われていた。


「今日は文化祭のクラス委員と、出し物について決めようと思う。まずは学級委員長、前に出てくれー」


(もうそんな季節かあ)


 去年の遊星は生徒会見習いとして、下働きに奔走した。


 前生徒会長は桐子以上に唯我ゆいが独尊どくそんな人で、文化祭実行委員と何度も衝突していた。


 そもそも生徒会見習い、なんて意味不明な役職で遊星を引き入れのも前会長だ。


 魔王とも呼ばれた伝説の生徒会長、宇佐美うさみ麟央いお。彼女に振り回されたのも懐かしい思い出だ。



「では早速ですが、文化祭のクラス委員を決めたいと思います。立候補の方、いますかー」


 学級委員長がやる気のない声を出すが、当然のように立候補者はいない。


「じゃー、クジ引きで……」

「天ノ川くん、やらないのー?」


 学級委員の声をさえぎって、とある女子クラスメートが大きな声で聞いてくる。


「僕は……遠慮しておくよ」

「でも去年は生徒会サイドで文化祭手伝ってたんでしょ? なら天ノ川くんが適任じゃない? あ、押し付けたくないとかじゃなくてね」


 するとクラスメートの何人かが同意するように、うんうんと頭を下げる。


「いやぁ、僕は逆にやらないほうがいいと思うよ」

「どうして?」

「だって今年の実行委員長はつつみ先輩でしょ? 会長選で桐子さんを推した僕が行くと、逆に目をつけられると思うなぁ」

「あ、あぁ~……」


 それを聞くと女子は微妙な表情で、自分の提案を取り下げた。


(あまり悪いこと言いたくないけど、堤先輩の仕切りは評判悪かったからなあ……)



 文化祭実行委員――通称、文実ぶんじつには二通りの人間がいる。


 ひとつは事なかれ主義で、楽しく文化祭を終えれば満足なタイプ。


 もうひとつは来場者や売上を追及する、活動成果を残したいタイプだ。


 堤は後者、内申点のため実績を残したい人だ。


 去年の実行委員長も同じタイプだったため、売り上げを出すためクラスの企画にもたくさん口を出した。


 そのため一般生徒からは評判が悪い。そして各クラスへの行き過ぎた指導の盾になったのが、旧生徒会長・宇佐美だった。


 それが原因で、生徒会と文実の仲は良くない。しかも堤は文化祭終了後、生徒会の姿勢そのものを変えるため会長選に立候補。


 ……つまりは去年、桐子の対立候補だった。


 その対立候補桐子を会長に押し上げた遊星を、堤が良く思わないのは当然のことだった。


 その後。無難にクジ引きでクラス委員の男女が決まり、クラスの出し物は筋肉喫茶で決まった。





 筋肉喫茶!?




***




 そして昼、いつものように陽花と一緒にお弁当を食べていると――


「あれ、村咲ちゃん。今日は髪飾りつけてるのっ?」


 クラスメートの女子が、目ざとく陽花の変化を察知した。


「はい、夏っぽくて素敵な色だと思いませんか?」


 今日の陽花は謙遜することなく、興味を持ってくれたことを嬉しそうに聞き返す。


「いいねえ、どこで買ったのー?」

「遊星さんに作っていただいたんです」

「そっか天ノ川くんに……って、えええぇっ!?」


 女子の驚いた声にクラス中の視線が集まってくる。


「ちょっとみんな! これすごいよ、天ノ川くんが作ったんだって!!」


 しかもその女子は大声を出して、クラス全員への周知までし始めた。


「えっ、うそ! これって素人でも作れるもんなの!?」

「カワイイー、色のセンスも村咲ちゃんにピッタリじゃん」


 クラス中の女子がきゃいきゃいと集まり始め、陽花は人形のように可愛がられ始めた。


 同時に髪飾りをプレゼントした遊星にも、ニヤニヤとした視線が向けられる。


「ちょっとぉ、天ノ川くぅん? 村咲ちゃんにこんな贈り物をするなんて、小洒落こじゃれてるじゃないのよぉ?」

「しかも手作りとか……あっつ! はー、あっっっつ!」

「で、またまたいつものアレですか? 陽花は大事な友達だから、ですかぁ~?」


 遊星の言葉や態度は、周囲から見ればずっと友達のそれを越えていた。


 だが陽花のいじらしさと、遊星の純朴さを見てきたクラスメートは――下手に介入して関係をこじらせるなかれ。と、暗黙の不可侵条約を結んでいた。


 二人もずっとそれには気付いていた。


 陽花と知り合った当初から二人の関係に理解を示し、これまでずっと見守って来てくれていた。


 だから二人が最低限の礼儀を尽くすのも当然のことだった。


「……いや、陽花はもう友達じゃない」


 遊星の言葉に、みんな一斉に黙り込む。


「実は先日、陽花とは正式に……お付き合いさせていただくことになりました」


 気恥ずかしさで顔を上げきれないものの、なんとかつっかえずに最後まで言いきれた。


「一緒のクラスになって三ヶ月、僕たちのことを見守ってくれてありがとう」

「先輩方のおかげで私の夢がかないました。ずっと応援してくださり、本当にありがとうございますっ」


 遊星に続いて陽花がお礼を口にすると、一番近くにいた女子がすんと鼻をすする。


「よかったぁ、マジでよかったぁっ。村咲ちゃん、おめでとぉっ……!」

「なに泣いてんのよ。私まで……ううっ」

「ちょっとぉ、人の幸せをダシに感動すんなし。私は信じてたよ、二人ともっ!」

「そーそー! 次は私たちの番でしょっ!」


 集まっていた女子たちが口々に感想を言い始める。


「でも手作りのプレゼントなんていいなぁ、私も男子に尽くされてみたーい」

「ねー、みんな甲斐性なしで困っちゃう」

「周りの男子にも見習って欲しいなー、ちらちらっ?」


 女子の雑談が、クラスの男子に飛び火し始める。


 するとこっそり話に耳を傾けていた男子たちが、一斉に肩をぎくりと跳ねさせる。


「くううぅっ! 天ノ川が多才すぎるせいで、俺たちの株が相対的に下がって行くうぅぅぅ!」

「でもそっか、女子は手作りのプレゼントを喜ぶのか。それなら俺も……」

「天ノ川の行動を洗い出せ! 俺たちもアイツの真似すれば、女子から気軽に話しかけてもらえるような男にっ!」


 クラスがカップルの誕生で盛り上がっている時、ひとりの女子が不思議そうな顔で言う。


「そういえばさ。こういう時に一番うるさい、一文字はどこ行ったんだろ?」

「…………いるさっ、ここになっ!」


 教室後ろのロッカーに寄りかかり、腕を組んだ亮介がしたり顔で答える。


「俺は先に遊星から聞いてたんだ。だから正式発表の場をジャマしちゃ悪いと思い……こうして脇に隠れてたってワケさ!」


 気を利かせてやったぜと、言わんばかりのドヤ顔とサムズアップに、女子たちは白けた顔をする。


「……なんで一文字が後方こうほう彼氏かれしづらキメてんの?」

「あれじゃない? 近くで見てきたから『俺が育てた』とか、そーゆーこと思ってんでしょ」

「キッツ~、人の色恋沙汰でしかマウント取れないのかな~?」


「いくらなんでもライン越え過ぎじゃね!?」


 とばっちりで罵詈ばり雑言ぞうごんを食らった亮介がツッコみ、場は笑いに包まれる。




 こうして二人が恋人同士になったというウワサは、その日のうちに全校生徒に口コミで伝わった。


 ある人は自分のことのように喜び、ある人は時の流れを感じ。秘めた想いを抱えた人は困ったように笑い、興味のない人はふうんと思いつつ聞いていた。


 そして遊星の与えた影響として、天球高ではつまみ細工が大流行し始めたのであった。





―――――――


 ついに遊星と陽花が天球公認カップルとなりました!ぱちぱち。


 ちなみに旧生徒会長の宇佐美は四章のうちに登場します。

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